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ハマかぶれ日記227〜拙稿、いただきました

 「どうなってるのかねえ、まったく」。朝の食卓でパートナーが気難しい顔をして吐き捨てた。おっ、何か気に障るようなことをしたかな、と戦々恐々、このところの所業を振り返りつつ及び腰で「何が?」と問い返すと、待ってましたとばかりに、味わったばかりという「びっくり体験」を口にし始めた。
 二つの大学で教鞭をとっているパートナーは、ある大手銀行から専攻分野に関する講演を依頼された。ついては、あらかじめ講演のポイントを整理した原稿が欲しいと要請され、担当者にメールで原稿を送った。「拙稿」を送るので関係各位に回してもらいたいと添え書きして。ここまではいい。
 それを受けて返信されてきた担当者の文言に呆然としたという。概ね次のようだったらしい。「ありがとうございました。拙稿を確かにいただきました。早速、関係する皆様に拙稿をお届けしました」
 マジ? からかっているんじゃないよね。パートナーのいったんデングリ返った眼(まなこ)はまもなく怒りで充血する。「お手数かけました。ところで拙稿というのは、へりくだった表現です。自分の原稿を人様から拙稿と言われた、それも2回も言われたのは生まれて初めての経験でした」といった具合のメールを打って返したという。
 名前を出すのは差し控えるが、言えば誰もが知っている有力銀行のたぶん広報担当者だ。「拙稿」という言葉が見慣れない言葉であったとしても、「わざわざ拙宅に足をお運びいただいて」と挨拶されて、「いやいや、ご拙宅にご招待していただき、恐悦至極です」なんぞと返す人はいないだろうに・・。容易に謙譲表現と想像できるではないか。しかも、その後、何の音沙汰もないのはどうしたことか。パートナーは振り上げた拳の持って行く先もなく、思わず朝のぼやきとなって出たようだ。気持ちはよくわかる。
 昔、仕事上のトラブルで込み入った話をしているときに、相手の人が何度も「あなたの申すことはわかりますがねえ〜」とネチっこい声で言い返してきた。申す、申すとあまりに執拗に言われているうちに、こんな常識のない人と話しても仕方がないなあと、ため息が漏れたことを思い出した。
 日本語が難しいとされる原因の一つに、謙譲語や尊敬語、丁寧語の使い分けの煩雑さがあると言われるが、「拙稿」「申す」が特に難易度が高い使用例とも思えない。時代なのか、それとも単に人の素養のばらつきなのか。ちなみに、「拙稿」の主のバンカーは、パートナーの伝聞によると、一橋大学の卒業だそうだ。
 さて、「せっこう」と言えば、昨夜のわが横浜ベイスターズの敗戦は、このチームの伝統的な宿病である拙攻に遠因があった、試合はせっかく9回にオースティンの2点本塁打で追いつき、延長11回に同じく佐野の2点本塁打で勝ち越したのに、リリーフの坂本、京山が大崩れし、一気に3点を取られて逆転サヨナラ負けした。投手陣のだらしなさが敗因として大きくクローズアップされるが、もっと早めに点を重ねて突き放していれば、連投、連投で疲れの目立つ投手陣に過度な負担をかけずに済んだと思う。
 最たるものは7回だ。先頭の梶原が3塁内野安打で出塁。次打者のオースティンがライト線にポテンと落ちるヒットで続く。ヤクルト外野手の球の追い方などを見ていても早めにヒットと判断できたはずで、誰しも俊足の梶原は楽に3塁へ進んだと思った。ところが、打球が落ちるのを見極めてからのスタートで2塁止まり。挙句に、続く佐野のライト前ヒットで本塁を突き、封殺された。
 本来なら、佐野のヒットで1点取って同点に追いつき、なお無死1、2塁あるいは1、3塁で4番の牧という場面になっていたはずだ。仮に最初に3塁へ進塁できなかったことを大目に見るとしても、佐野の当たりのいいヒットは前進守備の外野手の前に飛んだのだから、無理に本塁に突入せず自重していれば、無死満塁で牧だった。結局、1死1、2塁でバッターボックスに入った牧は力みかえって平凡な右飛に倒れ、宮崎も1塁ファウルフライに抑えられて無得点に終わった。
 観ていたCSテレビの解説者、元タイガースの名ショート、鳥谷敬さんも梶原の2塁に止まった走塁、さらには梶原が本塁封殺された時、オースティンが3塁まで進まなかった走塁の二つのミスを残念がっていた。3塁に行っていれば、牧の右飛で少なくとも1点は入っていた。
 昨夜で今シーズンの前半戦が終わった。振り返ると、この手の拙攻によるロスが目立ち、平均打率、本塁打数、加えて盗塁といった攻撃面の主要指数がいずれもリーグトップなのに、楽な試合ができていない。むろん、防御率がリーグ5位の投手陣の問題は少なくないが、先発では石田や大貫、浜口、リリーフでは山﨑や伊勢ら主軸と期待された面々が期待通りに機能しなかったことを思えば、若手中心に健闘していると映る。「これだけのタレントが揃っているのに、何をやっているのか」と切歯扼腕するシーンは、圧倒的に攻撃の時に多かった。
 ありがとうございます。「せっこう」をいただきました。とは、こちらは絶対、言わない。
 

 

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