今までにあった、不思議な出来事

私の両親は、あまり奇跡だの運だの信仰だのに興味がない。流行りの占い師さんなどがテレビに登場すれば、「あの人に占って欲しいわあ」などと気になる様子をみせるが、だからといってその手のものを信じているかといえば、甚だあやしい。昔から、「やってみてどうなるかなんて、やらなきゃ分からない」と、現実的な発想をする親だからだ。

そんな両親、特に母親は、幼少期から私の小さな運の良さに、「あんたは強運や、きっとご先祖さまが守ってくれてはるんやろなあ」と言う。そして実際、私は妙に運がいい。そして、妙に勘が働く。唯一、自慢してもいいかもしれないくらいに。たまたまというには、ちょっと奇妙だな、ということが、時々ふいに起こるのだ。

例えば。これはよく友人に話す逸話なのだが、私はある夜、通勤に使っていたバッグを燃えないゴミの日に捨てた。中はしっかりチェックしたつもりだった。新しいカバンに荷物を入れ替え、古いものはゴミ捨て場に出し、ひと仕事終えた安堵で、翌日には捨てたバッグのことなど忘れていた。出勤時には、それがもうなかったから、清掃の方が持っていったのだろう、くらいにしか思わなかった。

数日後、警察から連絡が来た。何事かと思った。電話でなにかしら説明はあったはずだが、動転して頭が真っ白で、とにかく所轄に向かった。
「このバッグ、あなたのですよね?」
見せられたのは、つい先日、さよならしたばかりのものだった。ゴミとして、しかるべき所に運ばれているはずのものだった。家から近場の警察署に預かり物としてあるはずのない存在だ。
「はい…私のものですが…何日か前に捨てたっきりです…」
聞けば、見落としていたバッグの内ポケットに、保険証がはいったままで、身元確認できるものがそれしかなかったから、連絡をいれたのだ、と。
驚いた。私はその瞬間まで、保険証を捨てていたことすら気づいていなかった。当時はめったに病院に行かなかったし、財布の中身はカードでいっぱいのため日々確認しないしで、完全に見落としていたのだ。

「では、この中に入っているものは?」
次に、バッグの中身を見せられた。今度は、知らないものばかりだった。薄汚れたタオル。よれよれの着替えのようなもの。そして…アダルトビデオ。なにひとつ、見覚えがなかった。ことさらAVに関しては、なんでこんなものが?と不思議でたまらなかった。

署員さんが言うには、こうだ。
「つい最近、この落し物が、少し先の交差点にあって、届けてくれた方がいたんですよ。しかし持ち主を特定するための根拠がなく、バッグの内ポケットを見たら、あなたの保険証があったので、ご連絡した次第です」
なるほど。この荷物からは、複数の情報は得られないだろう。そしておそらく、私のバッグを使ったのは男性だろうが、どう見ても、ビジネスマンが所持するものでもない。

今もそうかもしれないが、当時、ゴミ捨て場から色々と勝手に持ち出す方々がいた。注意喚起もあった。署の方と話をしながら、多分、私のバッグを取っていった者がいて、自分の荷物を詰め、内ポケットに保険証があることに気が付かず、2日もしないうちに交差点付近で落としたか手放したかしたのではないか、と。所轄で保管していた期間もあり、まあ、そんなところでしょうね、等々、憶測でしかないが、経緯を考えた。

私はだらしない性格なので、今までに、キャッシュカード・銀行のカード・職場のカード・新幹線のチケット、などなど、よく落とした。それも何度も何度も。それらは、一応、紛失の連絡を各社にしたが、ほぼ毎回、なぜか何事もなく帰ってきた。無事に手元に戻ってくるから、余計にだらしなさに拍車がかかる。両親には、本当に気をつけろと言われて育ったというのに。

その時は、保険証をなくしていたことすら分かってなかったので、名も知らない、バッグを取りながらすぐに落としてしまった誰かがいなかったら、私は保険証の不在を、しばらく知ることはなかっただろう。もしくは、それが見つかっていたら、悪用されていた可能性もある。

「運が良かったですねえ」
帰り際、そう言われて、いやもうお恥ずかしいと頭を下げた。いつのまにか保険証が手を離れ、いつのまにか戻ってきた。私はなにもしていない。そもそもが自分のミスだが、こんなに変な経路で、とても大事なものが、巡り巡って、早急に帰ってきたのは初めてだったし、きっとこの先も、このようなことはまず起こらないだろう。

他にも、「はあ?」と自分で自分のやらかしが結果として事なきを得たことが、何回かある。人からは、普通そんなに運良く物事が解決したりしないよ、と言われ、やはり恥ずかしくなるが、こういうところが、運の良さと言われるのだろう。

ただ、ひとつ思う。たとえ今まで運が良かったとしても、いずれ痛い目をみるのだろうから、身の回りのことはしっかりしろ自分、と。

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