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ハマかぶれ日記210〜かくしごと

 そのうち、自分もああなるんだろうか。身につまされながらスクリーンに没入する2時間だった。きのう、封切りまもない映画「かくしごと」を吉祥寺のシネコン「アップリンク吉祥寺」で観た。老身の介護に児童虐待、離婚による母子家庭の生計と、今の社会が抱えるいろいろな問題の縮図の表出とも言える作品の中にあって、認知症の父親役の奥田瑛二は、特賞ものの好演と思った。
 娘か他人か人を識別する能力の喪失、ゴミ類の放置、お漏らしやその後の惑乱、唐突な怒りの爆発、「財布を奪った」などと身近な人間に向ける猜疑心・・。描かれた行為の多くは認知症の典型パターンをなぞったもので、新奇なものではない。その表現が真に迫っていて、人生100年時代の悲劇の舞台模様をありのままに伝えてくる。娘役の主演の杏もこれに応え、力のこもったパフォーマンスを展開している。
 作品の全編を覆う介護の厳しい現状を例えば油絵のキャンバスとするなら、実際にその上に描かれる絵は、親の虐待や離婚といった子供たちを取り巻く現代的な障害に向き合い、孤独に闘う女性の姿だ。子役もいい。何より可愛い。場面、場面の所作、交わす言葉が鮮烈に印象に残った。
 ストーリーの細部にいささかご都合主義的な短絡があると個人的には感じられ、そこが少し気にはかかったものの、全体として見応えのあるヒューマンストリートに仕上がっていた。ラストシーンでは、制作側のもくろみ通り涙がこぼれた。
 記憶をたどれば、認知症の問題が最初に映画で取り上げられたのは、1973年公開の「恍惚の人」だろうか。往年の名優・森繁久彌さん(1913〜2009年)が息子の顔さえ忘れた年老いた父親を演じて大ヒットした。原作は、作家・有吉佐和子さん(1931〜1984年)の同名小説で、こちらもベストセラー。戦後の混乱期、高度経済成長期を経て、日本社会が高齢化の進行と向き合い始めた頃だった。
 「恍惚の人」とは、有吉さんが目にした漢籍の文言から思いついて題名にしたと伝わるが、当時の一般的な呼び方は、ずばんと「ボケ老人」。それが、人権上の配慮などによってメディアを中心に今の認知症の呼称に変わっていった。あれから半世紀。言葉は変わっても実態は変わらない。どころか、症例は右肩上がりで増え続けている。
 たまたまきのう、朝の善福寺公園の散歩で時々、顔を合わせるシベリアンハスキー犬の女性飼い主に久しぶりに会ったら、げっそりとやつれた顔をしている。「元気がないんですよ」。先方から切り出して言うには、一緒に住むお母さんの認知症が進んで介護が大変なのだそうだ。夜中に起き出しては転倒する、何度も、何度も・・。「化け物みたいで」。悲痛な訴えに、慰めようもなかった。
 できるだけ、そう言われる日が来ないよう、せっせと体を動かし、頭も適度に使って毎日を過ごさなければならない。適度なストレスもいいとか。わが横浜ベイスターズには、適度に負けてくれることを祈るばかりだ。過度はだめよ。頭の先に体に来るからね。


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