…………からの長文LINE 知識人について

 知識人という言葉がいろいろなメディアで使われるけれども、なんかずっと気に入らない。上海が低学歴で浅学だから妬んでるんだろと言われたらまあそうなんだけど、俺が嫌なのは、やつらは知識人として紹介されて満足げな面持ちでいながら知識について…………つまりそもそもについてなにも知らないからだ。海底の深さや新型電池のすごさは知っているのに!

 情報は「大衆への有益性の有無」で知識に変わる。俺の隣人の黒田さんのパンツが青色であることは知識じゃないのに、節約術が知識なのはそういうことだ。でも、やつらは本当に、それが知識であることを知っているのか、そして自分の情報が大衆にとって有益であるのか内省し続けているのだろうか、いや、そんなことはないだろう!

 だって、考えを進めれば「そもそも有益とはなにか」という問いにぶち当たるが、そうであれば知識人は全員哲学者じゃないといけない。なのに哲学は衰退するばかりらしいじゃないか。だから知識人なんてどこにもいない!知的ポピュリストだ!いるとしたら、「知ること大好き人間」ぐらいなものだよ。

 でもそれで十分じゃないのか?


 追記

 もちろん、ゲーム好きがゲーム機の構造や歴史について知っておくべきだとは思わない。彼らは厳密には「ゲームプレイ好き」だからな。だから知識人というのも厳密には「軍事についての知識人」とか「経済についての知識人」であって「知識についての知識人」ではない。だが、知識とは「有益な情報」なわけだから、有益であることの意味を知らなきゃ、「無益かもしれない情報を集めているがたまたま求められたので知識になったし知識人になれた」のが知識人じゃないか。

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