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佐藤さん 03

シオちゃんは何も言わない。いいね欄に、【リル】への悪口とも苦言とも言えないような、ツイートが並ぶだけ。
【Shio】ちゃんの方は、今日も加工された自撮りが載っている。一緒に写っているのは、彼女と同じコンカフェで働く、同じ【Uあい】に参加してる地下アイドルだ。リップがよれてるのに、直していないようだ。

私はなんとなく【リル】の曲を聞いていない。Youtubeにアップされている動画のコメント欄は軒並み荒れているし、サブスクでダウンロードした曲も、開こうとした瞬間にシオちゃんのいいね欄が思い浮かんで、そのまま閉じてしまう。

元々ウイハの過激なダイエットに関する発言に、一部のファンは苦言を呈していたらしい。

若いファンが真似をする。
痩せ信仰を助長する。
拒食症になる人が出てからでは遅い。
そんな方法を広めないで。
私も苦しんだから。

極め付けが、インスタで紹介したダイエットサプリ。当時のストーリーのスクショを見た。全体的に淡いピンクで、すらりと細い腰と足のシルエットが描かれたパッケージは、科学的効果が期待できそうなものではなかった。
優しく心配するような言葉が、少しずつ悲鳴へと変わっていったであろうことは、簡単に想像できた。

ダイレクトマーケティングの案件だということくらい、少し考えれば誰だって分かる。
ウイハだって分かっているはずだ。それなのに、なぜサプリを庇うようなツイートをしたのだろう。効果は人それぞれ程度に濁しておくのが一番だ。マーケティングの仕事を受ける時に、指示はなかったのだろうか。

どっちにしろ、広告をしかける側も、ウイハも、仕事ができなかったゆえに起きた炎上だ。

「だっさ」

思わず、電車の中で小さく呟いてしまった。
仕事終わり、ようやくツイッターを開いたら、ウイハへの炎上はまだまだ収まっていなかった。

他人の発言に怒り続けることができる体力が、逆に羨ましい。
ここまで【リル】を特別だと思う人が多いことにも驚きだ。ただの地下アイドル。ただの仕事をしている女の子。

ただの女の子。

そう結論が出た瞬間、自分でもぞっとするような嫌悪感が、背中を這い上がってきた。思わず、スマホを握りしめる。
爪先に力が入る。パンプスの中、ストッキングが気持ち悪かった。
何か、頭の中で言葉が渦巻いている。


気が付くと、ずっとツイッターで【リル】のことを調べていた。
コンビニにも寄らず、家に着いてしまった。食べるものが何もない。
仕方なく、親から送られてきた段ボールからお米を取り出す。この前お願いしたから、ちゃんと無洗米だった。隅の方に、インスタントみそ汁のカップもある。炊飯器の準備をしてから、電気ケトルに水を入れて、スイッチを入れる。
晩ごはんは、これでいいや。

スーツを脱ぎ、丈の長いTシャツを被る。
ピアスを並べたカラーボックスの、一番下の段。そこに置いた、お土産でもらったクッキーの缶に視線をやる。
キャラクターたちが笑うフタを開ける。
タバコとライターが、LEDの光を受けて鈍く光っていた。

ベランダに出て、生温い空気を感じる。手の中のスマホは、シオちゃんのツイッターをまた開いていた。
いいね欄は確実に増えている。でも、何も言わない。
私の頭の中は、言葉が渦巻き続けている。

細いタバコに火をつけた。頼りない棒の先に、赤い熱が光った。
すっと煙を肺に入れる。久しぶりのタバコは、美味しいともまずいとも思えない。
大学の頃、同じゼミの、女の先輩が教えてくれた。私を時々慰めてくれるもの。
ショートカットのうなじに、煙と生温い風を感じる。
そういえば、この髪形も、先輩を真似したものだった。

煙と一緒に、頭の中の言葉を深く吸い込む。
細い線の残りを、室外機の上に置いたガラスのお皿で押しつぶす。へしゃげたタバコは、そのままにして、部屋に戻った。

スマホを持ち直す。
お米が炊ける音がした。

お前はもっとできると、教えてください。