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27歳無職が痔で入院してたレポート・後日談

 病院から帰って来て3、4日といったところでしょうか。その後の経過報告になります。(※殆どTwitterのログを捕捉するような形です。)



 まず最初に感動したのは、不安しかなかった座薬(軟膏)が自分で挿せたことでした。正直出来て嬉しすぎて絶叫しました。えらい!!えらすぎる!!とちいかわのキャラのように同じ言葉を激情に任せて連呼していたので多分近所の人からしたら恐怖でしかなかったと思います。

ちなみにどんなんだったかというと、まあごくシンプルにチューブ状の軟膏をか目標をセンターに入れてスイッチするだけなのですが、いかんせんその目標が無事射程圏内に収まるか、また徒手空拳でその射撃訓練に向かうのか、という不安があり、母にも事前に「その時は頼む」と言葉を遺していました。(ふと気が付いたんですけど母親という生き物、医者の次に人体の神秘に触れている回数多そうですよね…。偉大すぎる…。)

しかし照準を合わせる訓練は看護師軍曹殿から身体に直々に教えられたこともあり、更にうちは猫用のポリ袋が常備されているので、それをひっくり返し、ケツに突っ込んだらもとにもどしてそこにガーゼやらもまとめて捨てる、ということが可能であることに気付き、無事にスナイパーとしての最低限の技量は身に付いたことになります。ネコチャンアリガトウ!弊害として塗った痕跡がありありと目につきます。すごい血だ……。

なんにつけ“怪文書を書いてないと正気を失う”という状況からは脱していました。

 で、ここまで何が一番苦労したかというと、排便です。正確には、

「排便時の恐怖心」

との戦いでした。

手術直後の激痛がもはやトラウマになっていて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような状態になってしました。手が震えるんですよ本当に。

けどお医者さんも言っていたように、ウンコを出さなければその傷の具合がどうなのか、てのも分からないんですね。普段全く便秘をしないのですがここ数日だけは本当に苦しい思いをしました。ここで無駄に足掻くと全てが水泡に帰すどころか新たな魔物の誕生を許してしまうことになります。頭では分かってるんですがね…。

 ——ウンチがね そこまで来てる 聞こえるよ 。

そう聞こえるんです。もうすぐそばに存在を感じる。

出る気のないウンチくんが常にコンニチハしているせいで傷が圧迫されて痛いくらい。

けど普通に恐怖しかないんですね。どうすんのブリブリってやった瞬間にブチブチッてなったら。そしてそれ以前に兎にも角にも痛い。“ヤツ”が巣食っていた頃よりサラマンダーよりずっと、いたい!

便意が来る度冷や汗が止まらないんですよ。しかし“ゲート”を開くと傷口も開くというジレンマ。痛いが出ない、出さねばなるまい。もう掃除機とかで吸ってもらえませんか。割りばしで掻き出すとか。そういうの真剣に考えていました。

トイレから出ると時々兄と書いてクソと読む人間と鉢合わせるのですが、

「血が出たらまた病院に逆戻りだねえ^^」

とか宣うので、あらん限りの力で

「外゛道゛め゛!!地゛獄゛に゛堕゛ち゛ろ゛!!!!」

と罵倒しました。このとき腹式呼吸だったので全然ケツにもダメージ拡散しました。

まあ、兄もその日にウンコ漏らしたらしいので、許してあげましょう。

地獄のような“ジャムり”から一刻も早く解放されたい思いでネットで色々情報収集するんですが、集めれば集めるほどドツボにハマっていきます。トイレに三分以上居ちゃいけないとか、足を開けとか、油を摂れとか。錯綜した情報の断片にまんまと踊らされる現代人の図。

とうとう最終的には「おしりはうんちをしながらなおすもの しんじていいですか?」

「そもそもおしりにやさしいってなに?」

という哲学にまで到達してしまいました。ソクラテスもこんな自問自答しない。いやするか、哲学者とかもみんな座り仕事だろうしな。

ゲームをしていても他人の腹式発声に勝手にプレッシャーを覚える始末。

——そうか、人間は二足歩行を選択した時点でケツか腰を犠牲に捧げることが確定したんだな。

と真理すら悟ったあたりで、ようやく“腹”が決まりました。病院で処方された下剤とこーらっくで追い打ちを決め、もはや座り続けることも立っていることも出来ない、進軍も撤退もままならない、ここをどうにか越えない限りは魂に安寧はないという限界値を迎えた瞬間、私は戦士として覚醒しました。

「どうなっても知るか馬鹿野郎ォォォオオオオーーーーーーッッ!!!!」

という雄たけびと共に排便。便座の上で縦横無尽に舞い踊りながら(ガチ)、己を縛り付けていた楔のすべてを断ち切りました。

 なんというか、

“凄絶”

の一言に尽きました。

術後は確かに、間違いなく「痛い」という感覚がありました。しかし、この時はもっと何か凄い衝撃、痛みというカテゴリではない何かが自分の下半身から流れでていきます。

「ケツが脈打っておる………」

たしかにそう呟いた気がします。その後私は気絶するように眠りにつきました。

 数日を過ごすなかで気づいたのは、患部を温めることの大事さです。シャワーから出て寝るまでが凄く調子が良い。清潔であることと同じくらい、お尻の温度を保つというのは大切なのだと思いました。

 もうひとつは上記でも少し触れたんですが日常の姿勢ですね。

同じ姿勢で何時間も居ない、というのは大前提なんですが、普段の歩き方からも自分がいかにケツに負担をかけていたのかよくわかりました。代わりに腰や腹斜筋がピキりそうになる。腰重心の歩き方を今まで知らなかった。

基本的に痛みに怯えて真っ直ぐ歩くことが出来ず、両親にマウンテンゴリラだのシルバーバック(※背中に白髪の生えたボスゴリラ)だのと指をさして笑われてたのですが、さすがに自分でもこの姿勢で一週間以上居たら体幹グチャグチャになるやろなとは思い歩くときは常に中腰でスクワットのような格好でいます。

確か細かすぎて伝わらないモノマネGPに出演してた芸人さんでもゴリラの真似をしすぎて骨折した方が居ましたよね?

これも多分マジで後でちゃんとストレッチなりヨガで解したほうがいいだろうなというのは火を見るより明らかです。気を付けて行こう!

 ワーデルゾーの血戦(クソ改変タイトルをやめろ)を越えてからは逆になんかユルくなってしまい、今度は何もしていなくても血と軟便が垂れ流れるようになってしまいました。

今オムツが真剣に欲しい。

成人してからこんなにもオムツを欲したことはありません。



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