この記事のドイツ語を翻訳しようとした時に、「Bildung und Erziehung」という文章が出てきた。これを機械的に訳すと、「教育と教育」になるのだが、意味的に絶対に違うのは確かである。
Erziehungをコトバンクで調べてみると、
と記載されている。
Bildungをコトバンクで調べてみると、
と記載されている。
どちらも「教育」と和訳されており、英訳には「education」が当てられている。
では、この2つの単語の違いとは何なのか?
ひとまず、note内で同じような疑問を持った人がいないか調べてみると、一人見つけることが出来た☟
この方はドイツに住んでいたことがあるらしく、その経験により、
と持っているとのこと。
「へぇ~」と思いつつ、ドイツ語ネイティブ的にはどんな感じなんだろうと疑問を持った。ググると、ネイティブに質問できるサイト「HiNative」に2回ほど同じ質問がされていた。
その回答は、
とのこと。上記の2つの回答をまとめると、
・Erziehung➡行動やモラルを教えること。例えば、母親が子どもにモラルを教えること。他人から教えられるイメージ。
・Bildung➡学校や大学での勉強のこと。例えば、子ども自身が学校での勉強を通じて、自主的に勉強していくこと。自分で勉強していくイメージ(←「学校では先生が子どもに知識を教えているじゃないか!」という反論がありそうですが、ここでは「子ども達が自主的に学校へ行き、先生という”道具”を介して、知識の習得に努める」と考えてもらえると、子ども達の自主的勉強がイメージしやすいと思います)。
となる。
さらにググっていくと、
と書かれている記事も見つけた。
つまり、Erziehungは誰かからの教えを乞うものであり、Bildungは自分で自分に必要なことを勉強していくというものであるということ。
一応、ドイツ語の辞書として名高いDUDENを使って、各単語の意味を調べてみると、
とある。
これまでの知識をまとめると、
Erziehungは、子どもに対して、他人が、何かを教えて、子どもの成長を促す
Bildungは、自己研鑽をして、自身の人格的成長を目指す
という解釈になるかなと思った。
ちなみに、ドイツで幼稚園の先生は「Erzieher」と呼ばれている。これはErziehungの意味からして当然だと思われる。
一方、小学校以降の先生は「Lehrer」である。Lehrerとは動詞の「lehren」から派生しており、その意味は「知識を授ける」である。つまり、小学校以降は、先生が子ども達に対して、授業を通じて知識を与える為、先生はLehrerと呼ばれるのである。
これらのことを踏まえると、幼稚園の先生としてすべきことが明確になった気がする。すなはち、幼稚園の先生は子ども達に対してマナーやモラルといった「社会的行動」を教えなければならないということである。
その一方で、子ども達に知識を教えるのはLehrerの役割であり、幼稚園の先生(Erzieher)の本分としては、(辞書の意味的に)含まれていないことが分かった。
Erziehungでは、大人が子どもに関わっていくことがベースとなる。その際に、個人的に注意したいと思うのは、フレーベルのこの言葉である☟
Erziehungの元になっている動詞のerziehenで、ziehenというのは「引っ張る」を意味する。
なので、”教育”という名の下に、子ども達に社会的行動を教えるのはその通りなんだが、方法としては、引っ張り出さないといけないのである。(もちろん、子どもは最初は何も知らないわけだから、基本的なことを教え込むことが大切であることは間違いない。)
どこから引っ張り出すかといったら、「子どもの中から」であろう。それはつまり、子ども自らが「あんな社会的行動をしたい!」と思えるような環境を創ることが大事なのである。
子ども達の環境で影響力が強いのは、身近にいる大人である。なので、子どもをErziehungしたいのであれば、「子どもが真似したくなるような立派な大人であること」が、必須条件になるのではないかと考えた。
人格者こそ、幼稚園の先生(Erzieher)をやるべきである…笑
授業を通じて子ども達に知識を授ける先生(Lehrer)という職業は、オタク気質の方が向いているのではないかなと思った。
初めに戻るが、ErziehungとBildungをどちらも「教育」と訳すと、その単語の本質が掴めない。
個人的にはこの記事を書いたおかげで、
Erziehung:躾
Bildung:(自己)研鑽
と訳していこうという気になった。