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声優・楠木ともり、ファンと交わした2度目の約束

※シリーズ『 #後世に語り継ぎたい100人 』4回目。

 2022年11月1日、『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』優木せつ菜役・楠木ともりの降板が発表された。


 かねてより足に病気を患っており、3rd以降のライブは曲数を絞り、極力足に負担をかけない振り付けをするなど制限する形で出演してきた。しかし、このたび病名が確定し、それすらも困難と医師が判断したということである。

彼女は演技が上手いのみならず、歌も上手でソロ曲は作詞のみならず作曲までしている。しかもピアノにギター、トランペットまで演奏出来るという。まだ22歳でこれである。逆に何が出来ないの? と尋ねたくなるレベルである。

5月に投稿した記事より引用

 声優の枠に収まらないマルチな才能を持っていた。ダンスもその一つだった。そこに私は魅力を感じていた。だからこそ呆然自失になった。普段家で酒を飲まない私がレモンサワーのプルタブを開けた。

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 楠木との出会いは2018年12月、『温泉むすめ』の4thライブだった。多くの楽曲が3人以上のユニットで披露される中、たった一人でキラキラ輝くパフォーマンスを魅せていたのが彼女だった。これがイベント初披露だというのだから驚きである。

 その3ヶ月後、品川ステラボール。キャパ2000人にも満たない会場で『虹ヶ咲(中略)校内マッチングフェスティバル』が開催。ナンバリングではないが、これが虹ヶ咲の事実上の初ライブだった。当時はアニメ化どころかグループ内ユニットの組み合わせすら決まっていない状態で、9人各々のソロ曲が初披露された。楠木は『CHASE!』を披露。MVと同じダンスを踊りながら力強く歌う。とても格好良かった。

 しかし、終盤のMC(夜公演)で楠木は“お気持ち表明”をしていた。

「昼(公演)よりテンション低いのはちょっと今泣きそうだからなんですけれども、耐えているんですけど……すごい悔しい想いいっぱいしてきて、お昼も悔しかったんです実は……歌っている時にね、歌っている時に……」

(一時中断、涙を拭く)

「2番の歌詞で『眠れない夜だって「笑顔が見たい」そう、みんながいれば!』っていうところで、実は歌いながらずっと泣きそうで、本当にみんなが居るから、ここ9人も含めて、ここ(観客)も含めて、ここに居ないみんなも含めて、みんなが居るからすごく私は頑張ろうって思えたし、今日のお昼の悔しい想いも、夜も悔しいところ何個かあったけど、そこをみなさんと一緒に楽しめたのは、絶対にみなさんのおかげですし、すごく楽しかったです(中略)でも、悔しいところあったから、これからも成長を見ていて欲しいんです。絶対私、ここで止まらないから。絶対に見届けて欲しいんです。だから、これからも虹ヶ咲のこと、そしてせつ菜のこと、応援してくれるとすごくすごく嬉しいです。約束してくれますか?」

(歓声)

「赤いペンライト振ってくれますか?」

(歓声)

「おい! おい! って声を出してくれますか?」

(歓声)

「じゃあ、約束です! 是非これからもよろしくお願いいたします! ありがとうございました」

 終始涙声。空気が一変した。素人目では何が良くなかったのかは全く分からないので、おそらく楠木本人の意識の高さから出た「悔しい」なのだと思う。「絶対にここで止まらないから見届けて欲しい」。ファンと交わした初めての“約束”だった。

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 実は楠木のお気持ち表明をきっかけに、その後も何人ものメンバーが正直に「悔しい」を口にし、泣いていた。その度に他のメンバーたちが励ましていた。虹ヶ咲はグループでありながらコンセプトは“ソロアイドル”で、ライブも基本的には一人でパフォーマンスするという特殊な形態を取っている。個々が技術面で競い合う反面、精神面では支え合っている。このダブルスタンダード二面性(11/7訂正)が魅力なのだと私は思う。ちょっぴり苦い思い出となった初ライブだが、そこからの虹ヶ咲の快進撃は止まらなかった。

 9ヶ月後の2019年12月、早くも正式な1stライブを開催。場所は武蔵野の森総合スポーツプラザ。キャパは前回の5倍以上となる1万人。ここでついにTVアニメ化も発表された。

 その僅か1ヶ月後、2020年1月が『ラブライブ! フェス』だった(現時点で最後の声出しOKライブ)。Aqours、Saint Snow、そして復活したμ'sと共に、なんと「さいたまスーパーアリーナ」のステージに立った虹ヶ咲。しかも同年9月には無観客とはいえ2ndライブも開催。持ち歌も増え、楠木ともりの、優木せつ菜のパフォーマンスは少しずつ進化していった。

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 2021年5月には埼玉・メットライフドーム(現ベルーナドーム)で3rdライブ、翌年2月には大阪・京セラドームで4thが開催された。どちらもドームという大箱。涙のMCから3年弱でここまで大きく成長したのである。しかし、

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の優木せつ菜役・楠木ともりにつきまして、
かねてからの身体の状態を踏まえ本人・所属事務所とも相談いたしました結果、
来る5月8日・5月9日にメットライフドームにて開催される「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 3rdLive! School Idol Festival 〜夢の始まり〜」へは、パフォーマンスをする曲数を若干絞った形での出演とさせていただきます。
ご理解、ご了承の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

楠木ともり公式HPより

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の優木せつ菜役・楠木ともりにつきまして、かねてからの身体の状態を踏まえ本人・所属事務所とも相談いたしました結果、来る2月26日・2月27日に京セラドーム大阪にて開催される「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 4thLive! ~Love the Life We Live~」を含む今後のラブライブ!シリーズに関わるライブイベントへは、イベント内容・演出面を考慮し、曲数とパフォーマンスを絞った形での出演とさせていただきます。

ラブライブ!公式HPより

 いずれも楠木は完全な形での出演は出来なかった。特に4thでのパフォーマンスはソロ曲1曲のみ。ファンは騒然となり、ネットでは彼女の身を案じる書き込みが後を絶たなかった。私もその一人だった。

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「今の声優って、声のアフレコだけじゃなくて、歌ったり踊ったりとか、結構キャラクターに近い人が選ばれる可能性が高いんですよね。だから、歌って踊れる声優が今、一般的?」

2019年2月、テレビ番組での声優・尾崎由香の発言より

 アイドルのように歌って踊る“ドル売り”が当たり前になった声優業界。だからこそキャラクターに近い人が選ばれる。特に『ラブライブ!』シリーズはそれが顕著だった。自分に近しい存在だからこそ、楠木は“優木せつ菜”というキャラを愛した。その想いはファンの誰よりも強かったと思う。4th Day2のMCでも彼女はお気持ち表明をした(数ヶ所抜粋)。

『どんな形であれ、楠木さんが、せつ菜を表現することが大切』。この言葉をいただいて、私は今日このステージに立ちました。(中略)不安だったり、悩みばっかりでした。でも、今日このステージに立って、いろんな曲で、スカーレットのラブライブレードを見て、ものすっっっっごく安心しました」

「出来ないことより、出来ることに、目を向けて」

「本当に、虹学のみんなが大好きで、せつ菜が大好きで、せつ菜として、ステージに立つことが大好きだなって、感じた2日間でした」

「私は居なくても! せつ菜はステージに居るので! 清い心で見て下さい! よろしくお願いいたします! ありがとうございました!」

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 しかし、9月の5thライブを経て11月1日。それは突然の発表だった。

この度、優木せつ菜・中川菜々役 楠木ともりに関して所属事務所より、かねてからの身体の状態について検診を重ねた結果、病名が確定し、今後ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会における継続的なライブ活動が困難と判断されたという報告があり、それに伴い降板の申し出を受けました。
本件に関して、製作委員会内で慎重に協議を重ねた結果、本人の病状をふまえ、この申し出を受け入れることといたしました。


 楠木ともりは、2023年3月31日をもって虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の活動を終了いたします。

ラブライブ!公式HPより

 楠木ともりは、5年間演じ続けてきた優木せつ菜と別れる決断をした。

通院を重ね、検診を進めた結果、2022年9月、遺伝性疾患「エーラス・ダンロス症候群(関節型)」との診断を受けるに至りました。

上記に伴い、医師からは現状、快方の見込みは低く、身体的負荷によっては進行も起こりうる疾患であるため、引き続き、身体に過度に負荷のかかる運動は控えること、とのお話をいただいております。

所属事務所のHPより

 指定難病168、エーラス・ダンロス症候群。私はその病気を詳しく調べていないし、深掘りしたくない。その日はレモンサワーの酸味で悲しみを誤魔化すのが精一杯だった。

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 遡ることちょうど5ヶ月前、2022年6月1日。楠木は4th EP『遣らずの雨』をリリース。

 “ソロ歌手”としての楠木は、せつ菜の楽曲とは対照的に、この3年間ほぼ一貫して悲しみや切なさを感じる楽曲を歌い続けてきた。最初にYouTubeにUPされた『眺めの空』の衝撃は半端なかった。

 自分の身体のこと以外にも、声優としての悩みや心配事はたくさんあり、その想いを間接的に楽曲に込めてきたと私は勝手に解釈し、彼女のことを勝手に心配していた3年間でもあった(※大きなお世話)。

『遣らずの雨』の3曲目には、『眺めの空』の“続き”をイメージして書いたという『もうひとくち』が収録されている。

 ポップでリズミカルな曲調に、恋する女の子のドキドキが溢れる歌詞。『眺めの空』のアンサーソングでありながら、それとは真逆の前向きな印象を受ける。

「眺めの空」は私の楽曲には珍しく、登場人物が2人出てくるのですが、「眺めの空」では男の子の視点で振り回されるストーリーになっていたので、(「もうひとくち」では)その逆の視点のお話を書いたらいろいろ広がるかなと思いました。(中略)もともと余裕があるように振り回していた女の子だけれど、実は内心いじらしくドキドキしながら、いろんなことを考えていたら素敵だなと。

楠木ともり、4曲入りの新作「遣らずの雨」で発揮した豊かな歌唱表現と作家としての才能』より

『眺めの空』で不安にさせた私を『もうひとくち』で励ましてくれた。前者では全く読めなかった“相手の女の子の本心”、それを後者で明かした。「君だけじゃない、私も不安なんだよ」、そう聞こえる(※幻聴です)。相手も同じ気持ちだと思うことで、人は他者に寄り添えるのではないか。

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 今回の件もそれと一緒だと私は思う。悲しいのはファンだけではない。誰よりも辛く悲しい想いを抱いているのは楠木本人である。

 そして翌日、11月2日。

一夜明けましたがいかがお過ごしでしょうか? あたたかい言葉をたくさん届けてくださりありがとうございます。 声優・アーティスト活動は続きますし(無理は勿論しませんのでご安心を!)、大切な子たちが待ってくれているのでいつも通りのツイートに戻りますが

どうか暗い気持ちで心をいっぱいにしないでくださいね。 3月31日まではせつ菜の野望を叶えるために走り抜けますし、それ以降も必ず想い続けます!!約束

では、よろしくお願いします◎

本人のTwitterより

 一番辛いはずなのに、励ますのは我々ファンの役目なはずなのに……。

『もうひとくち』に続き、またしても私は彼女に励まされた。そして再び交わした“約束”。


 これは、楠木ともりが声優として、ソロ歌手として、永遠に“健康で”続けていくための前向きな降板であり、卒業、旅立ちである。

 せつ菜の『MELODY』を改めて聴いてみる。2番の歌詞が心に響く。

未来さきのこと 誰にだって未知な世界なんだ
不安いっぱい でも大事だよ 本当の気持ちだから

向き合う勇気をいま 手に入れたいんだほら
ちゃんと言葉にしてぶつけてみよう 心繋いで歌うよ!

溢れ出した笑顔は 頬を染めてまっかっか
痛みは 飛んでった
つらい出来事だって また前を向ける
私らしく強くなれる気がして

 楠木ともりとファン。2度目の約束を守るべく、今はお互いが暗い気持ちを捨て、前を向いて歩き出す時。
 寄り添い、励まし合いながら。
 痛みが飛んでいくその日まで。


【後世に語り継ぎたい100人】
5人目 楠木ともり
6人目 優木せつ菜


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