禁車

 話が中盤にさしかかったところで一度休憩する雰囲気になった。
 茶色いベレー帽を被った中年の男は、金属のテラス席にどっしりと座り直し、コートのポケットに手を入れた。

 「一服してもよろしいですか?」

 「ええ、どうぞ」

 ライターの蓋が跳ねて火が吹き出ると紙タバコの先っぽが燃えた。灰色の煙が車道へと広がる。目の前の彼に煙がかからないように、ベレー帽の気遣いだ。

 「ところで、1日何本くらいお吸いに?」

 「二箱くらいですかね」

 「喫煙年数は?」

 「30年くらいですね」

 「なるほど」

 彼は何か言いたそうに小さく頷き続けた。
ベレー帽は一瞬だけその様子を横目で見てから、たっぷりと肺に煙を入れた。

 「あそこにベンツが停まっていますね」

 「ええ、停まっていますね」

 「良い車でしょう?私の車です。
 もしあなたがタバコを我慢していれば、あれぐらい買えたんですよ?」

 「そうでしょうね」

 「タバコ、やめたらどうですか?」

 「………………」

 ベレー帽はハッとして彼の顔を見てから、大笑いした。

 「ハ…………ハハハハハ!」

 「ええ?」

 「いや…………ハハ。ねえ、このタバコ分かりますか?」

 「ええ…………」

 「良い娯楽ですよ。仕事の疲れが取れるし、毎日が楽しみになるし、割とどこでもいつでもサクッと楽しめます」

 「………………」

 「車を買うのを我慢していれば、30年は毎日二箱吸えたのに」

 したり顔の彼がおかしくて、ベレー帽は笑わずにいられなかった。

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