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事故物件巡りの話【第3話学生寮 後編】

実は幸田君、洋子さんとお付き合いしていた当初から、よくよく寮に忍び込んで逢瀬を重ねていたのだそうだ。
上田さんも知ってはいたのだが、忍び込むのは上田さんの勤務時間外の話だし幸田君の生真面目な性格もよく知っていたので、そこまで悪影響はないと判断し、特に注意などしていなかったのだという。
しかし、洋子さんとの関係が悪化し疎遠になってから、今度は智子さんの部屋に入り浸るようになったというのだ。

俺 「それはまずいですね。
   悪手です。元カノが同じマンションに
   いるのに。しかも上の階でしょ?
   さすがに幸田君、それはだめだ。
   俺でもそんなことしない。苦笑」

上田「私もそう思ったんで、それとなく智子
   さんの方に言ったんですよ。
   やめといたほうがいいんじゃない?
   って。
   でもね、智子さん、優しそうに見えて
   やっぱり女なんだなっていうか、
   洋子さんに対して競争心があったようで、
   引けないって。
   それにね、幸田くんって実家暮らし
   だったんですよ。
   だからこそ智子さんを家に呼べないし、
   こんな田舎じゃ、ラブホテルに行くにも
   車で何十分、しかもバイトしてる学生
   にはきついでしょ?
   だから、じいさんの進言にも耳を
   貸さなかったんです。」

で、夜な夜な忍び込んでるところを、洋子さんにも見られてたそうだ。
実際に1階の智子さんの部屋に洋子さんが怒鳴りこんでくることもあったらしい。
結局のところ、幸田君を巡っての二人の女の戦いは長期化していたそうだ。それもあってか、洋子さんの大会での成績も落ち始め、もとから浮き沈みが激しかった洋子さんの精神状態も悪化し、またそれで成績が落ちる、という悪循環に陥っていった。

そして、彼女が命を絶とうと決めた日の前夜も103号室で幸田君と智子さんは同じ部屋で寝ていたそうだ。
おそらく、洋子さんはそれに気づいてて、わざと二人の部屋のベランダに飛び降りたのだろう。

上田「事件の後に、智子さんと少し話す機会が
   あったんです。
   あの日の朝、二人同じ布団にくるまって
   寝ていたそうですが、
   バン!
   ドーン!!
   っていう凄まじい衝突音が鳴り、
   二人目が覚めたそうです。
   最初、壁が落ちたのだと思ったそうです。
   しかし、窓をひっかく音が聞こえ始め、
   その後に窓を蹴るような音もし始めた。
   それから、

   「開けろ!あげろぉぉ!!」

   と叫ぶ声がして、それで落ちたのが
   人だとわかって、二人絶叫した
   そうです。      
   即死ではなかったって聞いてたので、
   もしかしたら、
   と思ったんですが、窓にもべっとり
   血の跡が付いてましたよね。
   爪でひっ掻いたんでしょうね。
   それでもうまく開かないから、
   足で蹴って割ってやろう、
   としたのかもしれません。
   その音を聞いた智子さんは窓に
   飛んで行って、
   慌ててカギを確認しに行ったそうです。
   そして一瞬洋子さんと目があったと。。
   そのときの智子さんの心境は計り知れ
   ないものがありますね。
   私もそれを聞いたとき、女の怨念や
   執念のようなものに触れた気がして、
   ぞっとしましたよ。」

智子さんは事件後に実家に帰ったと記載があったのだが、荷物の整理などに時間がかかったため、実際にあの部屋がクローズされたのは、事件の日から1か月後だった。
それから、事件日からその1か月の間に起ったこともこの後上田さんは話してくれたのだが、それは俺も予想だにしなかった悲しい物語であった。

上田「すいません、管理人として、管理物件で
   起こったことはすべて会社に報告しない
   といけませんよね。
   これから話すことは服務規程違反だと
   いわれたら言い訳のしようがないですが、
   ここまで話したのだから最後まで話します。
   実は事件が起こった日から、智子さんは
   実家に帰って、まぁあんな怖い目にあった
   から仕方ないですが、なかなか103号室の
   片付けに戻ってこなかったんです。
   そして事件から一週間くらい経った
   ある夜に、私がたまたまマンションの
   近くを通ると、誰もいないはずの103
   号室の部屋の電気が付いていたのです。
   誰もいないはずの電気が付いて
   いるのは変だなって思いまして、
   心配になって見に行ったんです。
   智子さんが帰ってきて荷物の整理を
   しているなら、心細いだろうし、
   声でもかけてあげようと思ってね。
   103号室の前について、ノックしても
   応答がない。
   鍵は開いてたので、
   智子さん、大丈夫ー、開けるねーって
   声掛けしながら入ると、部屋から
   異様な熱気が流れてきて。
   この暑い時にクーラーもかけてないのは
   何かあったからかと慌てて部屋に
   駆け込むと、なんとそこに幸田君が
   いるではないですか。
   部屋の真ん中で座ってぼーっとしてて。

   あんなことがあったのに、まだこいつは
   この部屋にいるのか!

   って柄にもなく頭にきて、強めに
   怒鳴ってやったんです。

   お前はなにしにきたんや!!ってね。

   すると、弱弱しい声で、

   ほんと申し訳ない、ほんと申し訳ないって

   頭をカーペットにこすりつけて
   泣き始めたんです。
   鍵は智子から複製したのを
   もらっていたので、それで入った。
   智子にも申し訳ないことになったが、
   やはり洋子にはとんでもない仕打ちを
   してしまった。
   あれから大学で講義を受けていても、
   実家で寝ていても、洋子が自分を呼ぶ
   声がする。って言うんです。

   だから今日もここにきて、謝り続けている。
   申し訳ない、申し訳ないって。
   だから、上田さん、見逃してください。
   今まで見逃してくれてたじゃないですか。
   今更怒らないでください、
   って。
   そう言われたら、私にだって幸田君が
   忍び込んで逢瀬を重ねてたのを
   見過ごしてた責任があるじゃないですか。
   だから強く言えなくって。。

   どうしても謝りたいなら、503号室の
   カギをあけてやるから、
   そこで線香の一本でも立ててやりなよ、
   って声かけたんです。
   すると彼はこう言ったんです。

   あそこにはいない。
   そこにいるんですよ。

   って。
   そう、103号室の外のベランダを
   指さしながら。
   そこまで言った彼はまたカーペットに
   頭をこすりつけてひたすら謝ることを
   始めました。
   見てられなくなった私は、幸田君も
   無類のコーヒー好きで、この店の常連
   だったから、また明日ここで話を
   聞いてあげる。気が済むまで謝ったら、
   帰りなさい、って声をかけて、
   帰ってしまったんです。
   もしあのとき・・と後悔しても
   しきれないミスを犯したと今でも
   悔やんでいます。」

俺 「え、まさか。
   幸田君も103号室の中で死んだん
   ですか?!」

上田「いや、自殺ではないと思います。
   翌朝、気になっていつもの出勤時間より
   早めにこのマンションに着いた私は、
   真っ先に103号室を確認しに
   行ったんです。
   そして、幸田君が倒れているのを
   発見しました。
   まだその時は意識がある状態でした。」

俺 「それですぐに救急車を?」

上田「いえ・・。

   大丈夫か!救急車を呼ぶからな!って

   幸田君に声をかけたのですが、
   もういいんです、ここにいます、と。
   意識があるものの、大丈夫そうではない
   感じで、私はすぐに救急車を呼ばなあかん
   とは思ったのですが、ここで救急車を
   呼んでしまうと、彼がここにいた事実が
   わかってしまう。
   ここは女子寮ですからね。
   彼は居てはいけない存在だったのです。
   それに近くの病院なら、私の車で連れて
   いった方が早いと思いました。
   私は彼を担いで自分の車に乗せ、
   水を飲ませつつ、急ぎ近くの病院に
   彼を運びました。
   息子がそこで職員として働いていたので。
   病院に到着した際にも意識があったので、
   私は本当に良かったと思いました。
   それなのに。。
   それから急変して・・。」

俺 「幸田君の死因はなんだったのですか。」

上田「はっきりとしたところはわかっていません。
   息子の話では、熱中症ではないか、
   と言っていました。
   確かに前の晩、部屋に入った際は
   窓も開けずにクーラーもつけてなかった
   せいか、猛烈な暑さでした。
   窓を開けようよ、って声をかけたら、
   鬼の形相で止められたんです。

   洋子が入ってくる、洋子が入ってくる!

   って。」

俺 「このマンションっでそんなことが
   あったなんて。
   報告書にもあがっていない。
   上田さん、意図的に隠したんですか。」

上田「はい、申し訳ございません。
   クビになっても仕方ないと思います。
   覚悟の上、桑津さんにお話をしています。
   やはりあの日の夜、幸田君を引きずって
   でも部屋から出して、親御さんに連絡する
   なりすればよかったと後悔しています。
   もし詳しく調べられて事件性があったなら、
   私がその前の晩に幸田君と会っていた
   ことが明るみになり、
   職務上も道義上にも私に問題があると
   追及されるのではないかと怖くなり、
   自己保身のため、これまで誰にも
   話しませんでした。
   本当に醜い行為をしてしまいました。」

俺 「個人的な判断ですが、これからあなたに
   責任を負わせるようなことは
   俺はしません。
   倒れる前日に幸田君を発見したのは
  『勤務時間外』のことです。
   声を掛けたのも善意からだったのです。
   上田さんは彼を救おうとした。
   それに聞く耳を持たなかったのは
   幸田君です。
   あと、死亡したのは103号室では
   ないんですよね。
   それなら、業務上の『報告』の義務も
   あなたにはないです。
   事件性があったなら、警察への通報等こちら
   も動きますが、薄情な話、物件で体調が悪く
   なって、病院で死亡した賃借人の同居人に
   まで、会社は関与しません。
   心配しなくても、あなたに非は
   ありませんよ。
   第一、俺はそんなこと会社の人間に
   言いませんよ。微笑

   それに、このことを報告しなかったのは、
   上田さん、あなたが自己の保身のことを
   考えて、じゃないでしょう?微笑
   とてもそんな風には思えないんです。
   違いますか?」

上田「えぇ、そう言っていただけると
   ありがたいです。
   今までこのことを黙っているのは、
   本当に辛かったんです。
   私はこの事実を公表しなかったのは、
   もうこの部屋でこれ以上の悲劇を
   生みたくなかったからなのです。
   ここでまた幸田君が倒れたなんて
   事実がわかったら、学生の間で
   尾ひれがついて、ひどい噂が流れてしまう。
   ここを建ててくれたオーナーは実は
   私と同級生で、家も近くてよく知って
   いるんです。
   彼女をこれ以上悲しませたくないって
   のもあったんですよ。
   学生の頃、彼女のことが好きでね。
   今はおばあちゃんとおじいちゃんに
   なってしまったけど、彼女が学生の
   ために建てたマンションの管理が
   できるのは、とてもうれしかった
   んですよ。」

そう語る上田さんの目は懐かしさを含んだ、遠い目をしていた。
上田さんくらい良い人が、こんな安い時給の管理人なんてしてくれているのが不思議だったのだが、そういうことだったのか。

俺 「ここまで聞いたら最後まで聞きたいです。
   結局、智子さんはどうなったんですか。」

上田「さすがに恋敵である洋子さんに目の前で
   死なれ、彼氏の幸田君も失ったんです。
   辛かったでしょうね。
   大学を辞めて一端実家に戻ったそう
   ですが、彼女も地元の人間です。
   ここらは田舎なので噂話もなかなか
   薄れない。
   居づらかったんでしょう。
   すぐに大阪市内の方に移ったと
   聞きますが、その後は誰も知りません。」

俺 「そうですか。みな不器用な人ばかりですね。
   悲しい話だ。」

カップに残っていた珈琲もすっかりぬるくて苦い液体へと変わっていた。
時計の針がかなり進んでいる。
かれこれ1時間は上田さんの話を聞いていたことになる。

上田「どうでしょう、この二部屋、これから
   どうしますか。」

俺 「そうですね。
   503号は問題ないでしょう。
   登っちゃってるんだけどなぁ。。
   でもまぁ、影響はなさそうだし。」

上田「登っちゃってる?誰がです?
   登るといえば、来た時も洋子さんが
   ボルダリングやってたの知ってたり、
   知らないはずの幸田君のことを
   知ってたり・・
   まさか登ってるのは洋子ちゃん?!」

俺 「あぁ、ぶり返しちゃいましたね。
   上田さんも大事な秘密を打ち明けて
   くれたので、俺のことも話しましょう。
   俺ね、視えるんですよ。
   人ならざる者をね。」

そこから、このマンションに来たときに視た光景を上田さんに説明した。
普通なら嘘だと思われるかもしれないが、上田さんは意外とあっさりと受け入れてくれた。

上田「二人の様子はどんなでしたか。」

俺 「ほんと真摯にトレーニングに取り
   組んでいるって感じでしたよ。
   洋子さんはただ無心に最短ルートで
   最速で登ることに執心してる様子で。
   幸田君もストップウォッチ片手に
   真剣なまなざしで
   彼女を見守ってましたし。」

上田「ストップウォッチを持ってた?
   本当に?
   そうか、あのストップウォッチ、
   まだ使ってくれとったんかぁ。」

感極まったのか、上田さんが人目を憚らず、男泣きを始めた。
マスターも一瞬チラリとこちらを見たが、そのまま何事もなかったように、またニコニコとカップを磨いている。
実は選手生命を絶たれた際、マネージャーとしてがんばるように諭したのは上田さんだったのだそうだ。
その際に、競技者からマネージャーになる決意を固めた幸田君に記念としてちょっといいストップウォッチをプレゼントしてあげたのだそうだ。
彼が持っていたのもそれに違いない。
彼らは本当に不憫だ、まだまだ若くて出来たこともいっぱいあったやろうに、と上田さんは彼らの顛末を嘆いていてた。

俺 「ある程度の移動はできるんですけど、
   基本的に建物の外には行けないみたい
   なんですよ、彼らは。
   だからあそこでトレーニングするしか
   ないんでしょうね。
   実際に生身の人にされたら止めなきゃ
   いけませんが、彼らがケガすることは
   ないでしょうし、たぶん、俺以外に
   視えることもないでしょうから、
   そのままにしておきましょうか。
   俺は視えるだけで、除霊とか成仏させる
   能力はないもんで。
   503号室はオープンに出来ますね。
   洋子さんも他の人を引きずり込むような
   タイプではなさそうですしね。」

上田「103号室はどうなるんですか?」

俺 「俺が感じた印象でもあの部屋はまだ
   マズい。80箇所周った中でも、
   ダントツにマズいです。
   はっきりと感じるくらいの気持ち悪さが
   残っています。澱んでいる。
   洋子さんや幸田君が悪いとかではなく、
   何か他にもいる。

   当分の間、クローズにするしかないです。
   人は住めない。
   非科学的なのでどう説明しようか
   迷いますが。。」

上田「そうですか。
   実は大学側から人が住めないなら、
   倉庫として使えないか、という打診が
   きていますが、それならいかがでしょう。」

俺 「それはいいアイディアです!
   長居しなければ問題ないでしょうし、
   人の出入りがあった方が、まだ部屋の
   状態も保てますし、思いが薄まる作用も
   あると思います。
   大学から家賃も取れますので、
   管理会社的にもオーナーさん的にもいい。
   ただ、夜の使用は極力控えるように
   上田さんの方でコントロールして
   ください。」

上田「それはもう!!
   早速職員の方に伝えますね!」

そう言って、彼は喫茶店を飛び出していった。
いや、ケータイ持ってるやん!ってツッコミたかったのだが、人前で泣いたことが段々と恥ずかしくなってきたのかもしれない。
俺は上田さんを気軽に待つことに決め、マスターにもう一杯珈琲を注文した。
注文後にマスターが俺のためだけに挽いてくれた、珈琲豆の素晴らしい香りを存分に味わいながら。


(追記)

報 告 書(案)

【物件】〇◇大学 女子学生寮 
    103号室及び503号室

〇月△日、訪問。
同伴者は管理人の上田氏。
まず503号室を巡回し、確認。
臭気に問題なし。設備に問題なし。
次に103号室を巡回、確認。
臭気や設備に問題なし。
ただ、窓のサッシに微細なキズが見受けられた。
リフォーム漏れと思われるため、田澤係長にはご相談済み。
2部屋とも状態がいいのは、管理人の上田氏の誠実なご対応によるところが大きいと思われる。
仕事ぶりも熱心であり、賃借人の方からの信頼も高い。
長い間、昇給が行われていないため、モチベーションアップのためにも昇給の検討を要請したい。
こちらも田澤係長にはご相談済み。

今後の方針としては、大学側から503号室に関しては短期留学生のための部屋として使えないかと検討しているとのこと。良い案だと思われる。
103号室に関しては、事故から3年しか経過しておらず、影響もいまだに残っているため、住居としては客付不可と判断する。
大学側も同様の意見ではあるが、住居用ではなく、荷物置き場として使用したい旨、提案あり。
503号室・103号室ともに、活用案に関しては念のため、オーナー様にも事前にご相談をしており、ぜひその方向で進めてほしいと了解を得ているため、来月からその方向で運営したい。

以上


この物語は一部フィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。

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