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ハマかぶれ日記213〜九十歳。何がめでたい

 100歳を超えてなおご健在の作家・佐藤愛子さんの人気エッセー「九十歳。何がめでたい」を草笛光子さん主演で映像化した作品を今朝、いつも行くシネコン「アップリンク吉祥寺」で観た。
 封切られたばかりでもあり、平日朝9時台の上映開始にも関わらず、80席余りのスクリーンは6割ぐらい埋まっている。やはり年配者が多い。馴染客ではない人も結構いて、ビルの地階にあるシネコンの場所がわからず、外の入り口で佇む女性に「映画館はどこですか」と尋ねられたりした。エレベーターに案内しがてら話しかけると、「私も90歳なので、どんな映画なのか確かめにきました」と笑う。そんな高齢者ばかりで、69歳の筆者など、「洟垂れ小僧」の部類に思われた。
 作品は文句ない面白さで、あっという間に2時間弱が過ぎた。芸達者の草笛さんに唐沢寿明さんが絡むとあって、屈託なく笑えるのは間違いないと踏んでいたが、期待通りだった。妻と子に逃げられ、沈み込む唐澤演じる雑誌編集者が「いい老人ってどんな老人でしょうか」と問いかけたのに対し、佐藤さんが「面白い老人ならいいのよ」と発破をかける。やりとりがごく自然で、その場にいるようにうなづいていた。
 佐藤さんが実際にどんなキャラクターなのかは知らない。草笛さんの表現の通りだとすれば、気難しくもウイットに富み、人情もろい、一度会ってみたくなるイキのいい女性なのだろう。少なくとも、自身も90歳になった草笛さんの演技に、老いの脆さ、辛さは感じられなかった。溌剌としていた。
 草笛さんは週刊文春に「きれいに生きましょうね」と題するエッセーを連載している。先々週発売の6月20日号は、古い付き合いのあるウエディングドレスデザイナーで今年4月に亡くなった桂由美さん(1930〜2024年)ら親しい物故者を偲ぶ内容で、「どうしてみんな、私を置いて逝ってしまうのでしょうね」と書き出されていた。映画の中でも2回、ジョークまがいに「お先に失礼とも言わずに、みな逝ってしまうのよ」と話す場面がある。そのことを意識しているのか。いずれにせよ、「お先に失礼」の下りは恐らく、佐藤さんのエッセーの中にある言葉遣いなのだろう。ここは一つ、読んで確かめてみなくてはならない。
 佐藤さんの本は8年前に刊行され、100万部を超える大ベストセラーになっているという。題名はよく知っていて本屋で何度も手に取ったが、「90にはまだ間がある。早いか」と買い控えてきた。思い直してさっそくアマゾンで発注した。
 と、ここまで書いたところで気になって、先週発売の最新の週刊文春(6月27日号)をチェックしたら、「きれいに生きましょうね」が掲載されていない。前号のエッセーは「人が亡くなってしまうのは止めようがありませんから、寂しいなんて言ってられません。けれども・・、やっぱり寂しくて」と、しんみり締めくくられていた。体調を崩したりしているのでなければいいがと、映像を観たばかりだけに、急に気が揉め始めた。
 わが横浜ベイスターズは今夜、昨日に続き試合がない。映画の残像を目に浮かべつつ草笛さんの健勝を祈り、老いを巡るあれやこれやに思いを馳せ、どうしたら面白い老人になれるか、頭を捻ってみよう。若い選手たちのことは、いっさい頭から外して。

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