見出し画像

第94回研究会(「歴史総合」研究チーム)「歴史総合実践の検討」

 第94回研究会は、愛知県の公立高校で勤務しておられる先生から、歴史総合の実践について報告していただきました。
 今回は、おもに以下の3つの問題意識に基づき、ご報告をいただきました。
①市民的資質を形成する歴史総合の指導方略とは?
②生徒が問いを抱き、その解決にむけた学習を進め、得た成果を活用しながら価値判断を行う歴史総合の単元開発について教師はいかなる翻案を施すのか?
③歴史総合の指導と評価の一体化に向けた取り組みとは?

1.        歴史総合実践の全体概要


おおまかには以下のような単元を展開していきました。
1学期(歴史の扉、近代化と私たち)
・    歴史の扉(3時間)
・    工業化の進展は私たちの生活を豊かにしたんじゃなかったの?(7時間)
・    男女の平等って何なの!?(7時間)
2学期(国際秩序の変化や大衆化と私たち)
・    戦争っていけないことじゃなかったの?(8時間)
・    Yesでいいのか、サイレントマジョリティ?(10時間)
3学期の授業(グローバル化と私たち、)
・    インターネットは私たちを幸せにしてきたの?
・    現代的な諸課題の形成と展望

各単元の最後には、単元で学んだことを活かした探究活動を取り入れています。

2.        教師の指導方略


 授業開きの際に診断的評価として実施したアンケートで「これまでの歴史学種の印象を教えてください。」という質問をしました。これに対し、「聞いていることが多く、議論は形だけ」と答えた生徒が46.7%、「議論したりすることが多い」と答えた生徒が27.6%でした。つまり、多くの生徒は参加型授業を経験しているということになります。このように、参加型授業を経験している生徒に対し、歴史総合でどのように資質・能力を向上できるのかということに問題意識をもって授業実践に取り組まれました。
 学年末に行った生徒アンケートで「歴史総合の授業に参加してあなたの中で『歴史』という教科のイメージは変わった?」という質問に対し、生徒からは、
・「歴史をただ学ぶだけでなく、学んで今や未来に生かす教科というイメージに変わった。」
・「今まで暗記科目だと思っていたけど、教科の中で一番思考力が問われるものだと感じた。」
・「変わっていない。他校の生徒とやっていることが全く違うので不安」
といった回答がありました。授業を通して、歴史を「覚える」ものではなく、「活かす」ものだということが理解できた生徒がいた一方で、歴史を学ぶことの意義についての理解が深まり切らなかった生徒もいたようです。
 
 単元の初めにはまず「導入資料」を提示し、その読み取りを通して生徒に問いを表現させる活動を取り入れています。例えば第一単元「工業化の進展は私たちの生活を豊かにしたんじゃなかったの?」では、「( A )人の7人に1人が貧困である」ということが示された資料を提示し、( A )に当てはまる国名を考えさせます。( A )には日本が入ります、もしかしたらクラス内にも存在するかもしれない貧困や格差の問題を、タブー視せず直視していきたいという問題意識の下、生徒にこの単元で考えていきたい問いを表現させていきます。その際、「~~であるにもかかわらず、なぜ○○なのか」というロジックで生徒が問いを表現できるよう、資料を提示しています。例えば、「資料2では日本でも交通網や産業が発展してきて、働く場所も増えていそうなのにも関わらず、資料1や図1では、なぜ日本人の7人に1人もの人たちが貧困に陥っているの?」といった問いが表現されます。
 その後の授業は、問いと資料によって授業を構成し、中学校の既有知識を用いながら資料解釈や議論を中心に授業を行っています。生徒たちは、毎授業の本時の問いに対し、対話による価値判断を行いながら、表現活動をさせ、全体で共有します。
 そして、単元の最後には、単元の問いに対する探究活動を行い、生徒が探究の成果をスライド等で発表するパフォーマンス課題を課します。

 このような実践を行っていくにあたっては、以下のようなことを意識しました。
・    教師自身が強い問題意識を持ち、生徒も共感できる導入資料がカギ
・    単元全体を見通し、振り返る機会が主体性を評価できる学習段階
・    探究活動を深化させられるよう、年間計画をデザインして実践経験を蓄積
・    教科書のすべてのページを網羅的に扱うことはムリなので、単元に沿って部分利用
・    教科書は資料の宝庫なので、思考する素材として流用

3.        単元開発過程


 単元「戦争っていけないことじゃなかったの?」を例にして、報告者の単元開発過程を紹介します。
 まず、この単元開発にあたって、いかのような関心をもっていました。
・現在ウクライナ避難民支援に取り組む友人の存在から、ウクライナ侵略戦争の展開に非常に強い関心を持っていた。
・「国際秩序の変容や大衆化と私たち」から、他者の痛みを私たちの痛みと捉えられる歴史教育を目指したい
・「長い20世紀」を照射しつつ、現代的諸課題との連続性を生徒が直接的に受け止められる問いとは何か
・教材研究の時間が限られる中、挑戦的ながらも持続可能な実践を模索するため教科書を効果的に活用したい

まずは、単元の導入として、戦時下であるウクライナの子どもが描いた絵を提示します。1枚目には平和の象徴である鳩とウクライナ・ロシア両国民が描かれており、平和を望む子どもの心情が読み取れます。この1枚目の絵に対しては、「この資料から考えるべきだと思うテーマを挙げてみよう」と生徒に問いかけます。その後、ミサイルによってロシアの軍艦が攻撃されている様子が描かれた絵を提示し、「この資料を描いた小学生の境遇はどのようなものだろうか、想像してみよう」と生徒に問います。これらの資料と問いから、「戦争っていけないことじゃなかったの?」という単元の問いに近いものを生徒が表現できるようにしていきます。
 
 その後、この単元では次のような授業を展開していきました。
1.戦争っていけないことじゃなかったの?(導入)
2.正義のための戦争ってありえる?
3.戦争を拒む力は届かないの??
4.力が生むのは戦争?平和?
5.第一次世界大戦って終わったんじゃなかったの?
6.早期終戦のための犠牲ってありなの?
7.大戦の教訓は生かされてるの?
8.ウクライナ避難民の支援活動に取り組む医師と対話しよう
9.パフォーマンス課題「協調はどんな状況で生まれるの?」

8.の授業では、ウクライナ避難民の支援活動に取り組む医師に対し、本構成と及び希望する他校生徒がオンラインで一堂に会し、質疑応答を続ける授業を行いました。この授業に先立ち、生徒はまずウクライナ情勢を事前に把握し、そのうえで質問事項の列挙・ブラッシュアップ・優先順位付けをしました。質問事項のブラッシュアップでは、生徒がつくった質問を「開いた問い」と「閉じた問い」に分類し、できる限り「開いた問い」に変換していく作業を行いました。
この授業を終えた生徒たちは、
「私は直接助けることはできないし、少しの力かもしれないけど、困っている人たちを助けることのできる方法は絶対にあるので、自分なりに役に立ちたい」
「テレビやインターネットだけではすることのできない実態を知ることができ良かった。自分は金銭的支援などはあまりできないけれど、他国と他国で起きていることに主体的に関心を持っていこうと思った。」
といった感想を述べていました。


4. 評価方法の検討と実際 


 報告者は、歴史総合の観点別評価において、知識・技能を40%、思考・判断・表現を40%、主体的に取り組む態度を20%で評価しています。知識・技能と思考・判断・表現はおもに定期考査で評価し、主体的に取り組む態度は、実践的な表現活動において評価されています。実践的な表現活動では、「切実性」「時間軸」「史資料の活用」の3観点でルーブリックを作成し、評価しました。

 大項目D(4)現代の諸課題の形成と展望で、生徒は以下のような問いを設定し、探究活動を行いました。
・    なぜ昔は高かった投票率が今は低くなったのか?そして、どうしたら投票率が上がるのか?
・    なぜ経済格差は広がるのか?
・    性差別はなぜ起こったのか?そして自分たちがすべきことは何か?
・    オリンピックは本当に世界を平和にしたのか?
・    メディアって戦争を止められないの?
・    少数派の意見をどの程度受け入れるべき?・・・等

5.        質疑応答・議論


Q.ここはとくにこだわっているというのはどこ?どうやって資料探しをしている?同僚間の共通理解をどうはかっている?
A.こだわりは、「歴史って社会をよりよくするためにつかえるんだ」と生徒たちが実感できるようにどう料理していくか。違う学校なら、違う資料をつかったアプローチになると思う。保健や家庭科ぐらい「役に立つな」と思ってもらいたい。どちからというと実技科目。資料の探し方、とにかく本は読む。年間10万ぐらいかけている。歴史学を学べば学ぶほどよいというわけではなくて、新聞記事をよんで、そこから問題意識をもって、その問題関心にそった資料を過去に読んだ本のストックからさがしていた。資料が先ではない。同僚のとの関係性は良い。6クラス中1クラスは別の日本史の先生とやった。いっぱい「こんな資料はないか」と質問した。重要なのは、お互いのリスペクト。

Q.現代的な諸課題の解決ってどのレベルでできればいいですか?どの程度の解決策を構想できてたらいいですか?
A.むしろ濃度は必要ですかと思う。生徒が本気でなんとかしようとして資料をさがしたりして、探究活動をしていれば十分だと思っている。ようは、その問題意識を強くもってくれているかどうかを重視している。
他人事で終わらないようにしたい。むずいけど何とかしたいと思えるにはどうしたらいいのか。これを意識したい。

・    自分で考えるようなしくみを生徒のあたまの中でつくる。自分自身で自分をゆさぶるような思考をしていないと、生徒にも思考をゆさぶるような問いかけができない。→それができるかどうかが生徒の学びの切実性につながる。
・    評価について、解釈をとおして知識を構築していくことができているかを見るべき。
・    査定するような評価観が根付いてしまっているのが課題。
・    学びの深まりや新たな問いの創生が注目されるべき。
・    本当の意味での主体性とはなにかを考えていかないといけない。
・    問いを表現する活動では、「平等格差」に関係する資料を提示して、そこから表現できる問いに誘導している。オールフリーにはしてない。教師として学ばせたいこともあるので、なんでもOKとはしていない。本当の主体性というよりも、主体性の萌芽かもしれない。
・    歴史総合の総合ってどうすることなのか。先生がどういう形でやれば総合化できるのか。
その時に、問うことをどういった形でするのか。これを学ぶことの意味・価値を明確にする必要がある。今回の実践報告は、「現代と過去の総合」、「生徒と教師との総合」、「教室と社会の総合」の具体例をしめしてくれた。

参加者 24名

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?