羅生門
今日の雨はひどく不快な雨だった。弱い雨とか、強い雨とかではなく、苛つかせる雨だった。弱い雨ならもちろんいいし、強い雨でもまあ仕方がない。しかし、今日の雨は弱かったり強かったりする。その緩急というか、ばらつきというか、不安定さは私の心に障ってくる。煮え切らない態度のようなものさえ感じさせてくる。
そう思ったとき、腹の底が急に冷えた。顔は懊悩で熱くなっていたのに。本当のところ、詩には無縁なしがない下人の私にとって雨の具合などどうでもいい。ただ、雨に苛ついてさえいれば、自身の失業や京に度かなさなる災いや腰を下ろしているこの石段の汚さや背後にある羅生門の不気味な噂に気を取られずに済む…………そういう無意識の思いがあった。しかしこのままではどうにもならないという意識的な思いもあり、その間で右往左往していた。
そんな私も煮え切らない。煮え切らないという奥の事実に気づいてしまった。
目を見開き、背筋を伸ばし、組んでいた手を解いてさっと立ち上がる。盗み食いがバレた稚児のごとく。このまま無為に思考を続けても落ち込むだけだ。私は何か新しい現実逃避の理由はないかとあたりを見回して、丹塗りの禿げた円柱や、そこに引っ付いているきりぎりす、羅生門の楼へ上がる梯子を見つけた。ここでこのまま座していても雨だけでなく夕冷えでも冷え込むだけだ。この夕方で止む気配がまったくなく、もし止んだとしてもそれが夜になればどうせ外には出られないとなれば、壁に囲まれた楼の中で一夜を明かさせてもらおう。
腹いせに円柱を蹴り、逃げ損ねたきりぎりすの下半身をつぶしてから、私は淀みなく梯子を上った。するとそこには、小さくて老けまくった、そして茶色い着物を着た、猿のような老婆がいた。火をともした木片を持ち、女の死骸の顔を覗き込んでいた。
「そこの、何をしている」
「!?・・・・・・こ、この死体の髪の毛を切り取って、かつらを作ろうと思うたのです」
「かつらを?なぜ?頭だけ守ろうとも、体が冷えるだろう」
「は?」
「この雨音が聞こえないのか」
「・・・わしがかつらを作っているのは、売って銭に換えるためですじゃ」
「ああ、なるほど」
刀を鞘ごと抜いて置き、部屋の壁に寄りかかれるように座った。薄暗くてわかりにくいがよく見るとここは死体だらけで死臭がひどい。ふん、まあ、このような状況では仕方ないか。
私はすぐに眠れるように目をつむってじっとした。梯子に上るときは規則正しい間隔で聞こえていた老婆の作業の音が、不安定になり、苛ついた。
「どうした、続けろ」
「それは・・・よいのですか?」
「何がだ」
「わしが死体を傷つけるようなことをしていても・・・」
「俺の死体じゃない。それに、俺は仕事を探さねばならんのだ。お前のみじめな生活の観察に使う時間も気力もない」
「みじめとはなんじゃ。わしは・・・」
「みじめだろう。死体のような様相で死体を貪る暮らしをしているのだろう?みじめと言わずしてなんと言う」
「わしは毎日を懸命に生きているだけじゃ!生きることに貴賤なぞない!」
「そうか。では、作業を続けてくれないか。そんなたどたどしくやられては気に障る。いつもどおり懸命にいきるといい」
苛つかせる女だ。慣れているだろうに、わざと拙くやっているのだろうか。死に際に私の足を引っ張るために。
「・・・わしは、このまま暮らしてゆける。お前はどうじゃ?このままではこいつらの仲間になるぞ」
「・・・仕事などいくらでも見つかる」
「ではなぜここにおる?まだ昼だというのに、りっぱな刀をぶらさげて、地蔵のごとく動かない。死臭に顔をしかめながら耐え忍んでおる」
「雨が降ったからだ。雨が降ったから仕事を探しに行けない」
「天運が悪いと?」
「ああ、この死体の山もそうだろう。このような惨劇はもはや天運の荒ぶりとしか言えないだろう」
「なら、天運のせいにするお前も死体の山にかさなるだけじゃ」
「・・・俺は、雨やみを待っなかなか止みそうにないから来ただけだ」
「そうか、ならもう出ていけ。けっこう止んできたし、お前ならすぐに仕事を見つけられるだろう、なあ?」
「・・・・・・」
「わしは生活を続けねばならんのでな、高潔に餓死でも凍死でもするとよい。わしは下劣に長生きするんじゃ」
老婆はそう言い放ってから作業を再開した。小慣れた、手際のいい、死体の髪の切り方だった。
「なあ、お前は何とも思わないのか?」
「これがたまたま、わしの生き方だった、それだけじゃ」
「・・・そうか、そうか。それに、貴賤などないと」
「・・・・・・」
老婆はこれ以上話すことはないと思ったのか、黙々と作業にふけった。私を無視して汚らしい暮らしを延命させようとしている様が醜くて、無視されたのが悔しくて、苛々した。
私はガッと刀を掴んで抜くと老婆の右手を突き刺した。
仕事に貴賤などないのか。なら、俺がやったっていいだろう。お前の仕事を。
突然の痛みに泣き叫ぶ老婆の髪を適当に手のひらに集めて、根本を切った。支えを失った老婆は地面に頭を打ちつけた。そんな老婆に見せつける。この髪の束を。
私の意図に気づいたのかどうかはわからないが、老婆は血の流れる右手を庇いながら後退りした。私は大股の数歩で距離を縮め、着物を剥ぎ取った。
こんな仕事をするつもりはまったくない。ただの憂さ晴らしだ。
長居したくないし、雨も止んできたし、着物も手に入ったし、私は梯子を降ろうとした。
老婆は木片を左手で握りしめて突進してきた。
剥き出しの胸を貫く。血が溢れ出て、私の茶色い着物を汚して、死体が一つ増えた。
そのまま刃を下に向けて、上に向けて、体に縦線を入れる。四肢にも切れ込みをいれ、首は円に切り、身体の皮を剥ぎ取った。それを着物の下に着て、本当に剥き出しになった身体に抱きつく。痩せ細った小さな老婆の体でも血まみれになれた。
今度こそ梯子を降りると、仕事を求めて朱雀大路に駆け出した。皮と着物があるとはいえ、まだこの血が温かく、雨に洗い流される前に、私に見合った仕事を見つけたかった。
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