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UNDERWAY 第三話 「黒服」

「痛っ!」
 アルは右肩を抑える。しかし青年は止まることなく、再びアルを突き刺そうと振りかぶった。それを見ていたジャックは、車内から窓を突き破って腕を伸ばし、その青年の首を絞めると、宙に持ち上げた。
「なんだお前、殺してやろうか?」
 ジャックの問いに怯むことなく、激情している青年は口を開く。
「ああ、好きにしろ! 殺したきゃ殺せ! 俺は別に死ぬのなんか怖くない!」
 青年が続ける。
「お前たち、国の人間だろ! 俺の両親は戦争で死んだ! 国を守るためでなく、自分達の地位や名誉、金のために国内で戦争を始めるようなお前たちは、国民のことなんてこれっぽっちも考えていないんだ! だからこれは復讐だ! 復讐のためだったらこんな命、惜しくはない! 殺したきゃ殺せ!」
「そうか、じゃあ殺してやるよ。お前がもし、牛や豚だったら、俺が美味しく食ってやったのにな…。」
 ジャックが握力を強める。青年は空中で苦しそうにもがいていた。
「ちょっと待って!」
 アルが右肩を抑えながら言う。
「そもそも、私たちは国の人間じゃ…。」
「嘘をつくな! その車、知ってるぞ! あれは国の車だ!」
 アルが車を振り返る。そこではじめて、後部に国章がついていることに気がついた。元軍人というマスターから貰った車、これが国の車であることをアルは知らなかった。
「違う! この車は貰い物というか…、少し借りてるだけよ。」
 アルがゆっくり立ち上がる。
「そもそも私たちは国の人間じゃないし、むしろその国について調べるために動いている人間よ。」
 アルは続ける。
「まあ、あなたの気持ちもわからなくはないけれど、見境なく人に刃物を突き立てるのはどうかと思うわ。しかも女一人殺したところで…。それこそあなたのご両親がもし生きていたら、それをなんと思うか…。」
「うるさい! いなくなった人間の気持ちなんてもう知りようがないんだ! だから、俺は親がくれたこの命で、自分の正義に従って生きていくだけだ! そのためだったら、死ぬ勇気なんていくらでも…、」
「馬鹿言わないで!」
 アルが怒鳴る。
「死ぬ勇気? 笑わせないで! 死にに行く覚悟を人は勇気とは呼ばない! 本当の勇気っていうのは、どんなに苦しく理不尽な状況にあっても、その現状を耐え忍び生き抜いていくことを指すの! だからあなたのそれとわけが違う! 子供が命を投げ出そうとして、喜ぶ親がいるとでも思ってるの?」
 しかし、そこでアルの言葉が詰まる。
「でも、本当はあなたたち子供に勇気なんてものは必要ないのよ。本来、子供を守るのが親の役目であり、町の役目であり、国の役目でもあるの。何不自由ない生活を送れていない現状は、私たちの責任でもあるの。だから、あなたたちは何も悪くない。」
 アルの腕から血がどくどくと流れ落ちる。
「確かに今、国はひどく混乱している。でも、それもすぐに良くなると、私は信じてる。だから…、だから…。」
 アルは頭を下げる。
「本当にごめんなさい。どうせ、全ての人は救えないと、目の前にいる人一人にも目を瞑り、救いの手を伸ばすことを諦めていたわ。本当にごめんなさい。」
 青年は驚き、言葉が出なかった。
「ジャック、荷台から食料の入った袋を一つ、彼らに差し上げて。」
「は? まじかよ。あれは三日分の食糧だぞ。それに、俺たちの食う分まで…。」
「あなたたちには私の分をあげる。大人はね、三日間食べなくたって全然平気なのよ。」
 アルの言葉にジャックは従い、食料の入った袋を分け与えた。車を囲っていた子供たちも袋に群がり、その青年だけが一人茫然としていた。
 アルはタオルで傷を抑え、車に寄りかかるように座り込んだ。すると奥の方から老婆が一人こちらに近づいてきた。
「あら、お国の方で? これはこれは、こんなところまでわざわざお越しで…。」
「おばあちゃん、安静にしてなきゃダメでしょ! もう風邪は治ったの?」
 子供たちは、今度は老婆に駆け寄った。
「ああ、大丈夫じゃよ。それにしても、「ユウタ」は元気にやっとりますかい?」
「違うよ、ばあちゃん、この人たちは国の人じゃないよ!」
「ユウタ? 誰だそれ。」
 ジャックが言う。
「そういえばあなたたち、以前この車をどこかで見たって言ってたわね。」
 痛そうにアルが質問した。
「うん! ユウタは僕たちの仲間さ! でも、最近ユウタは熱がひどくて、警察の方が入院したほうがいいって迎えにきてくれたの。その時に車を見た! だから、今ユウタは入院してるの!」
 子供の一人が言った。
「警察?」
 アルは、この国の警察はもうとっくに機能していないことを知っていた。
「おいおい、それなんか変じゃねえか? そいつも言った通り、国は自分の地位や名誉でしか動かねえんだろ? だったら、なんで警察は貧困なガキの一人、そんな面倒よく見てくれるんだ? おかしいだろ。」
 辺りは静まり返った。
「その警察の特徴を教えてくれる?」
 アルが訪ねた。
「ええと、変なサングラスをしていたよ、オレンジ色の。それと、腕に変なマークが入ってた!」
「変なマーク?」
「うん! 赤いの!」
 アルは傷を抑えながら、それをなんとかメモしていた。

 __所変わって政府専用列車。

 山脈を抜けると、あたりに冷たい風が流れ、窓を閉めた。ここは政府専用の列車。黒服を着た男二人がなにやら会話をしていた。
「政府はもともと、二つに分裂していた。保守派と改革派だ。そんな小競り合いも、いつしか大きないざこざになり、ついに戦争が始まった。国を巻き込んでの戦争だ。国民のことなど顧みず始まったその戦争は、しばらくして終結した。勝った改革派は新しく、「新政府軍」を樹立、負けた保守派は自ずと「旧政府軍」と呼ばれるようになった。」
 男が新聞を広げ、コーヒーを啜る。
「俺たち中立派はそのまま新政府軍に組み込まれることになり、肩身の狭い思いをしている。そうだろ? そんな俺たちに下された命令はこうだ。「脳みそ男を回収しろ。」とは言っても、国の最高警備システムが詰まった研究所を一人で爆破しちまうような人間兵器に、俺ら公務員が勝てるわけがないだろう。そこでだ、他の奴らが脳みそ男を血眼になって探してる今、俺たちは他の人間兵器の回収へと向かうことにした。」
 男はポテチを開け、一つ口に含んだ。
「政府の犬、と聞くと、なんだか嫌な響きだが、犬も犬で悪くはねえよな? なんせ、1日3食ついてくるし、何よりふかふかのベットがある。俺たち中立派は大した夢も希望も野望もないが、この生活は惜しいよな。だから、クビになる前に、成果を上げる。ライオンを狩らずに、1番弱い、ウサギを狩る! そうだ、俺たちの目標は、”耳女” 「C-77」の回収だ!」
 政府専用車両は終点についた。黒服の男二人が降りた駅は、奇しくもアル一行が向かっていた土地、”隣町” だった。

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