ワクワク!イマゼキッチン 第1話 ワクワク‼企画会議!!

新番組の企画会議が始まってからかれこれ7時間が経過しており、朝から飲まず食わずに狭い会議室にこもっている新番組製作委員会メンバーの顔からは表情という表情が消えていて粘土の造形みたいになっていた。

新人AD佐藤「いっそ恋愛リアリティーショーとかどうですかね?若い層からは受けると思うんですが…」
プロデューサー「…」
チーフディレクター「…」
監督「…うん」

誰もが疲労で頭をやられていてまともな受け答えができる状態ではなく、今や誰が何喋ってもほぼ無反応で正直もう帰った方がいい。しかし、まだ会議は続くこの場で最も権力を持つ監督が解散宣言をしない限り皆帰る訳にはいかないのである。その監督はとりあえずもう少し粘ればなんとかなんじゃないのと何の空気も読まずなんも生まれることのないであろう会議を終わらせようとしなかった。はっきり言って地獄である。

それから30分近く経ったが誰も何もしゃべらないししゃべれないしものだから秒針の音だけが会議室を埋め尽くしていた。
この淀み切った空気を切り裂くように誰かがドアをノックした。
ドアに一番近いところにいたADの藤嶋がゆっくりドアをを開けると、そこにはわが局のトップオブトップである今関社長となんかふにゃふにゃ立っている見知らぬ少年がいた。
社長は監督よりも遥かに強い権力を持っているため監督含め全員死んだ顔を無理に繕い、背筋を伸ばし、丁寧に受け答えした。

社長「どうだい会議は順調かい?」
監督「まあ、そこそこといったところです。」
社長「そ、そうか」
社長「ちょっといいか…頼みがある」
監督「はいなんでしょう」
社長「この子はな、私の甥なんだ。」
少年「こん…にちは…」

社長が少年の背中をバンと叩き、大きな声で言った。

社長「どうか新番組を彼の冠番組にしてくれないだろうか!」


監督「ん???」
誰もが混乱した。
社長「無理を承知なのは分かっている。そっちの決めた予定もあるだろうし、ただこれには深いわけが…」
監督「はい…」

社長「彼の名前はチェルというんだ。俺の弟の息子なんだ。こいつはな、根はいいやつなんだよ。根は。ただどこか引っ込み思案というか人見知りみたいなところがあってな小学校2年生の1学期から不登校で引きこもり状態というかなぁ。」
社長「で、今年お前は19になったか?」
チェル「うん…」
社長「まあ長いこと引きこもってニート状態だったからなぁ。弟夫婦がもうしびれを切らしてこいつを勘当したんだよ。」
チェル「それで路頭に迷ってた自分をおじさんたすけてくれた」
社長「でもいつまでも働きもせずうちにいるわけにもいかんだろ。やっぱお前は社会に出てだな、、、自立しなきゃダメなんだよ!」
チェル「だからここで働きたい」
社長「という訳だが、わかってもらえたか。こいつの冠番組を作ってもらえないか」

スタッフ一同こう思った なんかすっごい正当な理由言ってるようだけど、

ただの公私混同じゃねえか!!!

スタッフ「ひきこもりを理由に主役にしろとかんな社会甘くねえんだよ。社長も甥だか何だか知らねえけども世の中なめてんじゃねえよ。まったく落ちたもんだよこの局もよ!」と社長にガツンと言えたらいいんだけれど全員社長が怖かったので

監督「はい」
情けなく思ったりもしたが、社長に歯向かって消された人を何人も見てきたので、Yesという以外道はなかった。そう、生きるためには。

社長はこっちの気も知らず目を輝かせて
「おお、そうか引き受けてくれて感謝するよ!どんな番組でもいいチェルが主役の番組ならな。楽しみにしてるよ。」
そう言い捨ててチェルを残し会議室を後にした。

人は権力を持ちすぎてしまうと空気を読めなくなるらしい。
現に社長とその部下と甥(引きニート)の空間は鬱屈としていた数十分前の会議室よりも張りつめているし、とにかく気まずい。

とりあえずスタッフらはチェルにいくつか質問することにした。
監督「何か質問がある方挙手おねがします」
何人かのスタッフがキョロキョロしつつも手を挙げた。
監督「じゃあ佐藤くんどうぞ」
新人AD佐藤「あのいきなりデリケートな質問かもなんですけど、なんで不登校だったんですか。」
チェル「まあ周りが馬鹿に見えたんですよ。こんなところにいては汚れてしまうと思ってね」
佐藤「といいますと」
チェル「決定的な出来事がありまして、小1の劇のときっすかね。その劇で僕は主役に立候補したんですけど、まあ主役となると競合になるじゃないすか。そこで誰が主役にふさわしいかという投票になったんですよ。まあ当然自分がなるだろうと思ったんだけども、なんと僕には1票も入らなかったんですよ。僕からしてみれば選ばれた主役の子はモブ中のモブで雑魚中の雑魚なわけで、僕はこれが許される学校という社会が腐って見えたんです。その日を境にだんだん行かなくなってって感じです」

監督「ハイじゃあ次」
カメラマン山崎「引きこもってた12年は主に何をされてきたんですか」
チェル「昼はRPG系のゲームを主にプレイして世界を救って、夜は学校帰りや会社帰りの人が集まるのでFPSや2ちゃん見てました。」

監督「都合上次で最後です」
チーフディレクター「ここで働ければいい話なのにどうしてそこまで出演にこだわるの?」
チェル「裏に回るのは世界の主役の僕がやることじゃないと思いまして。」

我々は彼と一通り喋ってみて12年間引きこもっていた男の手ごわさを痛感した。そしてもう一つは彼はゲームのし過ぎで現実と空想の世界の区別がついていないのかもしれない。さらに根もいいやつではないだろう。質問タイムが終わりかえって険悪になった。

佐藤「おいチェルてめえ‼ふざけんじゃねえよ。俺はあんたなんかのために番組作りたくねえ!社長の甥だからってもう我慢できない‼とっと
と失せろ!」と急に立ち上がり鬼瓦みたいな顔して叫んだ。

チェル「お前が失せろ」と佐藤のすぐ目の前まで近づきささやいた。さらにまだ佐藤の耳元でなんかぼそぼそ言っている。次第に佐藤は泣き崩れてしまった。どうやらチェルにボロクソに論破されたらしい。AD佐藤(24)引きニートに論破されて泣くという迷状況がここに生まれた。

一方でこのチェルほどの自己中心的なやつも人生で見たことがないし、かえって主役にしたら化けるんじゃないかと、監督はちょっとだけ思った。どうせこのまま考え続けても何の未来もないだろうし、チェルを中心にキャスティングするが今ベストなのではとすら思えてきた。

監督「主役だったらなんでもするの?」

チェル「はい、そこにこだわりはないっすね」


監督「分かった俺明日までに案をまとめてくるからみんな帰っていいよ。」
午後6時30分、労基に大きく違反した会議が終わりスタッフ達の顔から少しだけ魂が帰って来たように感じられた。


次回予告!!

地獄の会議から一夜!!
監督が持ってきた企画書にはまさかの料理番組?!
料理未経験のチェルは料理ができるのか?!

次回「おいしいハンバーグを作ろう!」

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