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【お話15 新幹線と臆病】

新幹線のつるりとした表面がきれいだった。柵越しに思わず手を伸ばした小学生の私は、先生に怒られた。

そういえばそんなことがあった。新幹線の中。酎ハイのアルコールで微睡んだ私は、追懐する。
あの修学旅行をテーマに書いた作文は、先生にとても褒められて、市の文集にも載せてもらった。怒られたことは、作文に書いていないはずだ。
動く新幹線の表面に、触れたいと思った。あんなに無謀で、純粋な気持ちで旅を、またしたいと。

最近の自分は、随分かしこまった旅ばかりしている気がする。
まさに今、手元に広げた旅行の本に目を落とす。ネットでいくらでも調べられるけれど、紙の本を開く時のわくわく感に負けて、旅行の度に本を買ってしまう。
そして友達と何度もカフェに通い、何度も打ち合わせをして、回る場所を決めた。
あれもしたい、これもしたい、と考えるのは、修学旅行前と大して変わっていない。
作文ではないけれど、旅行から帰ってくると、ブログも書く。誰も見ていないかもしれないけれど、自分の中で旅の記憶をはっきりさせるための作業。
旅の記録を書くと、楽しいことをもう一度味わった気持ちになる。幸せが少しだけ長続きする。

次は一人旅に出ようか。
いや、次と言わず、今すぐにでもいい。自分は明日も仕事が休みだ。旅の道具は全て持っている。
隣で眠る友達を起こして、予定していない駅で降りてしまえばいい。

新幹線はぐんぐん進む。
一緒に、頭の中で、夢のような世界が広がる。

酎ハイを飲み干す。空になったアルミ缶を手に笑った。
どうせ、全部妄想だ。

すでにクタクタの両足を座席の下で小さく振る。こんなので、一人旅なんてできやしない。

パラパラとガイドブックをめくり、ブログになにを書こうかと思う。
動く新幹線の表面がどれほどなめらかだと思っても、触れることはもうできない。
危険だと知ってしまった、今ではもう。

お前はもっとできると、教えてください。