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UNDERWAY 第二話 「赤旗」

「本当に貰っちゃっていいんですか? この車。」
「ああ、俺にはこの店があるし、もう遠出もしないからな。」
 マスターから貰った車には、アル、エレン、それからジャック、エメ、チーの五人が乗っていた。
 喫茶店で食事を済ませ、もう夕方。暗くなる前に隣町に着きたい一同は早急にマスターに別れを告げ、走り出した。
「そういえばあなたたち、探している”脳みそ男”っていうのはどこにいるの?」
 アルが訪ねる。
「さあな、知らん。」
「分かりませんわ。」
「え? じゃあどこへ向かえばいいのよ!」
 彼らの能天気さにはつくづくため息が出る。
「あっ! だったらまず、研究所跡地に行くのは? 何か手がかりが残っているかも。普段は規制線で中には入れないけど、元住人のあなたたちなら…。」
「無駄だぜ。」
 ジャックが続ける。
「”脳みそ男”が全部爆破してったからな。多分、もう研究員さんたちも…。アル、確かに俺らは研究員さんの中にお前の夫を見つけることはできなかった。でも、俺たちが知らないだけで、本当はもう一緒に死んじまってるんじゃねえのか?」
 ジャックが冷たくそう言った。
「彼がどこで何をしてるのか、国家秘密だからと教えてくれなかった。だから、私にできることは、信じることくらいなの。確かに気弱で貧弱で、少し頼りないところもあるけれど、だからと言って、黙って勝手にいなくなるような薄情な人間ではないもの。だから絶対生きてる。そうね、私の勘て、結構当たるのよ。」
 アルは気丈に振る舞ってみせた。
「まあ、仕方ないわね、とりあえず私は隣町で取材があるから、詳しいことはそっちに行ってから考えましょう!」
 アルが車を走らせる。
 チーとエレンは年代が近いからか、人形遊びで意気投合し、楽しそうに遊んでいる。

 しばらくして農村地帯に入り、隣町までもうすぐというところまできた。すると突然、一人の少年が両手を広げて車の前に飛び出してきた。驚いたアルは急ブレーキし、間一髪のところで止まることができた。何か言いたげな少年は運転席の窓ガラスをコンコンと叩き、手をお椀のようにして物乞いを始めた。窓ガラスを開け、それでもアルはごめんねと言ってその場を立ち去ろうとした。しかし、少年も諦めず、ひたすら物乞いを続けた。
「いいじゃねえか、パンの一欠くらい、まだいっぱいあるぜ。」
 ジャックが言う。
「ダメよ、私たちだってそんなに食糧はないもの。それにこの子一人だけにあげたところで…。」
 アルがジャックに説明していると、物陰から続々と子供たちが湧いて出てきて、約20人ほどの子供たちが車を囲んでしまった。
「ほらね。」
 アルが顔を抑え、やはり子供たちに食糧は渡せないと言う。しかし、お腹を空かせた子供たちは言うことを聞かず、車を取り囲み、もう発進できるような状況じゃなくなってしまった。
「イロンナ、コエガ、キコエル。」
「ええそうですわ。では "視て” みましょう。」
「九面眼第三、霊眼!」
 エメがそう言うと、あたりにふわふわと靄がかかり出した。
「あらあら、すごいですね、邪気が。」
 車外の喧騒をよそに、車内は呑気なものだった。
「あらジャック、あなた、背後霊が取り付いてますわよ。」
「あ? テメエ、怖ぇこと言うんじゃねえよ!」
「おほほほほ。」
 アルはここでも深いため息をつき、それから車を降りた。ごめんね、私たちもう行かなきゃ、アルが子供たちにそう説得しても、子供たちはまるで聞く耳を持たなかった。
(お腹すいたよ〜)
(喉も乾いたよ〜)
(もう死んじゃう〜)
(……やる。殺してやる……。)
「!?」
 何かを聞き取ったチーは突如立ち上がり、アルに叫んだ。
「ダメ、モドッテ、アル! アブナイヨ!」
 しかし、子供たちのうるささでその声は全く届いていなかった。
 すると、人混みをかき分け、後方からナイフを持った一人の青年がアルに近づいてきた。
 チーは叫ぶ。しかし声は届かない。
 その青年がいよいよアルの背後まで近づき、持っていたナイフを振り上げた。アルは視界の端でそのナイフを確認したが、もう遅く、そのままグサリと右肩にナイフが刺さった。
「ママー!」
 静まり返ったその中を、エレンの声だけが貫いていた。

 __所変わって喫茶店。
__カランコロンカラン。
「ありがとうございました。」
 喫茶店の中は暖かく、コーヒーの香りが充満していた。マスターが倉庫に向かう。
「うっ、あ? なんだここ? ここは一体どこだ?」
「あれ、兄ちゃん〜、目覚めたかい? ここはどこだよう〜。」
 暗い倉庫に監禁されたチンピラ二人は、縛られた腕を解こうと必死になっていた。と、そこで扉が開く。
「おいテメェ、一体どういうことだ? 今すぐこれを解け!」
 男がそう言うと、マスターは拳を強く握り締め、その男を思い切り殴った。男は椅子ごと倒れ込み、状況が理解できない様子だった。
「今から俺の質問に二つ答えろ。」
 マスターが続ける。
「お前たち、あの娘をなぜ誘拐した?」
「なんでテメェにそんなこと…、」
 答えようとしない男に、今度は顔を踏みつける。
「黙って俺の質問だけに答えろ。なぜ誘拐した?」
 マスターはその男の顔を何度も踏みつける。
「……車を盗んだ時、たまたまガキがいただけだ!」
 マスターは顔から足をどける。
「じゃあもう一つ。お前らは腕に、”赤旗” のマークを入れた奴を見たことがあるか?」
「赤旗?」
 チンピラ二人は口をぽかんとしたまま、マスターの言ってることが理解できないようであった。
「そうか、知らないか。ならいいんだ。」
 マスターは拳銃を取り出した。
「最近この町も静かになったと思わねえか?」
「やめろ! やめてくれ! お前の目的は一体なんなんだよ!」
「ふー。」
 マスターが一息ついた。
「俺が昔、軍にいた頃、あることが噂されていた。それは、”人間兵器” 製造の噂だ。より強い兵器を求め、国は人体実験を繰り返した。最初は主に囚人を実験に使っていたが、AIと人間の結合を目指す計画など土台無理な話で、上手くいかなかった。そこで、ある科学者がとあるものに目をつけた。それは、子供の”成長”だ。未成年の成長の一部に擬似身体を埋め込むことで、その成長の過程でAIと人間の結合を試みた。俺だって最初はそんなもん信じちゃいなかったが、まあ、真実を目の当たりにしたもんだからな。奇しくもお前たちのおかげだ、感謝する。」
 マスターは続ける。
「最初は戦争孤児の医療用として開発が始まったが、国は歯止めが効かなくなった。未成年の実験体を求め、国は…、国は、「誘拐」を指揮した。」
「違う! 俺たちはそんなんじゃねえ!」
「ああ、知っているとも。お前たちの体は調べさしてもらった。国が誘拐を委託したのは裏の犯罪者組織、”赤旗”。そいつらはみな腕に赤旗のマークが印字されている。そいつらについての情報を、少しは知っているかと思ったんだが…。」
 マスターが銃の撃鉄を引く。
「お前たち、もう生きてていいことないだろ、将来への希望も、だからせめて、この町の浄化に協力してくれよ。」
 銃を男に向けた。
「ちょっと待ってくれ、お前の探してるやつかどうかわからねえが、俺はある男を見た! 上納金が払えなくてボスに叱られてた時だ。見かけない男だった。サングラスをしていて、おかしな格好だったが、あれはおそらく貴族のやつだ。ボスと関わりがあるってことは、何かしらの情報を…。」
「ほう…。」
 それを聞いたマスターは、銃をもう一人に向けた。
「じゃあ、お前は他に何か知っているか? 知らないなら、もう用済みだな。」
「待ってよ〜、ねえ、助けて〜、お兄ちゃん〜!」
「頼む! やめてくれ! 弟の命だけは! いくらでも払う! 金ならいくらでも払うから!」
「そうか、なら、「5万ドル」だ。「5万ドル」持ってこい。」
「!?」
「用意できないなら殺すぞ。」
「ああ、わかった、約束だ! 絶対に払う! 払うから!」
 それからしばらく沈黙が続いた。
「ハハッ、なんてな、冗談だよ、金には困ってないんでな。ほら、騙しは商売の基本って言うだろ、ハハハ。」
 マスターは一人笑っていたが、二人は唾を飲んでそれを見守っていた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
 すると、マスターは弟の方に銃を向け、そのまま一発打ち込んだ。頭から血飛沫が飛び、そのまま床に崩れ落ちた。
「さあ、ボスのところまで案内してもらおうか。」
 店内にはコーヒーの香りが漂い、その奥に、微かに血生臭さを感じ取ることができた。

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