終わりについて

わたしはよく終わりについて考える。
幼い頃から「人は死んだらどうなるんだろう?」と考える子どもだった。
思えばその頃からノートに文字を書き、ネットが普及しだしてからはHPを作って文章をしたためていた。

死んだら何もなくなってしまうような気がしていて、自分が生きた証を残したかった。自分を表現する唯一の方法だと思っていたのかもしれない。

「終わり」というものはある日突然、日常の中に紛れ込む。インディーズバンドを追いかけていた10代~20代前半。普通にライブを見に行っていたら突然「解散します」と言われる。突然、バンドメンバーが亡くなる。わたしの
父も突然亡くなった。まるで数分前とはまったく違う世界に行ったかのような感覚になる。

つげ義春の『ゲンセンカン主人』という漫画がある。
一夜を共にした旅館の娘に「一緒になってこの旅館の主人にならない?」と言われるのだが、男は見捨てる。でもあの旅館の主人になっていたらどうだっただろうな。とたまに思い起こすのである。
この世はパラレルワールドかもしれないし、並行世界が無限に続いているかもしれないけど、わたしは『ゲンセンカン主人』の主人公が思う感覚が人間らしくてとても好きだ。
あぁすれば良かった、後悔でもなんでもない並行世界への空想はふとした時に思い起こす。

もしあの時、終わらなければどうなっていたんだろう。「終わり」について考えるのは終わることがとても苦手だからかもしれない。

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