最近泣いたこと、喜んだこと
午前11:30。
やっとベッドから起き上がりました。
(12時間寝たなぁ。かなりアップデートしたんだなぁ)
私の睡眠は「アップデート」と認識出来るようになり、今では寝坊しても罪悪感のような居心地の悪さはなくなりました。
(あぁ、こんな生活していていいのだろうか、と思うのもたま〜にあるけどね)
カーテンを開けたら雨模様。
私はどんなお天気の景色も好きです。
ビル群の輪郭がぼんやりと空気に溶けて東京タワーのてっぺんはもはや消えてしまいました。
(ウットリ)
さて。
大都会に住む私の社会的肩書きは
「生活困窮者」
です。
この言葉はとても不思議です。
(それ、わたしのこと?)
まるでままごと遊びでその役割をしている感じなのです。
というのも私は昔から「お金持ち」になるような根拠のない自信を持っていたからです。
でも、そのお金持ちになるのが私が思っていたタイミングと違いすぎる〜!!
(まさかこんな状況を経験するとはね)
もちろんそれは私自身が選択してきた人生。後悔はまったくありません。
しかし現実問題としてお金が無いのはなかなかメンタル面のダメージが強い。
数々の味わったことのない不安と恐怖を経験しました。
そんな中でここまで生き延びてきたのは目に見えない存在たちからのメッセージでした。
「大丈夫よ」
「安心して」
「あなたはちゃんと守られている」
みずから行うチャネリングや、
目に入ってくるエンジェルナンバーに助けられて自分を信じてきました。
(とは言えそう簡単には信じられないよね〜 すぐお金が降ってくるんだと思ってたもん)
いつまで待っても棚ボタお金が入って来ないので、ついに私は行政のサポートを受けようと決めました。
でも、本当にここが一番ハードルが高かったです。
(マジで。こんな恐怖のバンジージャンプしたことないわ)
貯金通帳をすべて披露した時の気持ちは全裸をさらした気分で落ち込みました。
面倒くさい上に、書類内容に意味を見出せないお役所独特の何枚もある申請書類の記入にもイライラ。
「お金をもらえるため、お金のため」
と書きまくり、いくつかの貸付や補助金をいただきしのいできました。
中でも私自身も困惑したのは
「働く気力がない」
ことでした。
ヒーラーの勉強をして、そこそこ自信もついたところでさえ、それで生計を立てる気持ちにならなかったのはショック。
一人暮らしを始めたころは手持ちのお金は2年で底をつくのは分かっていたけれど、2年もあれば次の仕事も決まると思っていました。
あらあらあらぁ〜...
人生はホントに思うように行かないものです。
さぁ。いざお役所へ。
行政のお役割としてはやはり
「働いて欲しい」
そのためにサポートはしっかりする、という大前提がありました。
私が
「働く気力がない、お金がない、
どんなサポートがありますか」
と問うと、とても優しく答えてくださいました。
「診断書はありますか。先方の企業さんへはちゃんとお話しますから大丈夫ですよ」
「次回は履歴書をお持ちください」
(.....!)
それを聞いて胃が痛くなり、逃げるように役所から帰り、その後数ヶ月は所持品を売って生活費にしました。
(もうお役所になんか行かない!
病気って決めつけられるし、
仕事紹介へ進めていくんだもん!
さらに私も私!なんでそこで丸め込まれてちゃんと意見言えないの?)
ショックは2つありました。
ひとつは
「私が病気だと思われたこと」
もうひとつは私自身が
「病気の人を差別的に見ていた」
ことを"知ってしまった"こと。
私は特にそういう面において差別をしないタイプだと確信していたのだから、これにはもうガーン!!という感じでした。
(後にそのような方々と一緒に働くパートをしたことで偏見が取れたのが幸い。う〜ん。これもすべてなるようになっているんだなぁ)
そうして私はお役所がますます嫌いになりました。
あぁ、それにしても運命とか導きというのは不思議です。
結局パートも辞めて再びお役所へ泣きつくことになりました。
そこでいよいよ運命の出会いがありました。
対応してくれたのは女性のかた。
わたしの独特の「警戒センサー」がまったく反応しません。
何を言っても「理解」してくださるのです。
単なる「傾聴」上手とはまた違って、目の前にいる「私」をそのまま受け止め、内面さえも理解してくれたのでした。
だから、申請書類や手続きがサクサク進む進む。
(無駄な動きがない素晴らしいお仕事をされるのよ〜ホレボレ)
そこから、私は事あるごとにその方を「指名」して担当してもらうことにしました。
その人じゃないと絶対嫌だというブレない自分でいました。
そのうちに先方も私を覚えてくださり、私が言わんとすることや考えていることを全て理解して先読みもしてくださいました。
「どうぞ、生活が落ち着くまで行政に甘えてください」
「無理して働かずに焦らずにゆっくり考えてください」
(こんなに安心を与えてくれる人がいるんだ)
そのかたと関わって数ヶ月。
いよいよお別れの日が来ました。
この春、異動が決まったとのこと。
幸いにして最後の出勤日当日にお目にかかり用事を済ませることが出来ました。(これもお導きだわぁ)
そのかたはご自身の後任として別の女性を紹介してくれました。
「○○さんと(私の苗字)相性が合う人を選びましたよ」
(さすが!!)
後任のかたもまた、まったく私の警戒センサーは働きません。
そして、やはり私の一言一言を
「理解」してくださるかたでした。
その場では過去にないくらい申請がサクサク進みました。
こんなにスムーズに済んで拍子抜け。
最後にご挨拶をした時に私の目から涙が溢れてきました。
嗚咽を我慢して振り絞って出てきた言葉は
「安心を与えてくださりありがとうございました」
これしか覚えていません。
一番不安な時に一番安心を与えて下さったかたでした。
そして別れ際まで私と相性の合う後任を紹介するという安心感を残していかれました。
これが私の最近泣いたお話です。
(前置き長かったかしら。ごめんなさーい)
そして最近喜んだお話。
(短いから安心してくださいね)
東京都からお便りがきました。
「生活困窮者に米と野菜支給」
(きゃー!やったー!!)
う〜ん。
生活困窮者というステータスよ。
なりたくてなった訳ではありません。
ですが私の人生ってなんだか色彩豊かだなぁと思える心の余裕が今はあります。
この先どうなるんだろうという思いはもうありません。
この先どんなふうになっていくんだろう!
ワクワクしながら米15kgと野菜セットを待っています。
私をありのまま表現できる日々。
今日も私はエレガント。
↓オマケ♪我が家の鳥さんたち
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