見出し画像

金魚の水換え

 どういうわけか、金魚の水槽の水替えを忘れる。
ヤツは気付かないうちに濁っているのだ。

面倒くせえ~非常に面倒くさいなあ~

と一旦スマホを手に取る。

 Twitterで「老害」という言葉が目に留まる。ネットスラングで「老いた害」、もしくは、老いそのものを害悪として表現する言葉だ。最近、私の父は、人の話を聞けなくなっている。パッと話の最初だけ聞いて、その先を想像すると、そのまま話の内容を決めつけて話す。ゆるやかに確実に老いていく父親や祖母を、私は理解できない。なぜスマホを頭ごなしに嫌うのか、なぜ横断歩道でない道路を渡ったりしてしまうのか、わからない。

そういえば、最近自転車に乗った際、やってしまったことがあった。すでに歩行者信号は、赤。私が横切ろうとしてる道路の自動車信号も、赤。

「行ける。」

そう思って渡った。この時ふと思う「横断歩道は、青でなければ渡ってはいけません」そう教えられた保育園児の私に比べて、私は我慢が出来なくなっている。なんと! 老いはこういう形で、既に私にも訪れ始めていたのだ。
しかし、思えば小学生の頃、自分だけゲーム機を持っておらず、友達の会話に入れなくて寂しかった。これは、父母が味わっている自分だけ家族の中でスマホの操作が覚えられない感覚と一緒なんじゃないか?信号が赤であろうとも横断歩道は自分の判断なら渡っても大丈夫、道路でない場所でも自分の判断なら渡っても大丈夫。

 小学生が中学生になるように若者を卒業して「今日から私は高齢者」とはならない。ちょっと忘れてる間に水槽が苔まみれ、どうでもいいことをツイートしていたらいつのまにやらツイート数2万、そんな感じで私たちはきっと歳をとる。

ある日突然、誰も知らない山奥でパラダイムシフトは起こるわけじゃない。今の連続が未来で、数秒後が未来で、その数千回数十万回の繰り返しがきっと未来。

まあ、なんにせよ水槽の水替えは今すぐやるべきなのだが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?