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『ミュータンス・ミュータント』百景episode10…「奈江の天体観測」

北の夜空に目を向けると、ペルセウスの輝きがぼんやりと白い天の川の流れに垣間見える。すぐ近くには、カシオペアのWの形が二等星である北極星の道標となり、真北の方向を教えてくれている。

「とすると…」
そう呟きながら菊地奈江はくるりと180度ターンして、夜空を再び見上げた。
「あった、あった!」
彼女は歓喜の声を上げた。周りには誰もおらず、彼女一人きりである。

2033年、7月28日。
高校生の彼女は夏休みを迎え、長野県南部にある祖父母の家に家族で泊まりにきていた。

過疎の進むこの村では高齢化が深刻な問題となっていた。ここそこに限界集落が見られ、奈江の祖父母の家の周りも、高齢で住民が亡き後は空き家になってしまって放置されている家屋が少なくない。

とは言え、人の手が入らない分、自然が昔ながらの姿に保たれ、綺麗な星空を存分に堪能できるのは魅力的だ。

奈江もそんな村の自然を幼い頃から愛し、毎年夏休みに祖父母の家を訪れるのが、とても楽しみだった。中学生の理科で習った星の授業にすごく感銘を受けてからはすっかり天文ファンになり、普段住んでいる千葉県では決して見ることができない素敵な夜空を、今の瞬間、楽しんでいたのだ。

「深夜に一人で出掛けるのは、よくないよ」と両親にはいつも叱られるのだが、「こんな田舎にゃあ、悪いことする人なんぞ誰もおりゃあせんわ」と祖母が平和な村を強調するものだから、それに甘えて奈江はいつも一人で天体観測に向かっていた。

*  *  *

祖父母の家から10分ほど歩いたところに、奈江のお決まりの観測場所があった。

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