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婚活の思い出 軽子さん(後編)

前編のつづき)

婚活1年目の冬。
激しい鼻炎とともにやってきた軽子さん。
彼女に旺盛な食欲に驚きながらも談笑をしていたとき、私が何気なく発した「看護師さんはお仕事大変ですよね」という言葉で状況は徐々に変わっていった。


「そうなんです。実は仕事が大変で、2回お仕事を休んでいた時期があったんですよ。」

思えばここから、風向きが変わってきた。

「休暇届を出したらなんかどうでも良くなって、普通は家にこもったりするんでしょうけど、車に荷物を積み込んで旅に出ることにしたんですよ。」

もっと風向きが変わってきた。

「とにかく北のほうに行こうと思ったんです。まず日本海に出てそれから北へ。山形で温泉に入ってすごく落ち着きました。宿泊は道の駅とかで車中泊です。それからまた北に行って……」

なんという行動力、私は軽子さんの放浪記にすっかり夢中になっていた。

「青森まで来て、いっそのこと北海道まで行ってしまおうか考えてしばらくうろうろしていたんです。漁師町の居酒屋に行ったらすごい親切なおっちゃんがいて、家に泊まらせてもらって奥さんにもいろいろお世話になったんです。」

酒場放浪記と家、ついて行ってイイですか?の要素も追加された。

軽子さんは青森のおっちゃん宅で10日余り過ごし、心身ともに充実したのだという。

「結局北海道には行かないことにして、そのまま家に戻り仕事に復帰したんです。」

それで次に仕事を休んだ時は長野に行ったんです。と軽子さんは付け加えた。

これらの話を冗談だと思う人も多いかもしれない。

しかし私はこの冒険譚を本当だと思って聞いていた。
なぜなら、軽子さんに会って「近づかないで!」と言われた時、実はしっかり車を見てしまっていた。
たしかに薄っすらと車体は汚れていて、洗車をあまりしていないのがわかった。
だが、それ以上に奇妙だったのは、車の後部座席にみっちりと荷物が積まれていたことだ。布団か衣服かわからないものも積まれていたので、いつでも車中泊に出発できる品々が搭載されていたのかもしれない。
仕事に嫌気が差したらリフレッシュを兼ねて旅に出るのだろう。

そんな話をしていると、そろそろお開きの時間となった。
相手は夜勤明けなので長時間拘束するのも悪いと考え、軽子さんがまたトイレに行っている間に支払いを済ませておいた。
戻ってきて「半分出します」という軽子さんに、では次の機会におねがいしますと述べてこの日は別れることにした。

ここまで読んで驚くかもしれないだろうが、私は軽子さんにはもう一度会ってみたいと思った。
なんとなく彼女はメンタルの振れ幅は広そうだけど、飽きさせてくれない人だなと感じてしまった。一人旅に出かけるという行動力があるのも良く見えてしまったのだ。
なにより長野編の話も聞いてみたいと思っていた。

しかし、それから数日経ったあたりから軽子さんからの返信のペースが遅くなってきた。

これはもう、会うことはなさそうだな、と思った。
その予感は的中し、3日ほど返事が来なくなったあと、アプリから軽子さんの名前が消えていた。ブロックされたらしい。

私は軽子さんのお眼鏡に叶うことはなく、どうやら嫌われてしまったようだ。

車中泊という言葉を聞くと、今でも軽子さんのことを思い出してしまう。
軽子さんの婚活旅はまだ続いているのだろうか。