逢いたくて逢いたくて。

今日はペルセウス座流星群が見られるかもしれないと知った。

我が家には“ペルセウス”という名のわんこが居てくれた。
私が10歳の時、やってきて
26歳の春、旅立って行った。

名前は次兄がつけた。
「ペルセウスって響きがカッコいい」と提案し
ペルセウスはメデューサを倒した英雄の名で
ゼウスの子どもなんだと
驚くような知識を披露されたのを覚えている。

そして我が家と“ペルセウス”こと“ぺる”との生活は始まった。

私はまだ子どもでそれは兄達も同じで
だからなのかぺるはもの凄く育てやすいいい子だった。

最初は家に来てから一言も吠えず
「この子は吠えられるのだろうか」と心配になるほど。

慣れてきた証なのだろう。
人の出入りの時だけは吠えるようになり安心した。

ぺると共に成長し私は大人になった。
色んな出来事があったが
思い出深いのは祖母と祖父
それぞれのお葬式の時の事。

祖母のお葬式は愛媛から鹿児島に一家で車で向かった。
台風が直撃している中走りっぱなしで
大雨で真っ暗の中、ひたすら走った。

他の親戚はもう先についていて
お通夜と葬儀の場所に小さな部屋を借りてくれており
そこは主に荷物置き場だったが
私とぺるはだいたいそこに居た。
吠えるでもなく歩き回るでもなく
ただただ静かに側にいてくれた。

私は一番幼くこういう時に役に立てるような存在ではなかったので
忙しそうな大人たちをぺると見ていた。

お通夜と葬儀の時
一番後ろの席に私はぺると座った。
お焼香をする時だけぺるの側に兄が来てくれて
それ以外は後ろからぺると二人で葬儀を見ていた。

ぺるの存在に気付いた人は
「おとなしいねぇ」と
幸い皆さん優しい言葉をかけてくれた。
本当にじっとしていてくれたので
犬が葬儀に出席している事に
気付いていない人の方が多かっただろう。

祖父の時も同じだった。
その時は東京から飛行機で鹿児島に向かった。
もちろん、ぺるも一緒だ。
その頃は私も大学生でそれなりに手伝わなければいけないという意識があった。
だが、親戚の中で下から2番目の年齢。
女手は多く、今回も特にする事がないまま
ぺると共に過ごしていた。

祖母の時と同じように私は後ろから式を見ていた。
ぺると一緒に。
おかげで寂しくはなかった。



ぺるが旅立った時はまだ家族5人で暮らしていた。
だからみんなで見送る事が出来た。

私はアルバイトをしており
朝、家を出る時にぺるが泣いた。
もうほとんど動かず寝ている事が多かったのに
その日の朝は泣いたのだ。

そして休憩時間、仕事が嫌で私は母に電話した。
「今日だけでも頑張っておいで。ぺるも待ってるよ」と。
そう言われてなんとかその日のシフトを終え帰宅した。

駅まで母が車で迎えにきてくれており
「よく頑張ったね」と迎えてくれた。
そして運転しながら「ぺるもね、頑張ったんよ」という声は涙が混ざっていて
そこでやっと全てを察した。

私はなんてバカなんだろうと。
朝、泣いてたじゃないか。
普段は泣かないのにわざわざ家を出る時に泣いてくれたのに
自分の辛さばかり考えて全然考えなかった。
お昼に電話したのに
辞めたい、辛いと自分の事ばかりで
ぺるの様子を聞きもしなかった…

心の中で一人そんな責問答を繰り返しながらも母と話した。

「何時ごろ?」
「それがね、お母さんうたた寝してしまってね…
次兄もリビングでうたた寝してて二人とも寝てしまっとったんよ」

ぺるは母と次兄と一緒に眠りにつき
そのまま旅立ったそうだ。

私が電話した時はもう旅立っていた。
でも家に帰ってくるまで誰にも伝えないでおこうと
母と次兄が決めたらしい。

泣きながら運転する母の隣で
相変わらず私は自分を責めた。
だからか涙は溢れなかった。
「じゃーお母さんとお兄ちゃんに囲まれて寂しくなかったんやね」
最後の瞬間を見届けてあげられなかった事を悔いている母にそう告げた。
「どうして膝の上で見送ってあげなかったんだろうって後悔している」
「せめて撫でててあげたかった」
母も自分を責めていた。

家に帰ってもう動かないぺるに会った。
本当に眠っているようにしか見えなかった。

私より苦しかっただろうに。
こんな情けない私の姿を見て心配で
最後に力を振り絞って泣いてくれたんだね。
そう思いながら頭、顔、体、手足を撫でた。

まだ泣けなかったよ。

その後、長兄と父が帰ってきた。
二人とも色々と話しながらもぺるを撫で始め
だんだん声が震えていった。
祖父と祖母の死より父は悲しそうで辛そうだった。

次兄は部屋に何時間も籠もっていたらしい。
きっとそこで思う存分泣いたのだろう。

ぺるは両親と同じお墓に入れるという事になり
家族でこの姿で会える最後のお別れをした。
その時、私はぺるを抱く役目を果たした。
順番に抱いた後私の所へ。
私はぺるの前足を左右に振って
「またね」と家族に向かって言った。

ぺるが出てくるまでの時間が辛かった。
長兄は声を出して泣いていたし
父も涙を拭っていた。
次兄は我慢している様子で
母はハンカチに顔を埋めていた。

私は「またね」とみんなにぺるの前足を振った時
どっと悲しみの嵐に襲われた。
それから少しずつ涙が出てくるようになった。

帰ってきたぺるは骨壺に入っていて変わり果てた姿をしていた。
私達3兄弟はお骨の小さなかけらを専用の容器に入れて大事に持ち歩く事にした。

それは今も私の必ず持ち歩く物の中にある。

ぺるが旅立ってもう何年も経った。
その間、何回もペルセウス座流星群もやって来た。
それなのに今日は父と母と3人で見えないかと外に出て少し歩いたのだ。

父が寝る時間だとまだ日付は変わっておらず空も明るい。
父が眠った後、母は1人で外に出て行った。
ぺるに逢いに行ったのだろう。
なかなか逢えなかったようで
帰ってきて又しばらくしてからも出て行った。

私はみんなが寝た後
自分が布団に横になる前に逢いたくて家を出た。
Tシャツにスウェット。ヘアバンドもしていたが
そんなの気にせず近くを1人で歩いた。

スマホのアプリで磁石を出し方向を確認して
1つでも流れないか眺めていた。
最初に両親と見た空よりも星が沢山輝いていて
夜の明るさの違いを感じた。
月はボヤけており金星かと思われるものが一際力強く光を放っていた。

時間も時間だし自分の敷地ではなく道路なので
10分くらい眺めていたが出逢うことは出来ず家に戻る事にした。
今私の目に見えている星が写真に写ればいいのに…。

私が撮った写真はお粗末だ。


玄関をそっと開けるとそこにはワンコが立っていた。
5年前から我が家にいるワンコだ。
家を出る時はぐっすりと母と眠っていたのに
私が家を出た事に気付いて待っていてくれたのだろう。

『ボクがいるよ』

そう言われた気がした。

ひょっとしたらぺるは目の前にいるかもしれない。
性格も見た目も全然違うけど。

ぺるが旅立った後は又わんこを飼うなんて思ってもいなかった。
でも、今家にいるワンコに出逢った時
私だけでなく母もこの子から目が離せなかったのだ。
不思議な縁を感じた。この子が他の所に行ったら後悔する。そう思った。

そして家族会議の末、そのワンコを迎え入れて我が家の3人の暮らしは4人になり
今現在、退職した父の相手を主にしてくれており
家族の関係を良好に保ってくれている。

私は勝手に思っている。
キミはぺるからの使者だと。
キミはぺるが私達を心配して行ってきてって言われたのだと。
キミはぺるから私達を託されたのだと。
だからキミは今ここにいてくれるのだと。

相変わらずの生活を繰り返している私を放って置けなかったんだよね。


ありがとう。
目で逢えなくてもあなたはいつも一緒だよね。
ありがとう。
我が家の一員になってくれて。
ありがとう。
沢山の幸せをくれて。
ありがとう。
命の尊さを教えてくれて。
ありがとう。
自分以外の誰かを大切にする事を教えてくれて。
ありがとう。

虹の橋で待ち合わせだよね。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

しばらくは寂しくないから。

ありがとう。

仮にサポートを頂けましたら大変貴重ですので大事に宝箱にしまいます。そして宝箱を見て自分頑張ってるねと褒めてあげます(〃ω〃) ♪