見出し画像

ぶつかりおじさん

 「人にわざとぶつかる人」を書いてふと思ったけれど、あのときぶつかりおじさんの前を歩いていた配偶者の人は、自分の夫がまさかぶつかりおじさんだとは夢にも思わないんだろうな。
 いっしょに買い物に行ったり、いっしょにごはんを食べたり、一つ屋根の下に暮らす、普通の顔をしてる夫が、知らん人にわざとぶつかってニヤニヤする男だとは、想像もしたことないだろう。

 ぶつかりおじさんは多くの場合女性にぶつかる。若い女性のほうがぶつかられることが多いと思う。わたしも若いころはよくぶつかられたので、先日のパン屋さんは久しぶりだった。若い人は痛い思いをしても、我慢して黙ってやり過ごすことが多いが、おばちゃんの中には文句を言う人がいたりする。わたしみたいにじいっと見つめてくる人もいるし、おばあちゃんには下手にぶつかって転んで骨折などすれば、それこそただじゃ済まなくなる。赤ちゃんを連れた若いお母さんもよく標的になるらしい。体格の良い人や、体の大きな人、複数人で歩いている人には決してぶつからない。
 ぶつかる相手を選んでぶつかっている。

 ぶつかりおじさんをはじめ、痴漢、盗撮、万引き常習者、放火魔なんかにも、妻や親や子供やきょうだいはいるはず。ぶつかりおじさんの妻は、もしかすると別のぶつかりおじさんにぶつかられたことがあるかもしれない。別のぶつかりおじさんにぶつかられた、ぶつかりおじさんの妻は「今日街で知らない人にぶつかられた」と、実はぶつかりおじさんである自分の夫にこぼしているかもしれない。
 それを聞いたぶつかりおじさんは、ぶつかられた女の人である妻に対しどう感じるのだろう。そしてぶつかりおじさんの妻は、目の前の夫が、実はぶつかりおじさんだなんて夢にも思わないんだろうな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?