ワンナイトホラー 9

「実はその人が嫌いだったり」
「んーん。チョッキンしたかったけどできなかったからマゲタだけ」
 僕に嘘を言ってなければ少女の行動原理は単純な好奇心。幼そうな彼女が答えられるか微妙だが種族名を聞いてみた。

「カジンだって。でね、ワタシは」
 名前はあるらしいが発音が聞きとりづらい、空耳英語に近いと思うが。
「セン」
 ぱあっと少女の顔つきが明るくなる。飛びはねて近所の子供みたいに全身で喜びを表現していた。
「名前を呼んだのお兄ちゃんが最初。でもバウアーおじさんもワタシと友達になりたかった気がする」
 僕以外にも人間と接触をしたことがあるのに言葉遣いがぎこちないのは……今回みたいに会話ができなかったからと考えるべきか。

 そもそも骨がないらしく音もなく少女の腕が人間では到底できない方向に曲がる。本人に痛みはないようだが見ているこちらはハラハラしてしまう。
 ジェスチャーで僕になにかを伝えたいのか。
「お兄ちゃんもバウアーおじさんを知っているからそっくりかどうか分かるよね」
 ナイフをくれた方もといバウアーおじさんの真似だったようだ。

「どうしてバウアーおじさんが友達になろうとしてくれていたと考えたの?」
「この中にいるワタシを触ろうとしてくれたんだ」
 少女が上半身を穴の中に引っこめる。手招きしてくれているので自然に調べられるがやんわりと断らせてもらった。

「本当に入らないの、全身をふわふわできるのに」
「お兄ちゃんもセンと一緒に遊びたいんだけどね、他にはどんな体験ができちゃうんだい」
「んーとね、もにょもにょして色んな方向から押されていてすごく小さくなっちゃいそう」

 ワームホールみたいなものかはともかくあらゆるものが圧縮をされる空間、だとしたらバウアーおじさんはどうしてそんな穴の中に入ったんだ。
 死ぬのを理解していて少女に根負けして仕方なく付き合ってあげるほどの善人や自殺志願者だったらともかく。
「バウアーおじさんは」
「お兄ちゃんは質問ばっかりでつまんない」

 少女の頬が膨らんでいく。今日はここまでだな。
「ごめんごめん。せっかくセンが遊びに来てくれたのに退屈なことばっかり聞いちゃったね」
「違うよ。ワタシは迎えに来たんだよ」
「断ったりとかできるかな。今日はどうしても守らなければならない約束があるんだけど」
「代わりを用意するならオッケーだって、マーマが言っていたよ」

 招待? 少女ではなくマーマという存在だったら人間がまともな状態では穴の中に入れないのを理解しているうえで。
「そうだった。マーマがお兄ちゃんが複雑な顔つきになったらナイフで食料を運んでくれてありがとうの気持ちを伝えれば分かる、とか言っていたよ」
 中村さんとの仮説は全て外れていて僕にとっては好ましくない状況らしい。

「それとね、まだナマモノは食べられないからお兄ちゃんが運んできてくれて嬉しいよって弟も喜んでいたよ」
「こちらこそどういたしまして……ちなみにチョッキンしたかったけどマゲタだけはこっちの言葉だとなんて意味なの」

 少女に質問と判断されたら諦めるしかないが確認をできるのならしておきたい。彼女が唇を動かす。
「食べたかったけれど、生きているほうが利用価値があるだったような」

「少女のお誘いはどうやって断ったんですか。幼い生き物の説得なんて、ある意味では大人よりも大変なのに」
 ランゾク大学の不思議サークルの部室で寄宿舎の出来事を話している途中で岩永が口を挟んできた。
「単純に食料をあげたらすんなり帰ってくれたよ。あくまでも招待する相手は生きてようが死んでようが関係ないらしい」

 少女は勘違いしていたが、どちらかというと食料補給が目的のおつかい。マーマは僕が招待をされていても全く問題がなかったと考えていいだろう。
「他にもトオルさんみたいな存在がいるから」
「会話がスムーズで助かるよ」
 にこやかな笑顔をつくったけど岩永は笑わない。人間としての大事そうなものを思い出してか彼女が目を見開く。

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