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史緒ちゃん 02

ウイハがとうとう燃えた。あのダイエットサプリのステマしてて、燃えないわけがない。
【Shio】ではないアカウントで、あたしはウイハのことを叩いている人の呟きにハートを飛ばす。【しゅがーちゃん】と連絡を取ったこのアカウントは、こういう時のために使うのだと、前から決めていた。
本当はこんなアカウントは、【しゅがーちゃん】のようなタイプと繋がらないほうがいい。住み分けはちゃんとするべきだと思う。
【しゅがーちゃん】は何も呟いていない。きっとこんなことが起きて、びっくりしているのだろう。
推しのメンカラを控え目に取り入れた、上品なピアスを思い出す。彼女はそういう子だから。

【しゅがーちゃん】が何も知らない。
【Shio】のことはもちろん、【Uあい】の事も全部、【しゅがーちゃん】は、サトウちゃんは何も知らなかった。だからあたしは一緒にライブに行けたし、その後も二人でパフェを食べに行けた。あたしも彼女のことを何も知らない。
何も知らない人相手にしか、できないこともある。
スプーンの持ち方が汚いとか、くだらないことを、サトウちゃんはネットに書かない。思われてはいるだろうけれど、ネットに書かれなかったらそれでいい。
「ねぇシオ。【リル】のこと、ツイッターでなんか書く?」
電子タバコの臭い声が、あたしを呼ぶ。彼女は同じ【Uあい】にエントリーしている、地下アイドルだ。真面目な事務所で、真面目に地上を目指しているから隠しているけれど、彼女はタバコも酒も男も大好きだ。
あたしたちは2人、狭い物置のような休憩室で、固いスツールに座っていた。床に置いていた、ペットボトルのミネラルウォーターで喉を潤す。
「当分は、何も触れないかな」
「だよね」
一瞬の沈黙。お店の方から、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
2人の会話はそれきりだった。特別に仲がいいわけでもないあたしたちが、休憩室でわざわざ話すことなんてない。
少しだけ軽くなったペットボトルを片手で持って、ゆらゆらと振る。
ついさっきフォローをしてくれた女の子のアカウントを、無意識のうちに開いていた。

フォローされてすぐ、【リル】が好きだと書かれたプロフィールと、平凡なケーキのアイコンだけを見て、これはサトウちゃんのリアルなアカウントだと思った。思い出してみれば、彼女は本アカは鍵をかけていると言っていた。これは全く知らない人のツイッター。でも、流れている言葉たちは、サトウちゃんの声で再生される。

親に送ってもらったお米を、文句をつけながら食べているところも。
仕事が辛い辛いと言いながら、次の日には仕事の成果を笑っているところも。
変り映えしない毎日に飽きたと、安定を誇るような言い方をする。
サトウちゃんっぽいアカウントを、だらだらと流して行く。ぱっと、指が止まった。珍しく、人が写った写真がある。

「あ、」

息を吐くような、声が出た。

タピオカミルクティーを持って笑う4人組の中の一人。
サトウちゃんだ。
添えられた一言は、「インスタグラマーごっこ」。

いろんな感情が渦巻いて、ツイッターを閉じた。
顔を上げると、休憩室に置かれた姿見に映った自分の顔が見える。
スツールから立ち上がる。
「あたし、トイレ行ってくる」
「んー」
横目に見ると、隣に座っていたあの子は、タバコを仕舞いこんで自撮りをしていた。
何度も制服を整えて、何度も前髪をいじって、何度も角度を変えて。たった一枚のために、何度も何度も。

休憩室を出て、フロアから漏れ聞こえる笑い声を聞きながら、トイレに入る。
サトウちゃんも、自撮りをするよな子だったこと。でもそれはあくまでも『ごっこ』だということ。
トイレの鏡に映った自分の顔を見る。
痩せたい。可愛くなりたい。あたしはなにもかもが足りない。
笑い飛ばしたい。怒りたい。良く分からない。とにかく叫びたい。
狭いトイレの壁にもたれて、あたしは息を吐いた。

スマホを持ち直す。こんな時でも、あたしにはSNSしかない。
【しゅがーちゃん】と繋がったあのカウントで、吐き出したいことがたくさんあったのに、何も呟けなかった。
タイムラインに流れてきた、ウイハに失望した女の子の呟きに、ハートを送る。

【しゅがーちゃん】は、ウイハのことについて、何も呟いていなかった。

お前はもっとできると、教えてください。