ザマシワ

 「知ってる?氷って水より硬いけど、水より脆いんだよ」

 夕陽に照らされた教室で親友がそう言った。

 「なるほどね…………」

 親友は机に座りながら足を組み、俺のしかめっ面を見てニヤニヤと笑う。

 なかなか強い話だな…………でも似たような話を俺も持ってたぜ。

 「知ってるか?水よりお湯の方が凍りやすいんだ」

 「ほお…………」

 親友は口を開けてうんうんと頷く。
……………………今日は互角、か。

 俺らは椅子から立ち上がるとケツのポッケから財布を取って、100円出し合った。
 右手で100円を出し、左手で100円を受け取る。側から見れば意味のない行動に思えるだろう、俺らだけの伝統だ。もう10年やってる。


 この伝統が始まったのは7歳のときだった。
俺らは甘えん坊の一人っ子で、いつも母親にいいところを見せたかった。俺らの母親同士はとても相性がよくて毎週相手の家に遊びに行くくらいだったのだが、息子の俺らからすると、歳が近い同性ということで互いがお互いにとってライバルだった。

 なんだこいつ、いつも母親に引っ付きやがって、情けないやつだな。こいつに勝てたらお母さん褒めてくれるかな?お互いにそう思い合っていた。

 だからお互いの母親がお菓子を買いにスーパーへ行き、2人きりになると、当然喧嘩になった。しかし小賢しかったから手は出さなかった。口を出した。

 「ねえ知ってる?」

 「え?」

 このときから先攻はあいつ。

 「ダチョウの卵をゆでるのには、約4時間かかるんだよ」

 「はあ……」

 なんだこいつ、と思いながら相槌を打った。あいつはニヤニヤした顔で俺を嘲った。

 「こんなことも知らないんだね!キミ」

 「………………は??」

 人生初の雑学マウントにはらわたが煮え繰り返った。そしてこれが初めての会話だった。

 「…………じゃあお前は知ってるか?世界で最も多い名前はムハンマドなんだぜ」

 「ふーん…………知らなかった」

 あいつはしかめっ面で正直にそう言った。

 俺らは小賢しく、マザコンで、7歳で雑学マウントを取りたがる根っからの陰キャラだった。しかし勝負事には真摯だった。

 ほんの数回言葉を交わしただけで俺らは似たもの同士なのだと感じ、よく話すようになった。でもこんな初対面で、こんな性格同士だと、和気藹々と話せるはずもない。学校で、帰り道で、公園で、家で。朝に、昼に、夕方に、クリスマスとお正月に、雑学マウントを取り合った。


 「カメレオンは目が見えなくても環境に合わせて色を変えることができる」

 「毎日900kgの宇宙ゴミが地球に降ってきている」

 小学1年のころ。

 「おおよそ4万人のアメリカ人が毎年トイレで怪我をしている」

 「アイスランド人はどの国よりも1人あたりのコカ・コーラ消費量が多い」

 小学4年のころ。

 「ナツメグを静脈内注射した場合かなり有毒である」

 「アメリカよりも中国の方が英語話者が多い」

 中学1年のころ。

 「カキは生涯で複数回性別を変える」

 「ラスベガスのカジノ場には時計がない」

 中学3年のころ。

 「ラクダは三重まぶたである」

 「白くまは一匹残らず左利きである」

 高校1年のころ。

 「一般的なゴルフボールのくぼみ、ディンプルの数は336個である」

 「まずゴルフボールのくぼみがディンプルってのが知らねえよ」

 「あ…………そっか」

 昨日のこと。

 そんなこんなで、俺らは気づけば親友になっていた。小中高、同じところに進学し、雑学マウントバトルを続けていた。

 変わったのは、お小遣いがもらえるようになってからは相手の雑学に唸らせられたら金銭を払うルールが追加されたということだ。このルールのおかげでいつもヒヤヒヤヒリヒリする。
 高校生になってバイトができるようになってからは借金の概念も生まれ、金がないときに唸った場合、いつかは払わなければならないとされた。
 電話を持ってからは、バトルは朝5時や朝2時にも始まるようになっていた。修学旅行中にも挑まれた。親友はかなりの変人だった。

 今日はお互いにちょっと唸ったから100円を渡し合ったというわけだ。

 俺は椅子から、親友は机から立ち上がり、バックを取って扉に向かう。

 「今日もいい戦いだったよ」
 
 「…………もうあんまり嬉しくないな」

 「先週のこと、気にしてるのぉ?」

  からかうように、というかからかって聞いてくる。

 ガララララ、と鳴らしながら扉を開ける。

 「………………」

 「いやあ、まさかさ、バトルに負け続けてすっからかんになってさ、彼女に誕生日プレゼントを買えなくて別れる男がいるとはねえ!!」

 「もういいだろ!!何回擦るんだよその話!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ。

 「無論、死ぬまで!いや天国に行っても擦るね!」

 「お前は地獄行きだ。舌を引っこ抜かれればいい」

 「ワハハハハハハ!!」

 親友は腹を抱えて笑う。先週から毎日この話を擦られてる。たぶん、あと3ヶ月は擦られるな。いや、こいつなら絶対に擦る。
 初めての彼女で大好きだったのに…………そう話したこともあるのにこいつはこう言う。言う。何回も言う。

 「あ、最後に1個いい?」

 「いいけど……」

 こいつはよく唐突に突飛なことをする。
靴箱の前で立ち止まる。

 「魚の刺身パックにあるたんぽぽは、捌かれて食べられる魚の供養をするためにあるんだ」

 「……………………そうなの!?!?」

 え…………マジで!?あれって装飾とかじゃないのか!?!?

 「嘘だろ!?」

 「嘘だよ」

 「嘘かい!」

 平気な顔して何を言うんだこいつは!

 「今回は初めてだから罰金はないよ。次からは"嘘雑学"アリだから覚えといてね」

 「嘘雑学アリなの?本当に??」

 「だって、もう罰金と借金くらいじゃ退屈だし」

 「………………お前すごいな」

 マジで、こいつ頭がどうかしてるよ。
ハハハハハハ。

 「いや、バトルに負け続けてすっからかんになって彼女に誕生日プレゼントを買えなくて別れる男の方がどうかして」

 「うるせえ!!」

 頭をはたき、いつも通り帰った。
今日は引き分け。






#ここから始まる物語1

https://note.com/iris801/n/n5b52784c3df5?magazine_key=mb2f56af08b3d

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