超個別化能力

 希少性が価値だとして、どう幸せになってどう不幸せを避けるか。どちらにも超個別化能力が必要とされる。

 超個別化能力とは文字通りの意味で、あらゆる出来事を限りなく個別化する能力である。

 我々は普段、「なにかを食べた」を「美味しいものを食べた」程度の個別化で済ませている。これを「この時間に、この場所で、この人と、こういう理由で、こういう方法で、なにかを食べた」

 そして

 「その時間はその時間だけだし、その場所もいつまであるか分からないし、その人とまた会えるか分からないし周りのお客さんが揃うわけもなく、その方法を取り続けられるかも分からないし、それとまったく同じものを食べられるか分からない」

 と解釈する。

 良いことも悪いこともすべて唯一だとして味わうということだ。では、不幸せをどう避けるか。

 あなたがとてつもない不幸を経験したとする。精神的な病気でも誰かの死でもなんでもいい。
 では、その不幸がある人生と、不幸も幸福もなにもない人生=虚無=生まれる前=死んだ後のどちらがいいか。私は前者を選ぶ。肉体的な苦痛はともかく、精神的な苦悩は、私を苦しませる事象があるのではなく苦しんでいる私がいるだけだ。

 つまり、出来事が無数にあるだけだ。不幸な出来事などない。つまり、出来事のある人生と出来事のない人生のどちらがいいか、ということだ。無論、前者である。出来事のない人生には希少性はないが、出来事のある人生には希少性がある。価値があるということだ。

 生きることには希少性がない。毎秒生きているから。しかし、2024年3月30日16時49分51秒と、2024年3月30日16時49分52秒を生きることには希少性があり価値もある。

 超個別的に考えよ。

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