「あなたが落としたのは金の斧ですか?金の斧ですか?」

 その日、私は初めて女神に会った。

 その髪は雨後の紫陽花の葉のように艶やかで、黄金を溶かして創られたように輝かしく、砂よりもサラサラしていた。枝毛の一本もなく、すべての毛先が垂直に地面へ垂れている。
 顔の造形美など、私のような凡夫には語りえないほど優れていた。だが、天才的な画家が彼女を見たとしても完璧な模写はできないだろうし、こんなにも美しいものを見てしまったら、どんな作品も没にするしかなくなるだろう。
 背は高く、体はほっそりとしていて、しかし巨木のような存在感があった。白色よりも白い肌をしていた。快晴の下の海よりも透き通っていた。
両手に斧を持つ、という珍妙なポーズをとっているというのに、すべての理屈を退ける圧倒的な美の暴力があった。
 まさに人外の容貌。しかしこんなにも美しい人外となれば、それはもう女神しかいないだろう。
 私のようなただの木こりの前に現れるはずもない彼女が、ソプラノを雑音に引きずり落とすような美声で声をかけてくれ、のだ。その幸福。もちろん驚愕と畏怖もあったが、それらによって、私は5秒くらい惚けた。
 しかし、女神が小首をかしげたので、ハッとなって状況を確認した。

 「あ・・・えっと・・・いえ、私が落とした物はただの斧です。私のようなただの木こりが持つのにはふさわしいただの斧です」

 「素晴らしいですね。あなたはなんて正直な人なのでしょう。あなたのような善良な只人が地に満ちることを願って、最初の一人であるあなたにはこの金の斧と銀の斧の両方を差し上げます」

 なんと、なんと素晴らしい方なのだろうか!外だけでなく内も美しいお方だ。彼女が差し出してくださった両方の斧を受け取った。そのとき、視線が少し落ちた。斧を持つ右腕と左腕の間から、彼女の下半身が見えた。
 泉に浸っている彼女の下半身は濡れていた。薄く白い一枚の布が完璧な肉体に張り付いていた。下着は透けていないから履いていないのだろうか。鼠径部のなめらかな傾斜や股間の逆三角形のライン、ほどよく太くほどよく細い二本の太もも真っすぐさ、すべて理解できたし、うっすらと透けていたのでうっすらと生の肉体が見えていた。

 女神さまの神秘的なほどの完璧な肉体が、獣と同じく、我々と同じく、繁殖の器官を備えているという事実が、背徳的でたまらなかった。教会と家庭で神々の神聖さを何十年にもかけて刷り込まれていた私にとって、その常識と日常が唐突にめちゃくちゃにされるということは、ひどく私の脳を傷つけた。そして、それでも人間は世界に満ちるほどしぶとい生物であり、そんな人間の脳は適応した。私は変態マゾになったのだ。
 私の雄はいきりたち・・・
 股間へ血液が集まり、海綿体が膨張し、汚物は天に向かって伸び・・・つまり一言で言ってしまえば・・・・・・私はめちゃくちゃに勃起した。

 一瞬でズボンを下し、肉棒を封印から解き放つ。敏感なそれは冷たい外気に触れてビクンと震えた。

 「な、なにをしているんですか!?」

 落とした斧を拾いなおす。陰茎を挟むように斧を構え、腕を開き・・・思いっきり振りかぶった!

 「ぐあああああああああああっっっ!!!!」

 「うわああああああああああぁぁぁ!?!?」

 豚が死ぬような叫び声と白鳥が飛び立つような叫び声が森に響いた。
肉棒は力なく地に堕ち、かつてそれを備えていた股間からはとめどなく血があふれている。大地を赤黒く染めていて、それはすぐそばの泉の清水と対比すると、大変におぞましかった。

 社会の中で育まれた良心と生得的な抗えぬ獣性。その矛盾が私を傷つけ、つまり私は私を傷つけ、私は私が嫌いでたまらなくなった。その一方で、すべてが台無しになることの解放感、生まれてよりずっと抑えてきた欲望が解き放たれる気持ちよさもたしかにあったのだ。

 「ゆえに私はっ、陰茎を切り落とすことで・・・獣性を否定し・・・ああ、しかし獣性を否定しなければならないという妄執からも、解放されたのです」

 「意味が分かりませんよ・・・!」

 痛みと笑みで表情筋がめちゃくちゃな動きをする。緊張の時間が終わり、全身から力が抜けて、膝を落とした。汗が服を張り付かせて気持ち悪かった。俯いて、ぼーっとして、額から滴る汗に焦点を合わせようとすると、離れてもなお私と同じように脱力した陰茎が視界に入った。

 私はなんとなくそれを手にとって、なんとなく泉に向けて投げた。

 「ぎゃああっ!」

 先ほどまでは美声だったその声も、頭が痛みと疲れでいっぱいになって興味が失せると、途端に、やかましい雑音に変わった。
 私はイラついた。私はこんなにも頭を回転させ、心の荒ぶりを努めて抑えているというのに、この目の前の女はひたすら状況に振り回されている。なんて愚かなのだろうか。

 いや、待て、よく考えてみたらだ。私が私の雄を切り落とす羽目になったのは、このバカクソ女がエロすぎるせいじゃないか。諸悪の原因は、つまりこいつにある━━━━━━━━
 私はこれ以上、被害者を増やさないためにも、スカッとするためにも、陰茎の仇を取るためにも、この女に勝たなくてはならないのだ!

 そう気づいてからは早かった。

 「ひぃぃぃぃぃぃ」

 一息で泉へ飛び込むと、逃げようとする、この世でもっとも美しいバカの腕をつかんだ。

 「な、なんですか」

 「あなたが落としたのは金のちんぽですか銀のちんぽですかって聞け」

 「え?」

 「あなたが落としたのは金のちんぽですか銀のちんぽですかって聞け」

 「え?え?」

 「あなたが落としたのは金のちんぽですか銀のちんぽですかって聞けよ・・・なああああああああああ!!!!!
 あなたが落としたのは金のちんぽですか銀のちんぽですか聞けよ!!!おい!!!」

 「あなたが落としたのは、きっ、金の・・・ち、ちんぽですか。銀のちんぽ・・・ですか・・・?」

 「いえ、私が落としたのはただのデカマラです」

 「デ・・・えっと・・・では、正直?正直なあなたには・・・金のちんぽと銀のちんぽの両方を差し上げます」

 「フン・・・」

 女が泉の底から取り出した金のちんぽと銀のちんぽをひったくるように受け取ると、私はすぐに背を向けて歩み始めた。もうここに用はない。私は神の、天地すら創造する力を、自らの獣性の化身を模倣するために使わせたのだ。私はこの女に間違いなく勝ったのだった。

 「ひぃぃ」

 しかし、かすれた悲鳴が耳に入ってきて反射的に振り返った。
聖なる泉の中央には陰茎がぽつねんと浮かんでいた。陰茎が。女は離れようとして端っこに逃げていた。

 それを見て私は「2勝0敗だな」と小さく笑うと、来た道を引き返すのだった。

 そして町に着くと金銀ダブルチンポを換金し、妻と娘にネックレスを買ったのだった。

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