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佐藤さん 02

人生で、どこで決まるのだろう。
私はシオちゃんのアカウントを見ながら思う。

この前二人で食べたパフェと、シオちゃん。この写真を撮ったのは私だ。
キラキラしたフィルターは、後からかけたに違いない。
あの日、私の目の前にいた彼女と違うのは、どこだろう。
肌の白さ。目の大きさ。顔の小ささ。どこを探しても、見つかりはしない。
きっと加工はしている。でも、それを指摘されるようなあからさまな感じはない。
「すごいなぁ」
ハートとリツイートを流れるように押す。

シオちゃんのツイートには、いつも同じハッシュタグがついている。
ネット上で開催されているミスコンに、彼女はどうやら参加しているらしい。名前を聞いたことがあると思ったら、リルのメンバーもそのミスコンで賞を取った子がほとんどだった。
ミスコンの名前がついたハッシュタグをタップする。キラキラに加工された女の子の写真が、ずらずらと流れてくる。みんな同じ顔のような気がした。
このたくさんの写真を見て、審査員たちはなにを考えるのだろう。

整形顔のインフルエンサーが紹介するヘアサロン。狭いステージを踊りまわるアイドルの手首で光るテラテラのリボン。
かわいいと思う。純粋に。子どもの頃、テレビで見ていた魔法少女のようだ。

タイムラインに流れている誰かの顔を隠すように、ラインの通知が現れた。
お母さんからの長文ライン。開かなくても内容はだいたい分かる。
元気かどうかって話と、お米を送るっていう話。自炊してる時間なんてないから、お米をは送らなくていいと、何度も言っているのになぜか忘れられている。

シオちゃんは、大学を中退しても自分でちゃんと食べていってるのに、私は親からお米をもらっている。
彼女が身に着けているブランドものの指輪。かわいい服も、パフェも、全て。【Shio】ちゃんが稼いでいるお金だ。
【Shio】ちゃんはすごい。彼女の仕事を応援する、という意味で、ミスコンも応援している。リツイートをしたばかりの笑顔が、急に疎ましくなる。

私の奥に、触れたくない汚いものが溢れてきそうになる。留めておけそうになくて、ツイッターで吐き出した。
親から送られてきたお米を、なんだかんだ、あったらあったで食べてしまうことを「食べ物に罪はないけど」と言いワケして呟いてしまうあたり、私は小さい人間だ。スマホをベッドに放り投げる。
カラーボックスに置いたジュエリースタンドの上で、ピアスが光る。明日の大学の友だちとの晩ごはんとは、あれをつけていく。昨日切った髪の毛の毛先をいじる。
自分の中にある感情が、暴れているのが分かる。気持ちが悪い。

友達との約束は、気楽なバルだ。丸いテーブルを4人で囲み、赤いワインを傾け、ローストビーフを口に運ぶ。
仕事の話や、最近見ているドラマの話、職場で注意されない程度のネイルの話が、ソースと一緒に絡んで喉に落ちていく。
シオちゃんと居る時とは違う、楽しさと安心感がある。
この空間には、加工された自撮りは存在しない。仕事でかいた生々しい汗と、寝不足のクマがあるだけ。同じものを持っている人と話すことが、こんなにも楽だと気付かなかった。
上司から受けたパワハラ、得意先からのセクハラ、サービス残業。今この瞬間も、同じような誰かが同じことで悩んでいる。それに馴染む私は普通だ。飽きるくらいに、普通で、不自由。
ネイルも髪の毛の色もピアスの個数も自由な、あのハッシュタグの子たちとは違う。
「大学の時にもっと遊んでおけばよかった」
「ほんとそれ。ボーナス入ったら、旅行行きたかったのに。行く暇ない間に、いつの間にか消えた」
「あんたのことだから、どうせ服買ったんでしょ」
他愛のない会話を聞きながら、私は耳についたピアスを触る。ピンク色の天然石が、ほんのり温かった。
赤ワインに飽きてくる。次は甘い、カクテルが飲みたい。

バルを出た後、同じ方面の電車に乗る友達と二人きりになる。
「そういえば、サトちゃん。リルのライブ行ったんだね」
地下鉄のホームで話しかけてきた。彼女が、4人でいる時にこの話をしなかった理由が、今の私には分かる気がする。
「うん。同行してくれる人がうまく見つかって。楽しかった」
私の声は少し高くなる。スマホを触り、ツイッターでシオちゃんのことを見せる。
「この子が一緒に行ってくれて」
「へー。この子、【ゆーあい】出てるじゃん」
ゆーあい、という、耳馴染みのない単語に、首を傾げる。彼女はそんな私を鼻で笑った。
「ミスコンのこと。【Uあい】って、【ゆーあい】って読むんだよ」
ずっと【うあい】という変な読み方をしていた自分を、笑って誤魔化した。友達が出ているミスコンで、【リル】のメンバーも出ていたものなのに、私は本当に興味がなかったのだな、と気が付く。
「ゆーあいって、友達の愛って書くやつ?」
「まさか!こんな地雷っぽい女ばっかりのコンテストでそれはないって」
公式のHPを見せてくれる。レモンイエローで書かれた文字の【YOUあい】は、安っぽいデザインに見えた。コンテストの概要には、【あなたと私】とか、【あなたは愛される人】とか、いろんな意味が説明されている。やっぱりどれも、痛々しいというイメージが付きまとう。
それでも、前回のグランプリ受賞者だという女の子は、文句なしに可愛かった。
「かわいい子が出るんだね」
「出るならだれでも出れるよ」
彼女は欠伸をひとつついて、【Uあい】のサイトを閉じる。代わりに【Shio】ちゃんのツイッターを開いたらしい。くるくると指が動く。
「そうだ、これ。2人で一緒にパフェ食べに行ったときに、私が撮ったんだよ」
なんとなく早口で、私はシオちゃんの写真を見せた。
友達の視線はゆっくりと、何かを探すようにシオちゃんへと注がれている。彼女が何を探そうとしているのか、私には分かった。私も探したことのある、ものだろう。
「なんか、【リル】の女オタクっぽい子だね」
友達が発した感想は、それだけだった。彼女は自分のスマホに視線を戻す。私はうなじを触り、細く長い息を吐いた。

可愛い、という単語を、友達は使わなかった。赤ワインと共に交わした会話を思い出す。そういえば、あそこでも私たちは可愛いとは言わなかった。大学生の頃までは、全ての共感は可愛いだった。私たちはいつしか、可愛い以外の、もっと多くの単語を駆使するようになっている。
ガサガサに荒れた、駅員のアナウンスが私の耳を通り過ぎる。
「あ、フォロー返ってきた」
友達が隣で小さな声を上げる。
「【Shio】ちゃん、私のアカウントでフォローしたら、フォロー返ししてくれた。マメだね。こんなフツーなアカウントでも、フォロー返すんだ」
見せてもらった画面では、2人がツイッターで繋がったことを示している。別に何かやり取りしたわけではないけれど、それだけでとても親密な気がするう。友達のリアル用のアカウントは、鍵をかけていない。プロフィールに、【リル】のプロデューサーのファンであると書いてある。シオちゃんがフォローを返したのは理由は、たぶん、その2つだ。
私の鍵をかけたリアルアカウントでは、きっとフォローは返してもらえない。フツーすぎるから。

手元のスマホに目を落とす。クセで、トレンドを開く。【リル】の名前が、トレンドに入っていた。
聞き取りづらいアナウンスの中で、電車が入ってくることだけが分かる。

「あーあ、とうとう燃えたか」

友達のぽつりと呟くような声が、くっきりと聞こえる。

「え?」

ホームに電車が入ってくる。ドアが開いて、だらだらと人が降りてくる。
私の手元は、トレンドに現れた【リル】の単語を押していた。
後ろから押されるように、どんどん電車の奥へと追いやられる。ようやく足を止めた時、ようやく画面を見ることができた。
そこには確かに【リル】のメンバー、ウイハのツイートが表示されている。


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なんだこれ。
スマホから顔を上げる。隣には、小さな荷物を抱えるようにして持っている友達がいる。
「だから私、リルのライブ行きたくなかったんだよね」
それだけ言うと、彼女は喉の奥に何か詰まったような息を吐いた。


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