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名誉棄損について元刑事の視点で考える

今年に入って、ライター業で勝手に師と仰いでいる『名もなきライター』さんが運営する200サロンのメンバーの方から「名誉棄損の被害に遭っている」というご相談をいただきました。

事案の内容を詳しく説明してしまうと、名誉棄損の被害が広がってしまうおそれがあるので割愛させていただきますが、私が見た限り間違いなく犯罪を構成するレベル。

こいつは対策を講じる必要がある!と微力ながらお手伝いをさせていただいたわけですが、これでなかなか難しいのが『名誉棄損』です。

名誉棄損は『知能犯』ではない

名誉棄損って、どこか知的なフィーリングがする犯罪ですよね。

ところが、名誉棄損事件を担当するのは刑事一課という部署で、私が籍を置いていた刑事二課という知能犯事件担当の所管ではありません。

名誉棄損は刑法第230条に規定されている犯罪で、刑法の見出しでいうと第34章に掲載されています。

第34章の周辺をみると、誘拐・略取や窃盗・強盗などに挟まれていて、しかも『棄損』の罪はモノの破壊などを指すため、いわゆる『暴力』の一部として解釈されているのです。

そのため、知的な策略によって財産を奪う詐欺や横領などのような知能犯事件とは別の性格のものだと仕訳けられています。

それ、名誉棄損じゃありませんよ…

担当外の事件とはいえ、刑事には当直という業務があり、ひととおりの事件対応ができるスキルが求められます。

もし、この記事をご覧になっている方のなかに警察関係者がいて「当直?」と疑問に感じた方がいれば、おそらく都会の警察関係者でしょう。

警視庁や大阪府警などの大都市では、刑事の当直という制度が存在しません。

代わりに『初動捜査係』という専門部署があるはずです。

そんな方は、初動捜査係の話だと思って下さい。


私は知能犯事件の担当でしたが、当直では名誉棄損の相談を受けることもしばしば。

そこで詳しく話を聞いてみると、体感的に7割くらいの方が「それ、名誉棄損にならないよ」という内容でした。

マトになってしまった方にとっては不可解かもしれないし、実際に「なぜ名誉棄損ではないのか」を説明しても100%を理解してもらえたのかは疑問ですが、それが現実です。

公然性がないと名誉棄損ではない

名誉棄損が成立するには『公然性』が必要です。

公然性とは、まあ読んで字のごとく「公然としていること」なんですが、この概念が意外にも狭いのです。

たとえば、こんなケースは公然性が認められません。

仲間内の10人が登録しているグループLINEがあり、その場で秘密にしていた不倫をバラされてしまった

会議の席で「どうせお前なんか〇〇のくせに!」と大勢の前でバカにされた

社内イントラネット上の掲示板に「あいつは会社の金を横領している」とイタズラ書きをされた

どれも「それは名誉棄損だ!」といいたくなる内容ですが、これ、すべて名誉棄損になりません。

公然性とは、不特定多数に向けられている必要があります。

グループLINEは登録している人だけ、会議はメンバーの間だけ、社内イントラは社員だけ。

いずれも相手を特定していないとしてもごく限定的な範囲内でしかありませんよね。

これでは「公然と」とはいえません。

『伝播』の危険があれば認められることもある

ごく限定的なところであっても、伝播する危険があれば名誉棄損になることがあります。

先ほどの事例に伝播性を加えてみましょう。

グループLINEの内容をスクリーンショットでタイムラインにシェアされた

会議の内容は議事録として不特定多数に公開する

イントラが完全独立ではなく提携企業などにもアクセス権限がある

こうなってくると、人の口やネットワークを介して広く伝わってしまうおそれがありますね。

こういった場合には名誉棄損として議論する余地は十分にあります。

「不名誉なことを言われたから名誉棄損」ではない

ドラマなどでもよく目にする描写ですが、こんな事例もメジャーな不成立パターンです。

新聞記者が議員に「今回の件は汚職事件になりますよ」と詰め寄ったところ、議員が「これ以上その話をすると、名誉棄損で訴えるぞ!」と返す

たしかに、目の前で不名誉なことをいわれれば「名誉棄損だぞ」といいたくなるものですが、これがもっとも多い「不成立」パターン。

だって、不名誉なことを目の前でいわれたとしても「そんなこといわれちゃって、私の自尊心が傷ついた」というだけで、社会的な名誉は傷ついていませんよね?

刑法が守っているのは、あなたの自尊心やプライドではなく、社会的な名誉です。

このケースが、たとえば衆人環視の中で不特定多数に知られてしまい、しかもそれがSNSを介して爆散した…となれば話は別です。

この場合、伝播性がある場所で口外したことが問題となって名誉棄損が成立します。

自分で判断するのは難しいかも…

名誉棄損を受けた!と感じる多くの人が、まずスマホでググって「これってどうよ?」と答えを探します。

まあ、カンタンに法的な情報に触れることができる環境は素晴らしいとは感じますが、そこに書いてあることを鵜呑みにするのはダメですよ。

私、ある弁護士法人のブログ記事を執筆する業務も請け負っていましたが、ほかのライターさんは法律実務に触れたことがない人ばかり。

どこかのサイトに書いてあった情報を寄せ集めて書いているだけのものが多く、根本的に間違っている情報を「ウチの弁護士の見解はこうです」みたいなかたちでアップしているのですから、鵜呑みにすると危険極まりない情報もあります。

TwitterなどのSNSで疑問を投げかけて、わいわいと議論するのも結構ですが、すでにあなたの中に「賛同してほしい」という希望がある以上、否定的な意見には目を向けようとしなくなります。

「警察署に相談に来た人の7割くらいは名誉棄損にならない」と否定的な言い方をしてしまいましたが、そのジャッジはやはり一般の方には難しいものです。

「うーん、残念」という結果になるとしても、警察署に行って相談するのがベストですよ。

どうせ相談料は無料…というか、税金を納めることで前払いしているわけですからね。



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