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古いアルバム


親子関係のあれこれの話です。重ための話です。

空き家になっている実家へ空気を入れ替えに行きました。

家には子供の頃の古いアルバムがあります。放置されていますが、
先日ふと何十年かぶりにめくってみました。

小さい頃のことに素直になれず、アルバムをどうしたものか悩んでいましたが、どう気が向いたかめくってみました。

父も母も若く、私たち姉妹を懸命に育ててくれたことがわかります。

ああ、今の私より若いのかーなどと思ったり、楽しいお出かけの記憶も蘇ったりします。

でもひとつ気になったのは緑のワンピースを着ている私の写真。

何かのイベントの時には従姉妹か姉のお古を着せられていました。
私は何だか緑の服にざわっとするのですが、あーこれだ。と分かった気がしました。

そのざわっとした気持ちはここからでした。
ぜーんぜん似合ってないのです。

当時嫌だった気持ちが蘇ります。

だってそれは従姉妹の服。サイズも合っていません。

昔イベントにはおしゃれをするものでした。ウールジョーゼットのドレープがきれいな高級服ではあります。

でも、従姉妹とは15歳差があります。

つまり私は15年前の服を着せられていたのでした。

似合ってないだけでなく、はなはだしく流行遅れだったわけです。それは嫌です。嫌でいいでしょう。

アルバムの中の姉も何でその服?という服を着せられているものが何枚かあり、もう少し何とかならなかったのか、と思ってしまいました。

アルバムの写真には温かい思い出だけじゃないものが写っているだろうとは覚悟していましたが、
そういえば母は私が結婚して家を出るまで、成人して以降も私が嫌がる似合わない服を着せたがり、何とも嫌でした。
嫌がるとしつこくて、私のことを否定してきて本当に嫌でした。渋々母の用意する服を着ていくと嫌な思いをするのでした。

なるほどこのことから子育てにおいて私は子供の服にこだわり、上の子のお下がりをほとんど下の子に着せませんでした。

お下がり着せたくないわけではなかったのですけど、上の子と下の子で何だか似合うものが違うのです。

自分でもちょっとこだわり強いなと思っていたのですが、そういうわけか!と腑に落ちました。

私は母から「お前は聞かん坊でいうことを聞かない」と言われて育ちました。賞状をもらったり展覧会に出品してもらったりもありましたが褒められた記憶がありません。

でも子供は親の言いなり。

嫌がる似合わない上に古くさく、サイズの合っていない服を着せられたり。食べられないものを食べろ食べろ、お前は食べない、と嘆かれたり。
鶏むね肉やサツマイモがのどに詰まって食べられませんでした。
一生懸命食べているつもりでした。

それ以前に母はなにかとすぐに姉を激しく怒るので、いつも私はチンと静かにしていないとならず、できる限り母の言うことを守っていたのでした。それも先回りして。

きっと子供だから「つもり」にしかなってなかったかもですけど。


アルバムが大事にとってある時点で可愛がられているとは思うのです。

それを素直に受け取れない自分を責めたり、人に言うと親不孝な人ととられたり、

そのこんがらがった重たい思いを古いアルバムは「いいよ、嫌でいいよ」と言ってくれました。

「お前は気が強い」「お前は聞かん坊だ」と言われて育った私に「別にそんなことないよ」と教えてくれたのでした。