予想EPS(1株当たり純利益)と自己株式

投資情報サイトごとに予想EPSが異なる

以下は、三菱商事(8058)の予想EPS(2024/3期)を纏めた表です。

(2023/8/2時点(2024/3期1Q決算公表前) 三菱商事短信及び各情報サイトより)

上表から分かる通り、会社予想と各投資情報サイトごとのEPSが数%程度異なっております。
※上記の四季報は紙版です。

そこで、本記事ではこの違いについて検討しております。

EPSの算定式

EPSの算式は「当期純利益÷発行済株式数」というイメージですが、正確には以下の算式で求められます。

1株当たり当期純利益に関する会計基準 12項より

分子について

EPSの計算に使用される当期純利益は厳密には「普通株式に係る当期純利益」であり、「普通株主に帰属しない金額」を当期純利益から除いた金額を使用します。
「普通株主に帰属しない金額」は、例えば、優先株式に対する優先配当額などです。
優先配当額などは一般投資家である普通株主にとっては社債の利息などと変わらないため、これを当期純利益から除いて計算するという理屈です(1株当たり当期純利益に関する会計基準 46項)。

  • 「普通株主に帰属しない金額」による影響
    「普通株主に帰属しない金額」については、有報の開示項目ではあるものの(同基準適用指針38項)、短信の予想利益の開示においては把握できません。そのため、会社予想のEPSにおいては「普通株式に帰属しない金額」が考慮されているが、投資情報サイトのEPSでは考慮されていないため、差異が生じるということは考えられます。

  • 今回の三菱商事のケース
    三菱商事においては、現時点で普通株式に帰属しない金額は存在しないため、これにより予想EPSに差異が発生しているわけではなさそうです。
    ①~④のいずれの予想EPSも24/3期の予想純利益を920,000百万円(2023/5/9 短信 予想利益)を分子として算定しているものと考えられます(※四季報の1株益はそもそも予想利益が会社予想とこなる場合があるりますが、その場合は当然、予想EPSも異なります。予想利益が同じなのに異なっていることがあるというのが今回の着眼点です)。

分母について

EPSの計算における分母の株式数は、原則として「期中平均」を使用します(一時点の株式数ではありません)。
期中平均株式数は、日次平均(原則)、または、月次平均で計算されます。
(月次平均の計算例)
✔ 期首時点の発行済株式総数は100株で、2Q末に50株発行された場合
 期中平均発行済株式数 = 100株 +(50株 × 6か月/12か月)= 125株

上記の計算例から分かる通り、期中平均株式数の計算においては、その期の株式の増減に関して「数量」と「時期」を把握する必要があります。

  • 「期中平均」による影響
    会社は通常、増資や自己株式の取得などについて予算を策定するため、株式の増減に関して、予算ベースで「数量」と「時期」を把握しているものと考えられます。そのため、予想EPSの算定に際して、期中平均株式数を使用して計算することができるものと考えられます。
    一方で、投資情報サイトにおいては、そこまでの情報を把握して予想EPSを算定する事は考えづらく、「分母の株式数に何を使うか」が予想EPSの算定結果の差異につながると考えられます。

  • 今回の三菱商事のケース
    三菱商事においては24/3期に大規模な自己株式の取得を予定しており、この自己株式の取得を分母の株式数にどのように反映しているかが予想EPSの差異に繋がっていると考えられます。

各社の算定方法の違い

以下、2023/8/2及び8/3時点で取得した予想EPSとその算出基礎です(算出基礎は筆者の想定値です。以下全て同様に想定値です)。

◆銘柄スカウター

銘柄スカウターは1Q決算発表を受けて予想EPSの数値が更新されています。

更新前(~8/2)の株式数1,428,792,543株(*)は期末発行済株式数(自己株式除く)であり、前期末短信より数値を拾えます。
(*)1,428,792,543株 = 1,458,302,351株 - 29,509,808株

2023/3月期4Q 短信 2023/5/9公表

更新後の(8/3~)の株式数1,421,255,173株は1Qの期中平均発行済株式数(自己株式除く)であり、1Q短信より数値を拾えます。

2024/3月期1Q 短信 2023/8/3公表

当1Q中において自己株式の取得は行われていましたが、自己株式の取得状況の開示のタイミングでこまめに反映することはせず、決算のタイミングで反映しています。
1Q決算後は原則どおり"期中平均"を使用しており、分母の株式数は以下のように更新されていくことが想定されます。

決算ごとの更新ではありますが、1Q決算発表後は"期中平均"を使用しており、実績ベースで最善の株式数であると言えます。

◆株探

株探の株式数1,402,265,143株は、最新の自己株式の取得実績を反映した一時点の株式数です。
前述の通り、当期も4月~7月までで26,527,400株の自己株式の取得(2023/8/3時点)が行われており、その取得状況は「自己株式の取得状況に関するお知らせ」として、月初に開示されています。
当期首の発行済株式数(自己株式除く)から、当期に取得した自己株式を控除することで、株探が使用していると想定される株式数(*)が算定できます。
(*)1,402,265,143株 = 1,428,792,543株 - 26,527,400株

銘柄スカウターと比較して特徴をまとめると以下の通りになります。
実績ベースの株式数という点では一致
・自己株式の取得状況の開示により、期中も更新され、速報性あり
・"期中平均"ではなく、"一時点"の株式数であり、実際の計算方法と異なる
 ※銘柄スカウターは1Q決算発表後は"期中平均"

◆四季報

四季報オンライン上の説明は以下のとおりです。

会社四季報オンライン HPより抜粋

四季報の株式数1,334,588,743株は将来の自己株式の取得を織り込んだ一時点の株式数です
三菱商事は2023/5/9に自己株式取得に係るプレスリリースを公表しています。本プレスリリースでは、2023/5/10~2023/12/31の期間で86,000,000株を上限とする自己株式の取得を決定しております。
前述の通り、当期の4月~7月において自己株式の取得を実施しておりますが、このうち5月~7月分の18,323,600株はこれに対応したものです(4月分の8,203,800株は前回決定分)。そして、8月以降の残りの期間で上限の86,000,000株まで取得した場合、12/31時点での発行済株式数(自己株除く)は、1,334,588,743株(*)となります。
(*) 1,334,588,743株 = 1,402,265,143株  -(86,000,000株  -  18,323,600株)
 ※1,402,265,143株 = 7月末時点の発行済株式数(自己株式除く)

銘柄スカウター・株探と異なり、実績ベースの株式数ではなく、将来の自己株式の取得を織り込んでいる点に特徴があります(更に言うと、上限まで取得するものとしております)。
将来の自己株式の取得を上限までするか、また、いつ、どのくらいの量を取得するのかといった、”数量”と”時期”は外部からはわからないため、計算方法は”期中平均”ではなく、”一時点”の株式数になっていると考えられます。


<補足>
四季報オンラインについては、PER項目のところに記述がありますが、分母の発行済株式数に自己株式を含んだ値となっております(そのため、多額の自己株式が未消却のまま、BSに乗っている企業はEPSが低く出ます)。

会社四季報オンライン HPより抜粋

また、EPSが実際より低く出るため、PERは実際より高くなリます。



◆会社予想

会社予想の株式数は1,385,980,506株ですが、これについては再計算できず、具体的な算出根拠はわかりません。
株探の株式数より少ないため、2023/5/9公表の自己株式取得に関しては、実績ベースではなく、将来の自己株式の取得を織り込んでいると考えられます。
一方で、四季報の株式数よりは多いため、”期中平均”で計算しているものと想定されます(自己株式の取得を通じて、発行済株式数(自己株式除く)は期中を通して逓減しており、期中平均の株式数は期末の株式数より多くなる)。

会社予想のEPSは再計算できませんでしたので、あくまで予想ですが、上記を前提にした場合、会社の株式数は、将来の自己株式の取得を織込み、かつ、原則的な”期中平均”で計算しており、最も実際の株式数に近いものと思われます。

まとめ

以下は上記の検討をまとめた表です。

なお、①については、筆者の予想、かつ、三菱商事の場合であり、すべての会社に当て嵌まる訳では無い点、ご留意ください。

②、③については、実績ベースであるという点で保守的な見積もりと言えると思います。一方で、④については、将来の取得予定分も含んた一時点の株式数であり、期中平均化した際には下振れるリスクがあるという点を考慮する必要があるでしょう。

(参考図 - 株式数の推移)
以下、8/2までの公表データより、主要な増減を拾ったものです(細かい数値は拾っていないため、誤差あり)。
a = 銘柄スカウター、b = 株探、 c = 四季報

(2023/8/2時点までの公表データ(短信、有報、自己株式の取得状況の開示)より算定)


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