きつねのまどの、向こうには

平家物語を読んでいると、様々な物に名前がつけられているのが印象的だ。
琵琶とか、笛とか、硯とか。
貴人の持ち物だからなのだろうけれど、大切な物には、やはり名前がついているものなのだ。

次元は全く異なるけれど、私はお気に入りの服に名前をつけている。
濃い青紫の花柄のスカートの名は、「きつねのまど」。
子どもの頃に習った、安房直子「きつねの窓」から、とらせてもらった。

ある日、桔梗のお花畑で出会ったきつねに、主人公は、両手の親指と人差し指を、青く染めてもらう。

染めてもらった指で窓をつくり、中をのぞくと、大切な、もう会えない人たちが現れる。
けれど、そんな時間は突然終わりを告げる。
帰宅して、うっかり手を洗ってしまったのだ。
窓の向こうには、もうなにも見えなくなっていた。

このお話を習った当時、私は誰も失ったことがなかった。
けれど、お話全体にただようさびしさと、青いお花畑の挿絵が好きだった。

今思い返すと、結構残酷な物語だと思う。
窓の向こうを見てばかりでは、生きてゆけない。過去を振り捨てて歩まなければならない、それが現実。

でも、お盆が近づいた今くらい、窓の向こうを見てみたい。
きつねの染物屋に、私も会いたい。

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