コードブレイカー

“あなたが引き起こしたの”

あの男が甦り、所有物を取り返す

復活の鍵を握るのは彼女だ

彼女を呼び出せば、男は欲しいものを得る

彼女は告げた

“時は来た”と。

今夜、世界の終わりが始まる―

×××

一昨日渋谷のクラブに行った。

入口で私の二倍はあるであろう体格の黒人が、私のAT限定のブルー免許を見て“OK”と言った。

受付でだいぶえげつないギャル風の3人組スタッフが僕の1000円札をアッという間に安っぽい金貨に替えた。

ギャル好きを公言し、何度もクラブで遊んでいる相棒のディケンズが

「僕ら初めてこういう場所にくるので緊張しちゃって・・・」

と彼女たちに話かけたが、彼女たちはくすりとも笑わず、淡々と相棒の1000円札を安っぽい金貨に替えた。

きっと彼女たちも“働く”ということが嫌いなのだろう。
まあ“働く”ことが好きな人間なんていないわけだが。

私はこの日、敷地内に侵入した猫を追い払う仕事をして、たかが猫一匹のために上司に何度も激怒され凌辱されたストレスを

ディケンズは同期の竹下くんの意味のわからない向上心の捌け口にされる無限地獄から脱出できないストレスを、見ず知らずの女を乱暴に口説くことで発散させようという魂胆だった。

しかしながら金曜夜21時だというのに渋谷のクラブはガラガラだった。

店がこみだし簡単にヤらせてくれそうな女の子たちがくるのは22時半過ぎくらいからだという。

私達は23時半には帰るつもりだったので、全く時間がない。

ディケンズは「こんできたら適当に声掛けて、適当におはこんばんちーして帰りましょう」と言った。

22時半を過ぎると本当に簡単にヤらせてくれそうな女の子たちが大量に入店してきた。

私達は、クラブ慣れしてる感を出すために、実にバカバカしい音楽にノリノリな雰囲気の縦揺れをしながら、ついに2人組をナンパした。

ディケンズが2人組に「やあ、おはこんばんちー。乾杯しよう」と言うと、2人組は僕らを2秒ほどで上から下まで黙視し(おそらく選定をしたのだろう)、『私たち飲み物ないからオゴって』とそれぞれの腕に絡みついてきた。


おそらくこのバカどもを適当に盛り上げてタダ酒をかっくらおうというハラだろう。魂胆がみえみえだ。


そして私は彼女たち2人にお酒を奢った。


1人は篠田万里子に結構似ている168cmくらいある美人でもう1人は渡辺まゆゆを六発くらい殴ったような女の子だった。


ディケンズは篠田万里子を口説き、私はまゆゆを口説いた。

私達は適当におはこんばんちーをし
適当に「ねえ?僕はキミに届けの風早くんに似てるでしょ」と言い
適当に「キミの年齢あててあげるよ。18歳でしょ?違う?じゃあ17歳か」をやった。


私はまゆゆに「キミはまゆゆに似てるね。でもまゆゆより綺麗だよ」と言うと、まゆゆは『うそ!初めて言われた!』と喜んだ。


まあ誰もキミをまゆゆより綺麗だなんて言わないだろうよ。


彼女は笑うとき口を大きく開けるが、その度歯の矯正器具がみえかくれして萎えた。


私と相棒は攻守交代をし、僕は篠田万里子を、相棒はまゆゆを口説いた。


万里子が『私Sだからw』と笑ったので「Sっぽいね」と言うと『でもベッドではMだよ』と笑った。


こういうバカげたことを平気で言う女がいるから、女の価値が一向にあがらない。


その後も万里子は『銀座の寿司が食べたい』やら『晩御飯おごって』やら本当にどうしようもないことばかり言ってきたので、とりあえず私は笑っておいた。


すると万里子は私に『笑ったときの顔がかわいい』と言った。

私は「キミはすごく綺麗な瞳をしているね」と言って、ずっと万里子を見つめた。

万里子はちょっと汐らしい顔になり、照れ笑いをして視線を外した。


本当にMなんだな、と思った。

いきなりジッと見つめて、照れ笑いしたり目を反らす女はMだ。それかバカだ。あるいは私がバカだ。


万里子に「名前はなんて言うの?」と尋ねると

『小島リオ』と答えた。


『何度も言うけどAV女優のリオじゃないからねw』

「あははw少しAV女優を想像しちゃったw」

『キミの名前は何て言うの?』

「丸島。セイブアス丸島」

『かっこいい名前だねw』

「鋭い牙を研ぐことも、何かに噛みつくこともしない・・・憐れな丸島さ」

『ウケるw元気出せよ丸島!』


ここらへんの会話の最中、ディケンズはまゆゆの肩を抱きよせたり、キスを迫ったりの大活躍の真っ只中だった。

会話もだいぶあたたまったので僕は万里子に

「リオちゃん、電話番号教えてよ」
と聞いた。


『いいよ090********』


「えー。そんなこと言ってウソの番号なんじゃないの?」

『ウソじゃないよおw』

そう言うと万里子はポケットの中から携帯電話を取り出し、待受画面を僕にみせてこう言った。

『今言った番号にかけてみて』

と。

私が言われた番号に電話をかけると、万里子の携帯電話の待受画面に見たこともないような2人組の韓流アイドルと共に僕の電話番号が表示された。

『ほらねw私、ウソつかないから』


万里子は自分で韓国人好きを公言していたが、本当に2人組の韓流アイドルが電話画面に出てきたので僕はひいた。


万里子は『喉がかわいた』と言い、私が飲んでいた生ビールを口にした。

その姿をみて私は

「リオちゃん、僕と付き合おうよ」

と言った。

万里子はうーーん・・・と悩んだ。

『私と付き合うのはやめといたほうがいいと思うよw』

「なんで?それなりに幸せにするよ」

『それなりってw色々大変だよ私』

「何が大変なの?」

『私、すっごくエロいから』

「へえー・・・」

どうなっているんだこの国は。

桃色天国日本。猥褻国家日本。頑張れ日本。


この会話の最中、まるで太陽の周りを回る惑星のように、私達の周りをキスを迫るディケンズとそれから逃げるまゆゆが走り回っていた。


帰りに私達はもう一組ナンパした。

水戸納豆のパッケージみたいな顔とゆで卵にムンクの叫びを描いたような女だった。

ゆで卵ムンクはCV(コスメティックヴァイオレンス)気味だった。


ディケンズはゆで卵ムンクの連絡先をGETした。

私は水戸納豆のパッケージの連絡先をGETした。


私達が帰ると言うと彼女たちは『えー!』と言った。

ウンザリしたディケンズは彼女たちに『これで好きな物買いな』と、ボロボロの1000円札を渡した。


帰りの電車の中でディケンズがまるでお腹が痛いとでも言わんばかりの苦い顔をしていた。

異様な光景に僕は「どうしたの?」と尋ねた。


ディケンズは
「1000円をドブに捨ててしまった」
と言った。

恋愛は確かに幸福を象徴するものだ。
しかしそんなものはあくまで人生の一部でしかない。

良いところも悪いところも全部ひっくるめて、今そこに確実にある幸福を享受する勇気。

私の人生をつまらないものにしている何よりの原因は、それの欠如だろう。


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