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翡翠と眼鏡

緑の海は自由に揺らいだ
風が立てる大きな音も
弄ばれた目にかかる髪も
更には確実に一歩ずつ疲労を溜め込む両足も
わたしには気にならなかった
本当に気にならなかった

なにか大きな問題を
抱えているわけではなかった
知らない町で効率悪く
行ったり来たりすることを
面倒だとも思わなかった
少なからず無意識に荷物は降ろせたのだ

イヤホンから流れる音楽が
風の声に掻き消されてしまう
さっき聴いていた曲の
今どの辺かもう分からない

少し経って数分前降りた階段を
また別の階段から昇った
真っ直ぐ歩けば繋がったのか、と思う
嫌な気持ちではなかった

小さな蟲が眼鏡のレンズに留まった
視界が悪くなったけれどそのまんまにした

三つ行けば自宅から
徒歩20分の最寄り駅に着く
毎日に戻ってきたような感じがした
数ヶ月前までは見慣れなかった景色も
今ではすっかり日常に溶け込んでしまった
わたしの心は半分ほど
生まれ変わってしまったようで
町を離れたあの日の寂しさはもうない
一度でも帰ってしまえば
また思い出してしまうけれど
毎晩胸を痛めるようなことはきっともうない

人は毎日生まれ変わるのだという
細胞がとかいうことではなくてただ変わるのだ
例えばなにか決める度
選ばれなかった自分は消えてなくなる
随分前からそういう感覚に囚われている

随分前からそういう感覚に囚われている

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