新作長編小説完成✨

                   「本物に」

1人の女性が奈良の某美術館で、ある絵の前で立ち尽くしていた。その絵は、月岡芳年の「うぶめ」という絵だった。彼女はその絵に描かれている女性を何故か自分と照らし合わせて観察していた。そう、彼女は悩んでいたのだ。自分の人生という最大の課題に。

彼女の名前は、小泉風奈。現在、27歳で既婚者だ。大学卒業後、母校の大学で事務職員として働く傍ら趣味で〈菊ノ 花央〉というアカウント名でブログに小説を掲載していた。そして24歳の時に転機が起きた。そのブログに掲載していた小説をたまたま見た有名出版社の編集者が彼女に
「本出しませんか?」と声をかけられたことがきっかけで小説家デビューを果たした。そして、その翌年本屋大賞を受賞したことで多くのメディアから注目されるようになってしまったため、大学事務職員を辞職し、小説家に専念した。
そして現在、彼女は今スランプ中だった。雑誌での連載はあるものの何か一冊執筆するということは出来ないで居た。そして、どんどん闇の沼に落ちて現在美術館で大学時代に心惹かれた「うぶめ」の絵をじっと見ている。彼女は小さい時に父親を癌で亡くし、それから1人で自分のことを育てくれた母親も、4年前にとある事故で亡くなった。その母親が学芸員をしていた影響で多くの博物館や美術館を巡る機会があった。だからか、大人になった今でも博物館や美術館を巡るのが趣味となっていた。
風奈が絵に夢中になっていると、スマホが鳴った。夫からメッセージが来た。「今終わった。これから向かう。」というものだった。彼女はそのメッセージを見て立ち直り、鑑賞を続けた。見終わり、博物館の外で彼を待っていた。スマホ見たり、ミュージアムショップで買った図録と「うぶめ」のポストカードを買ったのでそれらを見て時間を持て余してた。すると右から夫が走りながらやってきた。
「風奈〜!ごめん。お待たせ。待ってくれてありがとう。」
そう彼は着ているスーツを揺らしながら爽やかな笑顔で彼女に聞いてくれた。
風奈は、ううん。と言いながら首を横に振り、カバンの中からハンカチを取って彼の額に溜まった汗を拭いた。彼はありがとう。と照れながら言った。続けて、「満足出来ましたでしょうか?奥様。」といつものように冗談みたいなトーンで話した。風奈もそのノリに乗って、「はい。このような時間を下さりありがとうございます。旦那様。」と言った。直後2人でアハハと笑い、歩き始めた。お昼ご飯をまだ2人とも食べていなかったので、彼が生徒さんにオススメしてもらったというステーキハウスで、お昼を召し上がった。席に座った瞬間、店長のような人が私達の机にやってきた。風奈は「なぜ、店長がわざわざ来るのだろう?」と思っていると店長が彼に「あれ?先生!今日はあの子と一緒じゃないんですね。」と言った。彼は少し慌てながら「そうなんですよ。今日は妻と一緒に。妻を連れてきたくて。」と言った。風奈は生徒さんのオススメと聞いていたから、初めてだと思っていたら、そうではなかったらしい。風奈は店長さんに思わず挨拶とともに聞いた。
「こんにちは。いつも主人がお世話になっております。学生さん〈達〉ではなく学生〈さん〉とよく来るんですか?」すると店長は、「いやいや。お世話になってるなんて。えぇ。先生は1人の学生さんとよく来てますよ。奥様もたくさん召し上がって行ってください。決まりましたら、お呼びください。」と言いながら厨房の方に行ってしまった。
風奈が何か言おうとしてるのを察したのか夫が突然話し始めた。「よく質問してくれる熱心な生徒が1人居て、その子とよく来るんだ。」と何故か聞いてもないのに話し始めた。私は、ふーん。と言い、その話をモヤモヤしたまま終わらせた。その後は、日常的な夫婦の会話を始めた。今日の授業ではこういう授業を行った。や生徒からこんな授業に関するアンケートの回答があったなど話した。すると、最近の彼が言うことを今日も彼は発言した。
「風奈、スランプから抜け出せそ?」
この発言はいつも風奈を苦しめる。彼女は何も答えずただ、黙り込んでしまった。そして、いつものように彼は同じ答えをする。
「大丈夫。いずれ抜け出せる。焦らないで。」
この回答も苦しめる。風奈はうん。そうだね。と冷めた回答をした。そして、私は今日見た「うぶめ」の絵について話した。立ち尽くしてしまって動けなくなった。と言う感想も話すと、彼はあの日のようだね。と笑顔で答えた。風奈も同じ笑顔でうん。と答えた。そのあの日から、2年経っていた。

彼は私の5歳年上で大阪の国立大学で日本文学を専門とする准教授をしている。風奈と彼が出会ったのは風奈がまだ小説家として日が浅い時だった。小説のアイデアを探しに東京駅周辺をふらっと散歩していたら画廊で個展が行われていたので訪れた。そこの画廊は広くて絵の前には休憩スペースもあってとても居心地が良かった。彼女はとある絵の前に足を止めた。そう。今回と同じ月岡芳年の「うぶめ」の絵だった。そして私は、その絵の前にあるソファに座りじっと見ていた。すると隣に男性が座りに来て、「この絵、素敵ですよね。」と話しかけて来たのだ。え?何この人?と常人なら思うかもしれないが、風奈は、「はい。切なさというものがあるんですがどこか、、」と話を続けようとすると彼も一緒に「メッセージ性が込められている。」と声を揃えて言ってしまった。私達はお互いに微笑をした。
すると彼が名刺を出してきた。「俺は、大阪の大学で日本文学を専門に研究している 鳥山一世と申します。たまたま、出張でここら辺通りかかったら個展が行われていたので思わず入ってしまって。」とハニカミながら答えた。風奈はその彼の自己紹介に対して、
「私もふらっと散歩してたまたま個展が行われているのを見かけて入ってしまったんです。私は、小説を書いてます。」と自分の名刺も渡した。すると彼は、「え!?菊乃 花央先生ですか!?俺、大ファンです。デビュー本のサイン会にも行きました。」と先程と比較できないほどの大きい声になった。そして周りのお客さん達がこちらにバッと視線を向けてきたので思わず2人ですいません。と会釈してしまった。彼は、本当に嬉しそうに自分のファンと語ってくれてとても嬉しかった。その後、私達はこれも何かの縁ということで連絡先を交換した。
それから、風奈が大阪に行き、彼の家に泊まるであったりまた、彼が出張の時や彼女の家に泊まってくれることもある。その時に私は両親のことも彼に話した。すると彼は、「俺達、結婚しよう。俺も両親を事故で亡くしてから1人なんだ。こんなにも巡り会うことはないと思うし、本当にこれは何かの縁だと思ってる。だから、結婚しよう。」と言ってくれ、すぐさま婚約指輪・結婚指輪を買い、お互いの両親のお墓に挨拶しに行き、婚姻届をその日に提出した。
それから、風奈は彼が務めている大学の近くに新しい部屋を2人で相談して買い、そこに住んでいる。彼は、テレビでコメンテーターとしても出ているため出張などが多い。だか、私は1人の時の方が小説に集中出来るので最高だった。そして、彼女達は本当に幸せな生活を送っていた。
しかし、風奈は半年前にスランプに陥ってしまった。編集担当者からも連載だけじゃなく、1冊書いて欲しい。と懇願されたことでプレッシャーに感じ書けなくなっていた。そんな様子を見た彼がこう言ってくれた。「風奈。リフレッシュしたら?少し休んでみよう。ほら、風奈は博物館とかお寺とか好きだから、ここから近い奈良とかどうかな?京都もいいと思うけど、人が多くて集中出来ないかもしれないし。」と。風奈は彼のその優しさに甘え今現在、奈良県のビジネスホテルに半年間居る。彼は1、2ヶ月と思っていたようだが、彼女のスランプは治らずどんどん延泊することになってしまった。それでも彼は優しく大丈夫だよ。と言ってくれ、こうやって彼が出張の時や休みを使って来てくれる。ちなみに、彼は勤務地が大阪なので行き来が大変だと思い、彼女だけホテル暮らしをすることになった。もちろん、風奈自身の貯金から。彼には本当に申し訳ないことをしてると思い、迷惑かけられなかった。
だから、彼女は彼がこのステーキハウスに初めてじゃなく1人の学生さんと何回も来店しているということを聞いてもそれ以上問い詰めることもなく、ただモヤモヤが続いたまま過ごすことになった。
 風奈は食べ終わった後も特に彼に問い詰めることもなく、そのまま2人で私が宿泊しているホテルに向かい、ゆっくりと私が淹れたコーヒーを飲んでいた。すると、彼は突然彼はコップをテーブルの上に置き、風奈をベッドに連れて行った。彼はなにかの罪滅ぼしかのように私を優しく抱きしめ、そのまま契りを交わした。
 次の日、風奈が起床したときには彼は横に居なかった。スマホを確認すると、「今日は、1限から講義があるので、早めに出ました。黙って出てごめんね。ゆっくりしてね。」
というメッセージが着ていた。彼女は、「ありがとう。無理しないでね。」と返事をして、また彼が居ない時の1人の時間を過ごすことになった。
 風奈はそんなモヤモヤが続いたまま何か書かねばと思いながらパソコンの前に座っていた。すると、部屋の内線が鳴った。出ると、フロントスタッフの方からだった。「小泉様、宮部様という方がいらっしゃっています。お通ししてよろしいでしょうか。」と。彼女は、「ありがとうございます。そうしましたら、今向かいます。あ、申し訳ないのですが代金お支払いしますので、彼にカードキーを1枚追加発行お願いします。そして、お渡しください。」
と答えるとスタッフの方は、「承知いたしました。お待ちしております。」と答えてくださった。風奈はすぐにお財布を持ってフロントに向かった。
 フロントに着くと、風奈はお支払いを済ませ、宮部さんが待っているラウンジに向かった。「宮部さん。お待たせいたしました。いつも待たせてしまってごめんなさい。」
と告げた。宮部さんは、風奈の担当編集者で彼女のブログを見つけて、小説家に導いてくれた風奈の相棒のようであり、先生のような存在。夫と同い年なので、とても話しやすい。宮部さんは、少しツンデレな面があるので私がそう話しかけても「いや、大丈夫です。」としか言わないのだ。そして、2人でエレベーターに乗った。エレベーターの中で風奈は彼に追加で発行していただいたカードキーを渡した。「これ、渡しておきます。いらした際、すぐに渡しのお部屋まで行けるので。それに、何かあった時にすぐ来て欲しいし。」と言いながら、渡した。彼は不思議そうな顔をしながら
「分かりました。ありがとうございます。」そう、彼は変わらないテンションで返事をした。部屋に着くと、風奈は彼に連載に上げる用の原稿を渡した。すると、彼は何も言わずお辞儀をして新しい小説の話題に話題を変えてきた。「先生、次の小説書けそうですか?テーマだけでも聞かせてください。」とポンポンと一定のペースで話を振ってきた。風奈もいつも通りに答えた。「ごめんなさい。まだ、です。月に2・3回わざわざ来ていただいてるのに、何もまだ進んでなくて。」そう答えると彼は、「それは、俺が先生と直接こうやって話を聞きたいと思って来ているので気にしないでください。先生のペースで書いてください。俺はいつまでも待ってます。」とツンデレのデレが出てくれる。彼は罪な男だといつも思いながら意見交換している。ある程度、意見交換が終わり、宮部さんをホテルの入口まで見送った。宮部さんは、「また、2週間後に来ます。失礼します。」と帰っていた。風奈の中に、なぜか寂しさが生まれた。
宮部さんと別れてすぐ、風奈はホテルを出て散歩をボーっとしていた。すると、「風奈ちゃん?風奈ちゃんだよね?小泉さんのお嬢さんの。」と私は呼び止められた。その人の顔を見て、私はすぐに思い出した。「森さんですか?母と同じ博物館に勤めていた。」と質問を質問で返した。すると、その男性は、「そうだよ。森だよ。いや〜、お母さんに益々似てきたね。あの事件以降だから、4年ぶりか。」そう答えてくれた。さらに、「少し、暇かな?君にずっと話したいことがあったんだ、あの事件について。」と深刻な顔になった。風奈と森さんは近くの喫茶店に入った。風奈は、早速森さんに、「あの事故について気になることってなんですか?それに、あの出来事は事件ではなく事故ではないんですか?」と森さんに質問攻めをした。森さんは、落ち着いたトーンで話してくれた。
「実は、事故ということにしたのは、圧力があったんだ。驚かないで聞いて欲しい。本当は君のお母さんは殺されたんだよ。」
風奈はその言葉を聞いて開いて、「え?」と固まってしまった。しばらく沈黙が続いた。森さんは、申し訳なさそうに自分の発言の真意を述べ始めた。
「実は、俺今あの事件で学芸員を辞職してライターになったんだ。それで、俺のライター仲間に1人過去の事故や事件について調べている奴が居てさ、そいつが俺があ4年前の事故に関わっていることを知って色々教えてくれたんだ。」そう話す森さんに私は、「その人の話、信用したの?てことは、何か証拠があったってことなのね?」
すると森さんは、「ああ。これらが証拠だ。これはそいつに貰った物をコピーした物だ。」
と言いながら、森さんはその人から貰った証拠の書類や写真のコピーを見せてくれた。そして、それぞれの物を説明しながら事故の説明をしてくれた。
事件が起こったのは、4年前。東京国立博物館の主任学芸員として勤務していた私の母(=小泉菊乃)が事故翌日から行われる予定であった特別展の最終チェックをしている最中に、天井に吊るしていた約2メートルほどの提灯が落ちたことにより即死だった。死因は出血性ショック死。警察の見立ては、吊るされていた糸が何らかの衝撃により切れてしまったことが原因で起こったと発表した。もちろん、事件性は完璧に無いと発表した。その展示の責任者は母であったため、インターネットやテレビ番組では最終チェックしていたのに災難としか言えません。などの酷い言葉が投げられた。
風奈は、そのとき大学4年生で、就職先が決まったと母親に報告するために家で夕食を作って待っていた。そして、すぐに絶望の淵に落とされた。

 森さんが持ってきてくれた証拠は当時特別展に関わっていたスタッフや建築業者などの名簿、切れた糸の断面の写真、特別展の設計図、そして母親が風奈にも内緒にして記述していた日記帳だった。私は、森さんに「これらの証拠品、一旦持ち帰ってよろしいでしょうか?少し、整理したいので。お願いします。」と今にも泣きそうな声で懇願した。森さんはその様子を見て、
「分かった。携帯出して。これ、俺の連絡先。しばらく近畿地方を転々と巡っているから、落ち着いたら連絡して。」と言いながら、連絡先を交換し別れた。風奈は、泣くのを必死で我慢してホテルに帰宅した。
 ホテルに帰宅し、森さんからいただいた証拠品達を広げた。その中から母の日記を取り出し、中身を広げた。久しぶりに見る母の字を見て、すぐに玄関に倒れ込んで号泣してしまった。数時間そのままの状態であった。少し時間が経って落ち着きを取り戻し、再度日記帳の中身を細かく読んだ。その中身は特別展の当日からの流れであったり、展示物の詳細に関して事細かく書かれていた。そのまま、読んでいくと特別展が開催される1週間前の日記に1文だけ書かれている日にちがあった。その1文の内容はこうだった。
―権力に負けない。この展示は風奈のために必ず成功させる。―
 風奈はこの1文に引っかかり、執筆活動で使用する付箋をそのページに付けた。次に、その展示の関係者リストに目を通した。この展示にはざっと100名ほどが関わっていた。そのリストの名前を全員確認すると、驚きの事実が発覚した。リストに風奈が知っている名前があった。
 風奈の大学の同級生で親友の港いちご。そして、母の補佐をしていた森さん。彼らの名前を蛍光ペンで引き、最後に引いた名前が当時展示物の解説の協力者であった 鳥山良和、夫だったのだ。夫がこの展示に関わっていたのかという驚きよりも、母親のことを知っていたってことは、自分に近づいたのは何か理由があるってこと?という疑問が生まれた。その疑問を感じたまま、最後の証拠品である当時の防犯カメラが保存されているUSBメモリをパソコンに繋ぎ確認するとある確信を持てた。実は、森さんの方で映像を鮮明化したものを私にくれたので、確信を持てた。
 その映像には、母が最終チェックをする30分ほど前の動画が映されていた。さらに、そこには若い男女2人映っていた。その2人を顔を見ると夫といちごだった。風奈は、当時のことを思い出した。実は、いちごにはご両親が決めた婚約者が居た。だが、いちごはその婚約者と結婚したくないという理由で自分が履修していた授業の非常勤講師に恋をしてしまったと自慢していたのを思い出した。私は興味がなかったので友情間のノリとして、漫画みたいな恋だね〜。と弄っていた。さらに彼女は事件当日の日、こんな事も言っていた。「今日の実習、彼と一緒なの。」と言ってきた。風奈は楽しんで〜。と言い、自分の所属しているゼミに向かった。そのことを思い出して、風奈はいちごと付き合っていたのは義教だったんだ。と考え込んだ。さらに、彼女は映像を進め事件が起きる直前まで進めた。すると、いちごが良和に迫ったために吊るされていた提灯が落ちていく様子がハッキリと映っていた。そして、事件が起きた直後の博物館の入口の防犯カメラに2人が逃げていくところが映っていた。風奈は思った。 「なぜ、ここまでハッキリと映っているのに、彼らは逮捕されず事故として処理されたのか。」
 そこで、風奈は母親の日記帳に付けた付箋のページを開いた。そして再度日記に記されている1文を読んだ。そういうことか。とすぐに理解した。いちごの父親は文部科学省の大臣補佐をしていた。つまり、母が残した権力に負けないとはこういうことかと怒りが爆発しそうな思いだった。そして、風奈はある人に電話した。「もしもし。私です。無理言ってごめんなさい。至急私の部屋に来てください。お伝えしたいことがあって。」と連絡した。その相手は「分かった。」と言い、電話を切った。
 数時間後、電話相手が部屋に来た。現れたのは担当編集者の宮部だ。宮部さんは出会ったばかりの時に母の事故に関して話したことがあった。なので、風奈は母と昔働いていた元学芸員の森さんにで街中で偶然会ったこと、森さんがくれた事故の証拠品を見せながらこの部屋に呼んだ理由をまず伝えた。「私はこの証拠品達をもとに、小説を書こうと思っている。もちろん、ノンフィクションではなくフィクションとしてね。私が書かなくてはならないと思うの。母が私に真実を世の中に伝えて欲しいと思って、森さんと引き合せてくれたと本気で思う。これがあなたをここに呼んだ理由です。もし、宮部さんがこの話を降りたいと思うのであれば、私は自費出版として世に出す。それだけ、本気になんです。」
 宮部さんは風奈の話を聞いて最初に、「先生、大丈夫ですか?」
と心配そうな顔でそう語りかけた。なので、風奈は「大丈夫。」と微笑で答えた。そう答えると彼は私に初めて見せる困った表情をして答えた。「先生、俺は怖いです。」
風奈は彼のその言葉を聞いて、やはりダメかと思った。だが、彼は「俺の言う怖さは、先生がこのテーマについて書いたことによって俺の前から居なくなってしまうのではないかということです。俺は先生の1番のファンなんです。先生にはちゃんと伝えられていないのかもしれませんが、俺はあなたの紡ぐ言葉全てに好きが溢れているんです。だから、それを失うのは俺個人として嫌なんです。ただ、そんな大好きな先生が決めたのであれば、俺は付いていきます。先生、俺にも協力させてください。お願いします。」
と言い、深々とお辞儀をした。風奈は普段の彼の姿からは想像していなかったので、驚きを隠せなかった。宮部さんがここまで作家としての自分を好きになってくれる人が居て嬉しかった。
 そして、宮部さんと今後の計画について話し合いが終わり彼を見送った。その後すぐに夫から電話が来た。もちろん、夫は超能力者ではないので風奈のこの状況を知らないまま、呑気に「もしもし。」とかけてきた。風奈も夫のテンションに合わせて「どうしたの?」と言うと、夫は「今日1つ風奈に報告したいことがあるから、夕食一緒に食べたいなぁって思って電話かけた。どうかな?」
風奈も「ちょうど良かった。私もあなたに報告したいことがあって、今電話しようと思ってたんだ。」と話すと夫はテンションさらに高くしながら、「やった!そしたら、レストラン予約しとくからまた連絡するね。」と告げて電話を切った。風奈は思わずニヤリと笑ってしまった。なぜかって、夫がどんな顔をするか楽しみだったからだ。
その日の19時に待ち合わせ場所のレストランに着くと、夫が既に入口に立っていた。風奈は彼に「お待たせしてごめんね。」といつも彼と話すテンションで謝った。彼は「全然大丈夫。俺も今来た所だから。」とまるで付き合い始めのカップルのようなことを言った。ただ彼は汗っかきなので額の汗を見て、約30分くらい待ってたんだなと思いながら2人でお店に入った。席に座り、コース料理のレストランだったのでドリンクを先に頼んだ。2人とも白ワインを頼み、席に白ワインが来たので乾杯。と言ってグラスを重ねた。1口飲み、話題を始めたのは彼だった。
「報告があるって言ってたでしょ?あのね、俺東京の大学に移動することになったんだ。しかも、教授なんだ。それで、お願いがあって一緒に東京に行かない?俺、実はこの暮らし自分で進めときながら寂しかったんだ。だから、これから2人で一緒に居たいんだ。どうかな?」と嬉しそうに言った。
風奈は、「おめでとう。しかも、教授!?凄いね。」と思ってないのに一緒に喜んでるかのように告げた。それを聞いて夫は、「どうかな?一緒に行ってくれる?」と聞いてきた。風奈は「その回答をする前に私の報告も聞いてくれる?」と強引に話を変えた。彼は驚きながら頷き、背筋を伸ばして真剣な眼差しを私に向けた。「実は、新しい小説を書くことになったの。それでね、今は宮部さんにわざわざ奈良まで来て貰ってるから私も東京に行く。」と告げた。すると彼は、宝くじにでも当たったかのように「やったー!!」とガッツポーズをした。そして、風奈はそんな喜んでいる彼にある1本の動画を見せた。「これ、何の動画か分かる?」見せて瞬間彼は、目をこれまでもかというくらい開いて驚きながら「これって。」と呟いた。風奈はその彼の反応をそのままにし、話を続けた。「これ、私の母が亡くなる30分ほど前の動画。これ映ってるの貴方と私の同級生の港いちごよね?なんで、こんな動画があるのかしらね。」とまるで浮気の証拠を突きつける妻のような口調で聞いた。まぁ、あながち間違いではないと彼女は思っていた。良和は「どこでこの動画手に入れたの?どうして。」と驚きの表情を崩さないまま聞いてきた。風奈は「ある人から貰ったの。それでね、私は母の事件に関して貴方が関わっているいや、ただ関わっているのではなく殺人の容疑者として関わっていると知れた。私ね、思うの。この証拠をは母からのお告げなのではないかって。母は自分の無念を晴らして欲しいだと思うの。だから、私は母の事件について書くことにした。あ、ちなみにフィクション小説して書くからあまり気落ちしないでね。」彼は、どんどん顔色が悪くなっていく。彼女はその姿を見てさらに追い打ちをかける。
「あ、そうそう。私がもっている証拠これ以外にもあるから。それに、これから調べていってどんどん揃えていくわ。けどね、これだけは言わせて。」そう言うと風奈は良和の耳元に足を運びこう言った。
―あなたがどんな証拠隠滅しても、私は必ずあなた達に復讐する。―
風奈はこの言葉を言い終わり、レストランを出た。良和は椅子の背もたれに自分の背中を打ち付け、落胆した様子のまま風奈が出ていくのを見ていた。

 その後、風奈は急いでホテルのチェックアウトを済ませ、事前に宮部さんに都内のマンションの部屋の契約を依頼していたのでその部屋に向こうために新幹線に乗った。良和からはあの日以降、しつこく留守電やメールが来ていたが彼女は着信拒否をした。一方の良和は、風奈が本気であの事件について書こうとしていることにやっと確信を得たので、急いで何度も彼女に連絡を取ったが拒否されているのに気づいた。そして彼はそのまま風奈と同じように東京に向かうための準備を何かに怯えながら行っていた。風奈が新幹線に乗っていた日から3日後、風奈と同じように新幹線に乗って事前に契約していた部屋ではなく、ある場所に直接向かった。その場所はなんと、港 いちごの家だった。そう、彼らはあの事件以降も関わりがあったのだ。
 
 鳥山 良和。4歳の時に母親を交通事故で亡くし、弁護士をしていた父親の元で育った。だが、その父親も一世が高校生の時にたまたま父親が通りかかった工事現場の鉄骨が倒れてしまいそれに巻き込まれて亡くなってしまった。その後、彼は父方の祖父母の家に高校時代と大学時代を過ごした。大学時代には塾講師と新聞配達のアルバイトを掛け持ちしながら早く独り立ち出来るようにシフトをたくさん入れた。そんな大変な中彼は大学院試験を受け、見事合格した。そして、ずっと研究していた日本文学について研究する道に進むことになった。大学院卒業後は、親しかった教授の伝手を利用して日本文学を専門とする研究所に勤めながら母校の大学の非常勤講師として働くようになった。
 そんな悠々自適な生活を送っていた良和の人生にとって最大の事件となるきっかけの出会いが訪れた。講師として働くようになって4年が経ったある日、自分が教鞭を取っていた授業の1人の生徒に相談したいことがあると話しかけられ、大学の食堂で話を聞くことになった。その生徒の名前は港 いちご。彼女は大学内では有名だった。なぜなら、文部科学省の大臣補佐の娘だったからだ。そんな彼女に相談を持ちかけられると思っていなかった良和は嬉しさ反面、不安もあった。彼女は深刻な顔で話し始めた。「先生、私ね、親が決めた許嫁が居るんです。その人は小学生時代から幼馴染で両方の親が勝手に決めたの。それで、大学卒業したら、結婚しなてはならないの。でも、私は好きな人が大学1年の時に出来てその幼馴染と結婚したくないんです。好きでもない人と結婚しても幸せにはなれないと思うから。そもそも、私はその幼馴染に昔から隠れていじめられていたんです。なので、今までは親の言う通りにしなくてはならないと思っていたのですが、大学生になってこれは本当に私が生きたい人生ではないんだと思ったんです。これって、自分勝手なんですかね?」
 良和は、彼女の相談を聞いてお嬢様はレベルが違うなぁと思いながら答えた。
「自分勝手では、ないと思うよ。だって、君は自分の生きたい道を見つけられたんだから。君の歳でそんな決断が出来る人中々居ないよ。だから、一度ご両親に相談してみたらどうかな?今の君ならそのまま伝えればきっと理解してくれると思うよ。」と真面目に答えた。すると、彼女は「そうですよね。両親に今日帰ったら伝えてみます。聞いてくださってありがとうございます。あ、あと私博物館実習履修していて今度先生が手掛ける東京国立博物館のお手伝いしに行くので、その時はよろしくお願いします。」と告げて、帰宅して行った。
―そして、事件当日。―
 良和は、特別展の準備を手伝っていた。もちろん、港 いちごも。その日特別展の企画から全ての総指揮を取っていたのは、良和が大学時代から憧れていた学芸員をしながら日本文学の研究者でもある小泉 菊乃先生だった。良和はとても誇らしげに手伝いをしていた。そして事件が起こる2時間前。良和が自分の作業が一通り終わり、帰宅する準備をしていると誰かに腕を引っ張られた。それは、港 いちごだった。いちごは、そのまま良和を抱きしめた。良和は突然のことに驚きながらも理性を取り戻し、抱きしめている彼女の腕から離れようとしたが出来なかった。そして、彼女は「先生、以前に1年の時に好きになった人が居るって話したでしょ?それ、先生のことなんだよ。あの日ね、先生の言う通り親に話したら余計に怒られちゃったの。子供のくせに文句言うなって。だから、お願いがある。私と付き合って。ダメって言うならここから飛び降りて死ぬ。」と抱きしめながら言った。
 良和は困りながらも真剣に彼女の発言に回答した。「死んではダメだよ。それに、俺は君と付き合えない。生徒と先生だからという理由ではなく、俺は君を幸せに出来るかどうか分からないからだ。それに今は仕事を中心にしたいんだ。すまない。」と告げた。彼女は泣きながら「大丈夫。私、先生の邪魔は絶対しない。迷惑かけない。だからお願い。」と再び抱きしめた。
 良和がもうーと思いながら困っていると、彼女は「そしたら、頭を撫でるだけでも良いから撫でて。」と言う。彼はこれで自分のことを開放してくれると思うのであればと思い、彼女の頭を撫でた。すると、そこにたまたま小泉 菊乃先生が通りがかり、見られてしまった。いちごと良和は小泉先生の存在に気づき、すぐにお互い体から離れた。が、遅かった。小泉先生は「お疲れ様でした。」と愛想笑いながらしながら、その場を後にした。
 良和はまずい。最悪だ。と思い、いちごを思い切り睨んだ。だが、いちごは怯えていた。彼はそんな彼女に少し怒りを混じらせながら「君のせいで先生に誤解されちゃったんじゃん。というか、なんで怯えているの?」と聞いた。すると、彼女は「小泉先生、私の父親と接点あるの。あの先生、有名な先生だがら、文部科学省とたまに共同で企画展示やるから、私の父とも接点あるはずなの。どうしよう。先生、これがバレたら先生もこのままこの仕事続けられないかも。そうなったら、私と一緒にいれるもんね。」と訳わからないことを言い始めたのだ。ただ、良和はこのまま自分が今の仕事を続けられないという言葉に引っかかっり、焦っていた。そして、彼女が恐ろしいことを口にした。「先生、私と一緒に小泉先生殺そう。事故に見せかけて殺せば大丈夫。ね、私達の将来のために。」と発言した。
 良和は恐ろしいことを淡々と言う彼女を化け物かのように見た。だから、彼は「俺はそんなことしない。君はおかしい。」と思わず言ってしまった。そして、彼女の手を振り払い、帰ろうとした。すると、いちごは「もういい。」と言い、上の階の常設展示の廊下に向かって走り出した。良和は直感的に危ないと思ったのか彼女を追いかけた。そして、廊下の吹き抜けの手すりに手を置きながら「私、死にます。」と言って飛び降りようとしていたので良和は彼女を止めようとし、揉み合う形になってしまった。すると、彼女の腕が吊るしていた提灯の紐に彼女の腕が当たってしまい、特別展のために吊るしていた提灯についている鉄の棒が揺れ、そのまま提灯が落ちてしまった。その時「キャー!」という悲鳴が聞こえ、彼らは下を覗いた。下には血液の波紋が広がっていた。彼らは驚き、すぐに出口に向かい博物館を出た。そして、良和はいちごに「このことは、誰にも言わないで、このまま家に帰るんだよ。いいね?」と言い、2人も帰宅した。
 次の日、良和は昨日のことが気になり、一睡も出来ないまま早めに家を出て、博物館に向かった。博物館に着くと、森さんという小泉先生の補助的な立ち位置の人が居たので、知らない振りをして話を聞いた。「森さん、何かあったんですか?」すると、森さんは「あ、鳥山先生。実は、昨晩吊るされていた提灯が落ちて、小泉先生が下敷きになって、亡くなってしまったんです。今娘さんが病院に行ってます。私もこれから向かう予定なんです。」と告げ、「鳥山先生。あとお願いしますね。」と言って病院に向かってしまった。良和はその話を聞いて絶句してしまった。なんと、あの悲鳴は自分が尊敬する小泉先生だったんだと。そして、いくら事故とはいえ、彼女が殺したようなものではないか。てことは、俺も共犯って形になってしまったのか。と頭の中色々な不安でグルグルしていた。
 すると、2人の男性が話しかけてきた。なんと、刑事だった。刑事2人は「あの、この展示の関係者の方ですかね?お話よろしいでしょうか?」と言い、事務所に案内された。良和は、刑事にあらゆることを質問された。小泉先生に恨みを持っていた人物は居たか。やこの特別展の内容などについても聞かれた。そして極め付きは「あなたは、昨晩この博物館に居ましたか?」だ。良和は頭が真っ白になってしまい、黙ってはいけないのに黙ってしまった。刑事達は良和のその反応に疑念を感じているような視線で見た。すると、違う刑事がやってきた。「警部。防犯カメラの映像に。」と言い画面を見せると、警部と呼ばれていた刑事は良和に「昨晩、ここにいらっしゃいましたね。しかも、小泉さんが亡くなる直前に。それに、この女性はどなたですか?」とまるで取調室に居るかのように質問してきた。良和は口をモゴモゴさせながら、「それは、それは、」と繰り返した。すると、警部の横に居た相棒のような人の携帯が鳴った。そして、「警部。」と深刻そうな顔で呼び、耳打ちを始めた。そして、「署に来ていただいてもよろしいでしょうか。」と言い、誰にも見られないように、良和はパトカーに乗せられた。彼は、「このまま、俺は務所行きだ。」と思いながら青白い顔で乗っていた。そして、パトカーが警察署に着き、応接間のような部屋に案内された。その部屋に居たのは、なんといちごと文部省の大臣補佐である彼女の父親だった。いちごは良和を見た瞬間、安堵の表情を見せた。そして、案内された席に座った。
 話を最初に始めたのは、いちごの父親だ。父親は「娘に全て聞きました。そこにいる鳥山先生とうちの娘は最終チェックを小泉さんに頼まれたからしていたと。そしたら、物音がして見に行ったら提灯が落ちて人が下敷きになっていたらしいんです。2人は何が起こったか分からず、救急車も呼ぶ余裕がなく出てしまったと。先生が怖がる娘をなだめて、駅まで送ってくださったとのことです。おそらく、先生も見たのでしょう、防犯カメラの映像はその時の映像です。ですので、これは設計ミスによる事故なのだと思います。どうでしょう?そうですよね、鳥山先生。」と良和が予想していなかったことを話し始めた。そして、話を振られた良和は思わず「ええ。そうです。」と言ってしまった。すると、それを聞いた警部は「先生、先程はなぜ、何も語らなかったのですか?」とまたしても疑念の視線を向けながら聞いてきた。その質問に良和は「それは、俺の目標としている小泉先生が亡くなってしまったという悲しみと俺が本当はあの時早く助けていいれば助かっていたかもしれないという後悔からパニックになってしまって話せませんでした。申し訳ございませんでした。」と真剣な眼差しで答えた。警部達は彼らに「今日はここまでで大丈夫です。今後も捜査を続けますので、何かありましたらまたお尋ねしますのでその時はよろしくお願いします。」と言い、彼らを帰らせた。
 良和はいちごの父親に話しかけた。「あの、ありがとうございます。」すると、父親は「感謝するのは私の方だ。あの女が居なくなってくれてホッとしているんだ。」と意味深な言葉を放った。次にいちごが良和に近づき、1枚の紙を渡した。そして、父親に促される形で迎えに来ていた車に乗り、帰っていった。良和はいちごから貰った紙を広げた。そこには、「先生。ありがとうございました。これ渡しの電話番号です。また、2人で会いましょう。今回の事もお話したいので。」と書かれていた。良和は再度、頭を抱えた。
 数週間後、警察から捜査の結果が伝えられた。なんと事故という結果になり、捜査は終了したとのこと。そして、良和は小泉菊乃の葬儀に出席した。喪主として
座っていたのは、菊乃の娘であった。彼女は泣かずにじっと座っていた。良和はその姿を見て、自分はなんて悲惨なことをしてしまったのだろう。という気持ちに駆られ、お焼香をした。小泉先生の葬儀には、数々の有識者の方々がいらしていた。その中にはいちごといちごの父親も参列していた。葬儀終了後、良和はいちごに呼び止められ、葬儀会場近くの喫茶店に入った。
 しばらく、沈黙が続いた。そして、良和が話し始めた。「この前のお父様のあの発言はどういうことかな?」と聞いた。すると、いちごは重い口を開いて話し始めた。「実は、あの日すぐに父に相談したんです。そしたら、父はニヤつきながら、(お前は、悪くない。父さんが何とかするから気にするな。)と言ったんです。私はその父の発言を聞いて何かあるのかと思ったのですが、聞きませんでした。そして、私はあの日、警察から防犯カメラに私の姿が映っていて署に来て欲しいという連絡が来たんです。」その話を聞いて、良和は「あの時の刑事は、彼女と俺が犯人という事を勘付きながら、わざと俺に彼女は誰か。と聞いてきたのか。」と心の中で思った。そして彼女の話はそのまま続いた。「それで、父と共に警察署に向かっている道中、車内で父は(今から言うことに合わせなさい。)と言って、あの日に発言したことを言ってきたんです。そして父は執拗に(あれは、どっちにしたって事故なんだ。お前は何も悪くない。)と言ってあの日の出来事になったんです。」と警察署の応接間での話について終わらせた。そして、彼女は今後の話をし始めた。
 「先生、私幼馴染と結婚することに決めました。でも、これからも会ってくれませんか?やましいことは無いです。1人の友人として。ダメですか?」と言った。良和は彼女のその問いに、「そっか。おめでとう。友人としてというのは嬉しい。だが、君とはもう会わない方が良い。大阪の大学で非常勤講師として一からやり直すことにしたんだ。申し訳ない。」頭を下げながら真剣な眼差しでハッキリと答えた。するといちごは、「そうですよね。分かりました。無理を言ってごめんなさい。」と言い、席を立った。そして、いちごは「先生、どうかお幸せに。」と会釈をした。良和も「君も。」と言い、2人は別れた。
 その2年後、良和は大阪の大学で順調にキャリアを積んでいた。そんなある日、東京の大学で講義をする機会があり、久しぶりに東京に戻った。講義が終わり、東京駅近くの画廊をウロウロしている時に、1人の女性を見かけた。その女性は、2年前に小泉先生の葬儀場で見かけた小泉先生の娘さんだった。良和は密かに小泉先生の娘である風奈について調べ、現在小説家であることも知っていた。彼は、この出会いを何かの縁かそれとも罪を償えという意味なのかと悶々としながらも彼女に話しかけてしまった。彼女は何かに悩んでいる様子だった。彼は彼女と話していくうちにお互いに惹かれ合っているのを感じ、そのまま連絡先を交換した。そして、その日は次の日食事にい行こうとなり時間を決め、別れた。画廊を出てしばらく歩いていると後ろから「鳥山先生?」と声をかけられた。振り向くと、不運な巡り合わせが起こった。なんと、その人物は港 いちごだったのだ。
 いちごは、嬉しそうに俺に駆け寄り「これは何かの縁なんですかね。あ、今時間ありますよね。一緒にお茶でもしましょう!」と言いながら手を握ってきた。良和は今にも帰りたかったが、彼女に勢いに押され思わずついて行ってしまった。そして、おしゃれなカフェに入った。席につくと彼女は俺にさっき会った風奈のことについて聞いてきた。「そういえば、さっき先生が話していたのって小泉風奈ですよね?お知り合いなんですか?」良和は素直に「まだ、知り合ったばっかだが意気投合したんだ。」と答える。すると、いちごは「へえ〜。じゃあ、彼女が2年前の事故の被害に会った小泉 菊乃先生の娘ってことはご存知ですか?」とニヤニヤしながら聞いてきた。良和が「ああ。もちろん知ってる。」と答えるといちごは「そうなんですね。実は私彼女と友達なんです。それで、気まずくなってあの事件以降彼女とは話さなくなったんです。そしたら、小説家になってしかも自分の母親の名前を使って活動していること知って驚いたんです。」と嫌味に聞こえるようなトーンで話した。彼はいちごに対して「で、何が言いたいんだ。羨ましいってことか?自分と違って自由に活動している彼女を見て。」と冷たく言うと、彼女は笑顔で「そうじゃないんです。私はあの子のこと可哀想だと思うんです。いつまでも過去にすがって。それに父から話を聞いたんです。なんで、小泉先生を恨んでいたのかって。そしたら、、、ここからはまた会った時に話します。」と含みを持たせながら話した。
 良和はそんな彼女の狂気な姿を真に受けて怖くなり、財布からお金を取り出し机の上にバンッ!と音を立てて置いた。だが、彼女はそんな怒る彼の姿を見ても怯まずに彼の腕を引っ張り、耳元で「風奈にいつかバレるかもしれませんよ。それでもいいんですか?私と先生は共犯なんですからあまり逆らわない方が良いですよ。」と言いながら、紙ナプキンに携帯番号を書いた。そして、彼女は良和が置いたお札を持って会計をし、帰っていった。
 良和はカフェを出て、再び恐怖を感じながら歩いていた。すると、スマホの通知音が鳴った。小泉先生の娘の風奈からのメールだった。内容は「明日。楽しみにしています。」という内容だった。彼はそのメールを見て「今度こそは幸せになる。彼女を幸せにする。」と心の中に誓い、返信をした。
 その後は,、風奈と何回かデートを重ね、結婚した。風奈は小説家・俺は大阪の大学で非常勤講師として勤めていた。だが、風奈が突然スランプに陥ってしまった。俺は、彼女にプレッシャーをかけないように過ごしていた。そんな時にたまたまお世話になっている教授に奈良の大学でも授業をして欲しいと依頼された。なぜか、俺はこの時チャンスだと思った。俺はそこで、風奈にある提案した。その提案とは「場所を変えて、リフレッシュしながら執筆活動に勤しむのはどうだろうか。」というものだ。彼女はこの提案に乗ってくれた。俺は、「今の大学でも授業があり、奈良の大学と行き来しなくてはならないので、一緒に居れない。けど、必ず会いに行くから。」と言うと、彼女は「うん。」と少し納得していない様子であったが、乗ってくれた。俺はその時に「俺は、こんなに愛されているんだなぁ。」と誇らしげな気持ちになった。
 そして、しばらくの別居生活が始まった。奈良の大学での授業にも慣れてきたある日、またしても奴から電話がかかってきた。港 いちごだ。彼女はどこで知ったのか分からないが「先生、今奈良の大学に講義しに行ってるんでしょ?会おうよ。私も主人の仕事の都合で今奈良に居るの。」と言ってきた。俺は「なんで、俺が奈良に居ること知っているんだ。というか、もう会わないと言ったはずだ。」と冷たくあしらった。すると、彼女は「先生が講義しに行っている大学ね、私の主人が学長として勤めている大学の内の1つなの。それで、主人が持っていた資料に新任の非常勤講師の名前の欄にあなたの名前があったの。それで、会いたくなったの。それに、風奈にバラされたくなければ会いましょう。」と言ってきた。俺は、今の暮らしを大切にしたかったので、しょうがなく会った。待ち合わせ場所はとあるステーキ店で待ち合わせした。
 その後も、彼女に言われるがまま会うようになっていた。
 数日後のある日、たまたま講義が早く終わり、昼食を風奈と取りたいと思い、連絡した。風奈はちょうど大学の近くの博物館に居たので、タイミング良く連絡出来た。俺は大丈夫と思い、いちごとよく食べていたステーキ店に連れて行った。この時の俺は特に深くk考えていなかった。だが、今になって振り返ると自分をいちごから開放してくれるんだと風奈に勝手な期待を抱いていたのかもしれない。だが、この当時の自分はそう思わずに彼女と普通に昼食を取っていた。だが、思わぬ事態が起きた。店長が俺に挨拶をしてきた。そして、いちごと来ているということを生徒さんという表現で話してしまった。店長はただ単に挨拶回りという感じだったので何も感じずに話していた横で俺は心臓バクバクだった。俺はごまかした。おそらく、大丈夫だと思う。大丈夫。大丈夫。とそう思いながら昼食を終え、風奈が宿泊しているホテルで一晩過ごした。
 俺はそれからも風奈の負担にならないように適度な距離感を保っていた。そして、学部長から呼ばれ、東京の大学で教授にならないかという話を受けた。俺は素直にOKした。俺は嬉しかった。やっと自分は報われたのだと。1番最初に俺は風奈に話したいと思い、連絡した。すると、風奈も話がある。と言うのでレストランを予約した。ワクワクしていると、いちごから1通のメッセージが来た。そこには
「主人の仕事の都合で、東京に行くことになりました。楽しかった。また、何かあったら連絡しますね。教授。」俺はこの悪魔からのメッセージを無視した。その晩、風奈と予約したレストランで食事をした。
 俺は風奈に東京の大学で教授になることを報告した。すると風奈は「私も報告がある。」と言われて、期待で胸が膨らんだ。風奈は自分の鞄から封筒を出した。そして、映像も見せてきた。そこには俺といちごが小泉先生の事故の現場から逃げる映像を見せられた。思わず固まってしまった。彼女は俺のその姿を放ったらかし説明を続けた。ついには「母の事故について徹底的に調べてこれを小説にする。あ、でもフィクション小説として書くから気にしないで。」と言い、席を立ち俺の耳元で「あ、そうそう。私がもっている証拠これ以外にもあるから。それに、これから調べていってどんどん揃えていくわ。」と言い残し、レストランを出ていった。その後、俺は気を取り戻し何度も連絡したが、風奈は出ることはなかった。俺は数日後、東京に向かう新幹線に乗っていた。そして、東京駅に着き、俺は予定していた部屋ではなくある場所に向かった。
 
 ―そして、現在に至る。―
 ここからは風奈と良和両方の立場で進めていく。
 〜風奈の時間〜
 風奈は、宮部さんが用意していたとあるマンショの1室に着いた。事前に受け取っていたカードキーをドアにかざし、開けると宮部さんが待っていた。風奈は宮部さんに「おまたせして申し訳ございません。始めましょうか。」とキャリーバッグを置き、とりあえず部屋の中に溜まっている段ボールを開けて荷物整理を始めた。
 ある程度、終わると4つの段ボールを机代わりにした。そして資料を広げ、パソコンを置いて宮部さんと作戦会議を始めた。まずは、森さんがくれた動画をパソコンで見た。風奈はフルで見ていなかったので、改めて見ると彼女にとってはやはり気分が良いものではなかった。宮部さんも同じような反応を見せた。そして、風奈は新幹線の中で自分なりにまとめたノートと相関図を開いた。風奈は、あの日のことを悲しいと分かっていたが、母親の無念を晴らすためという信念を持って力の限り思い出したのだ。その頭の中の記憶の本を完成させた。宮部さんは風奈が提出する原稿を見る時よりもキラキラした目でノートのページを開いて一心不乱に読んでいた。彼は「流石ですね。やはり、あなたは天才ですね。」といつもよりもテンションを高めに風奈のことを称賛した。
 2人で話し合いを進めているとアポを取っていたある人から、風奈のスマートフォンに着信がかかってきた。
 〜良和の時間〜
 良和は、風奈と同じように東京駅に着くとまっすぐに彼女の元に向かった。その女は、港いちごの家だった。いちごは良和を見て抱きついた。そして「先生から連絡来て嬉しかった。今日は旦那も居ないから2人でゆっくり過ごせる。」と良和の腕に自分の腕を絡めた。ただ、良和はその腕を振り払った。そして、「俺は別にお前とゆっくりする気はない。単刀直入に言う。風奈に俺達が小泉先生を殺めてしまったことがバレた。しかも、ちゃんとした証拠を持ってだ。あの時にいた小泉先生の部下が持っていたんだ。そして、それを風奈に渡したんだ。」その良和の話を聞いていちごは分かりやすい動揺を見せた。そして、「あれは、パパがちゃんと消してくれたはずなのに。先生、私どうしたらいいの?ねえ!」と良和に迫った。
 良和はそんな彼女にこれまで出したことのない低い声で告げた。「俺は、今から自首しに行く。これでお前との縁も終わりだ。俺は風奈と出会って風奈のために生きると決めた。もう、嫌われているかもしれないがこれ以上、風奈を落胆させたくない。」と告げ、部屋を出ようとした。すると、いちごは諦めきれず良和を後ろから右腕を掴んだ。掴んだまま彼女は「私の話を聞いて欲しい。あの事件には私の父が大いに関わっていること。そして、私達は本当は殺人ではなく傷害致死になるということを。」と真剣な眼差しでそう言った。俺は彼女のそんな真剣な眼を見たことがなかったので、話を聞くことにした。ポケットに手を入れスイッチを押した。
 〜風奈の時間〜
 風奈がある人からの着信を受けて3日後、彼女はとある人にアポイントメントを取っていた。彼女がアポを取っていたのは、いちごの父親で現文部科学大臣の港 五右衛門だ。
風奈はなぜ、彼に会ったのか。それはこれから。
 風奈は、港大臣に「お久しぶりですね。港さん。あの時は大臣補佐でしたね。」と笑みを浮かべお辞儀をした。いちごの父親も彼女と同じように会釈をし、「君もあの時は小泉先生のお嬢さんだったけど、今では売れっ子小説家だもんなぁ。娘も学生時代はすごくお世話になったしね。それで?君から連絡を貰えると思わなかったから驚いたよ。」と言い、ソファの方に座るよう手を指した。
風奈は指定されたソファの場所に座るとカバンの中から、パソコンと写真を取り出した。そして、何も言葉を発することなくパソコンを開き、良和に見せたのと同じ動画を見せた。港大臣はその動画を見て無反応だった。風奈は彼の我関せずと言わんばかりの態度を見て、話し始めた。「大臣。この動画はご存知ですよね?あなたの娘、港いちごと私の現夫である鳥山良和の2人が私の母を殺す瞬間の映像です。」そう迫ると、大臣はため息をつきながら答えた。「えぇ。知ってます。それが?今更なんですか。」とまるで自分は関係ないかのように答えた。風奈は「今更?あなたの娘は罪を犯したにも関わらずなぜ、そのような態度で居るのでしょうか?」と内心イライラを募らせながらもグッと耐えて冷静に答えた。そして次に、パソコンの横に置いた写真を見せた。その写真は良和といちごが食事をしている様子やメッセージのやり取り、それと良和が東京駅に着いて真っ先にいちごの家に向かった様子などが映されている写真だった。
 実はこの写真は風奈が奈良にまだ滞在中に良和とステーキハウスに行ったときに感じた疑念を晴らそうと思い、ホテルに帰って良和が先に就寝したのを確認して彼のスマホを確認した。そこには、いちごとのやり取りがあったのを確認したことで浮気を確信した。そして風奈はすぐに、宮部さんに頼んで探偵を雇って調べて貰っていた。その探偵が撮った物だった。
 この写真を見て無反応だったさすがの大臣も少し驚いた表情を見せた。再度無表情に戻り、「君は、これをどうするつもりかな?かつての親友である娘と自分の夫を警察に突き出すということなのかな?」と風奈に聞いた。風奈はその質問に答えず、黙っていた。その姿に大臣は「おいおい。さっきまでの勢いはどうした?いきなり黙るなんて。別に私は娘が逮捕されても構わん。なぜなら、」と続きを言おうとした瞬間に風奈が大臣の話を遮って「また、ご自分の力で警察や検察の上層部などに圧力をかけて無罪にさせるんですよね。あなたという人は成長する気がないんですね。」と鼻で少し笑いながら答えた。大臣はこの発言を聞いて「何を言ってるんだ。私はあの事件には関わっていない。」と逆ギレしながら答えた。すると、風奈は「私は、あの2人は殺人罪ではなく傷害致死と考えております。そして、本当に母を殺した人物いや、あの2人に殺させるように仕向けた人物が港大臣、あなたということを私は分かったんです。」と大臣を睨みながら話した。
 〜良和の時間〜
 いちごにあの事件にはいちご父親である港 五右衛門大臣が関わっているということを言われ、話を聞くことにした良和はポケットの中に入れていたボイスレコーダーのスイッチをオンにした。そして、いちごに「君のお父さんが関わっているとはどういうことだ。」と聞いた。するといちごは、あの事件の日に警察署から帰宅したときに自分の父親から事件の真相を聞いたとのこと。
 いちごはあの日、父親に「私、どうしよう。いくら隠蔽したからって殺人を犯してしまったという事実は消えないんだよね。」と吐露した。すると父親の五右衛門は「大丈夫だ。いちご。あの女は死んで良かった人間だ。お前は間違ってない。」と答えた。いちごは突然自分の父親が何を言っているのかすぐには理解できず「え?どういうこと?」と涙目にしながら聞いた。五右衛門は「私はお前が試験などせずに学芸員にさせてほしいとあの女に頼んでいた。ただ、あの女はハッキリと断り、さらには(そんな赤ちゃんでも分かる馬鹿なことを頼んでくるあなたみたいな父親のもとに生まれてしまった娘さん可哀想ですね。)とバカにしてきたんだ。私を否定してきたんだ。だから秘書に頼んで事件当日に展示物の提灯の紐をあの女が1人になる時間頃を狙って落ちるよう計算して糸を切ってもらったんだ。うちの秘書は東大の工学部卒業でな、そういうのは詳しいんだ。事故に見せかけて殺すためにな。そしたら、あの日防犯カメラを見たらお前とあの男性講師が揉めてるのを見てて、その勢いで提灯が落ちたのを確認して、運が良いと思ったんだ。ありがとな、いちご。」と笑顔で言われたの。といちごは良和に証言した。そして、続けて「私はその発言を聞いたあとすぐに先生に相談しようと思った。でも、そうするよりも先生には私との関係を続けて欲しいって気持ちの方が強かったから。言わなかった。ごめんなさい。内緒にしてて。」と泣きながら謝った。良和はポケットに入っていたボイスレコーダーをピッ!と止めた。いちごはその音を聞いて「え?」と言った。良和は「実は、録音してた。これを俺は警察に行って聞かせようと思う。そして、お前のそんな辛さに気づけなくてすまない。」といちごに土下座した。いちごはその姿を見て、「先生は何も悪くない。悪いのは全て、私とお父さんだから。巻き込んでごめんなさい。私も警察に行く。。」と決意を見せた。そして、2人でドアを開けようとすると良和のスマホに電話がかかってきた。相手は風奈だった。
〜風奈の時間〜
風奈に小泉菊乃を殺したのはあなただと言われた港大臣は「何を言ってるんだね。君は。証拠があるのか?」と手を組みながら風奈を睨みながら質問した。風奈はその質問に答えた。「実は、3日前にある方と連絡を取りました。あの日に辞職させられた貴方の元秘書の方です。彼に全て聞きました。
実は、風奈が宮部さんと彼女の東京のマンションで話し合いをしている時に電話がかかってきた。その相手は、奈良県で再会した母親の元部下で現在探偵をしている森さんだった。森さんも密かにこの事件を調べていて、連絡をくれた。そして、「あの日に辞職された元秘書とコンタクトが取れたから会わないか?」と電話が来た。風奈は二つ返事で「ぜひ。」と回答し、翌日元秘書と森さんと三者面談のような形で会った。そして、証言を得たのだ。
内容はこうだ。「工学部卒業である自分に事故に見せかけて母を殺して欲しいと港大臣に頼まれた」と。その理由は自分の娘を何の試験も受けさせずに学芸員にすることを断れたからと。そんな、小さな理由で母は殺された。証言もちゃんと得ています。」と言い、カバンの外ポケットにあるボイスレコーダーを流した。それを聞いた大臣はため息をつき、「お前の母親は俺をバカにしたんだ。はるかに地位が上のこの俺をだぞ。死んで良かったんだ。シングルマザーで子育ても仕事も頑張ってますアピールだ!?気持ち悪いってありゃしない。俺に歯向かうやつはみんな死ぬんだ。」と逆ギレした。
風奈はその発言を聞いて、「その逆ギレ待ってました。」ともう1つ持っていたボイスレコーダーを見せた。大臣は、驚きの顔を見せた。その顔を見て風奈は高笑いしながら「これで私、小説書きます。あなたは、邪魔するでしょうね。揉み消そうとするでしょうね。でも、私は負ける気ないので。というか揉み消したとしても私はSNSなど何らかの方法使って、あなたを社会的に抹殺しますので。」と真顔の顔に戻り、全ての資料をカバンの中にしまって大臣室を後にした。
そして、風奈は今まで着信拒否にしていた良和に電話をかけた。
〜風奈と良和の時間〜
風奈は良和に「久しぶり。話があるの。いちごと一緒なんでしょ?2人で私が今から言う場所に来て。」と場所と時間を伝えて即切った。良和は答える隙も与えられず、「わかった。」という4文字で返事をした。
その電話から2日後。風奈は、自分の母親が事件にあった博物館の中にあるカフェで2人の人物に会った。それは夫の良和といちごだ。風奈は「待ってた。座って。」と微笑んで椅子を指した。2人は申し訳無さそうな顔で指された椅子に座った。そして、最初に話し始めたのは風奈だった。「いちご、久しぶりね。あの事件以来よね。もう5年かな?」と話した。するといちごは「本当にごめんなさい。全て私のせいなの。本当にごめんなさい。」と謝罪してきた。風奈は「今更ね。でも、あなたからその言葉を聞けて良かった。」と答えた。するといちごの横に座っていた良和がやっと口を開いた。彼は、「風奈、本当にごめん。お母さんの事件のこと、いちごとの関係を内緒にしていたこと、本当にごめん。」といちごと同じように謝罪した。続けて「これから彼女と一緒に警察に行こうと思ってる。今までありがとう。」と話してきた。風奈は2人の謝罪を受けて東京に帰ってきてからの話を全て話し始めた。大臣と会って、宣戦布告してきたことももちろん話した。そして、「私は、あなた達をこれから許すことはない。ただ、あなた達が殺人罪ではなく傷害致死であるということ。いちご、あなたの父親が母を恨んでやったことだということも知っている。けど、あなた達それぞれと過ごした時間を忘れられないの。だから、少しだけ許させて。」と怒りの感情が出ないように耐えながら、涙目になりながら話をした。
すると、風奈はそれぞれに1冊の本を渡した。その本は風奈が母親の事件について今まで調べたことをまとめて、この2日間で一気に書いた本だった。2人に渡すと風奈は「あなた達が警察に行って、もみ消されてしまうかもしれない。でも、この本を発売して港 五右衛門大臣を社会的に抹殺する。もし、何かされても私は負けない。絶対にね。」と微笑んだ。いちごと良和はその顔を見た瞬間に、なぜかもうこの人を裏切ってはいけないと噛み締めた。
 3人はカフェを出た。出ると、風奈が「あのさ、警察に行くのは明日でもいいかな?良和と過ごしたい。」と恥ずかしそうに言った。その発言を聞いたいちごは「可愛いね。風奈。そういうわがまま良いね。私も旦那に話さなきゃだしね。」と言い、いちごは駅の方に向かった。風奈と良和は風奈のマンションに向かった。そして、結婚生活史上最高の一夜を過ごした。何度も何度も野生動物のように体を重ねた。
 翌日、良和といちごは警察に自首をした。風奈は出版社に向かい、母親の事件について記した小説「不憫」についての記者会見を開いていた。そこで風奈は全ての経緯、そして良和といちごのこと、港大臣のことを嘘偽りもなく正直に語った。
 その後、裁判が開かれ2人は風奈が集めた証拠と良和がいちごから聞いた証言を録音したボイスレコーダー、港大臣の元秘書の証言が元になり、傷害致死となった。

         〜数年後〜
 風奈は出版社での打ち合わせが終わった後に、ある場所に向かっていた。その場所は幼稚園だった。彼女が着いた瞬間、1人の女の子が駆け寄ってきた。その子は「ママ〜!!」と言いながら風奈に抱きついた。その子は、風奈と良和の間に出来た子供だった。そう。風奈は良和が逮捕された後すぐに、妊娠が発覚したのだ。その後、女の子を出産し名前を「和奈」と名付けた。和奈を産んでからすぐに、風奈は母親の事件について書いた小説「不憫」が大ヒットしてから、着々と小説家の道を歩み、今では印税で暮らせるほど小説家として順風満帆な人生を送っている。
 そして、彼女は幼稚園の先生に「明日、用事があってこの子も連れて行かなくてはならないので、休ませていただくことは可能でしょうか。」と聞いた。先生は大丈夫ですよ。と笑顔で返答し、また月曜日に会おうね。と言いながら手を振ってくれた。
 翌日。風奈は朝早くに起床し、ご飯を作ったり荷造りをするなどの用意をしていた。和奈に大きなリボンが付いた水色のワンピースを着させていた。和奈は、風奈に「どこに行くの?」と首をかしげながら聞いた。風奈は「今から和奈のお父さんに会いに行くんだよ。」そう告げると、和奈は大喜びしていた。そして、2人は準備を終え、家を出ようとすると風奈は忘れ物に気づいた。和奈にちょっと待ってて。と告げ、1つのファイルを取り出し鞄に入れた。
 2人は東京拘置所の前に到着した。そして、1人の男性が出てきた。その男性は良和だった。良和は2人に気づき、ゆっくりと歩き始めた。彼は風奈に「どうして?」と聞きながら、和奈の方に目線をずらした。風奈は、和奈に「この人があなたのお父さんよ。」と告げた。和奈は「おとうさん?」と言い、戸惑っていたものの何かを感じたのかすぐに良和に「おとうさん。あいたかった。」と言いながら抱きしめた。良和はその姿に号泣し、和奈に目線を合わせるため腰を下ろした。そして、
「そうなんだ。可愛いね。名前は?」と泣きながら聞いた。和奈は笑顔で「かずなって言うの。ママがね、おとうさんの名前とママの名前を合わせた名前なんだって。」と素直に答えた。良和はそれを聞き、「そっかぁ。いい名前付けてもらったね。お父さん、和奈に会えて嬉しい。」と今度は良和の方から抱きしめた。そして、3人で近くの公園に移動し、風奈は「お弁当作ったの。お腹すいたでしょ?食べよう。」と言い、ベンチに座ってお弁当を広げた。
 3人で昼食を取っている時に、風奈は良和にあるものを見せた。それは、良和が最後の手紙として拘置所の中から送った手紙と共に同封されていた良和の名前が記入されていた離婚届だった。それを見て、良和は「まだ、出してなかったんだね。」と言うと風奈はそれを彼の目の前で破き始めた。そして、彼女は破いた離婚届を公園のゴミ箱に捨てに行き、再び黙ってベンチに座り、「私はあなたと離婚する気なんてはなから思ってなかった。あなたのこと許せないし、このまま離れるべきなのかとも思ったけど愛しているという思いは消えなかった。それは和奈が出来たからもしれないけどあなたと過ごした時間は楽しかったし、これからも過ごしたいと思ったの。3人でね。」と和奈の頭を撫でながら話した。良和はその話を聞いて、泣きながらも笑顔を見せてくれた。さらに、風奈は彼に「あなたのこともいずれ、和奈に話そうと思ってる。不安かもしれないけど家族だから離れたりしないわ。もしなにかあったらまたその時はまた、最初から3人で頑張ろうね。」と良和の手を握って微笑みながら話した。
―そして、3人は、手を繋いで帰宅した。本当に家族のように。―

 「あなたは、一生私と和奈に対して重い重い十字架を背負っていることを忘れずに過ごすの。私の復讐は終わらないわよ。」と、良和と和奈を見ながら不気味な笑みを浮かべながら帰宅していた。
                               
                                おわり

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