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八月の御所グラウンド

{読書の小窓}

京都の夏は、炎で炙られるような暑さである。
俺、朽木は、火がないと彼女にふられた。
いまごろ彼女の田舎、四万十川の清流で水遊びをしているころだが、今暑い京都にいる。
友人の多聞から、焼き肉を奢るからと連絡があった。
多聞の相談は、貸した金はまってやるから野球をやらないかとのこと。大学の留年から抜け出すため外資系の就職先の内定も決まった。
しかし卒業するため研究室の教授に相談したところ、俺の研究を手伝って卒論を仕上げたら卒業させるとのこと。
ただし、交換条件として御所グラウンドで野球の試合をやってくれとのと。
メンバーを研究室とバイト先から集めたがなを足らない。
そこで俺に借金を盾に白羽の矢が立った。


1回戦目は、コールドゲームで難なく勝つ。
野球のチームは、6チームあり、「たまひで杯」と言って昭和の初め祇園で芸者遊びをし心励まされた若者たちが、それぞれチームを結成、毎年、この御所グラウドで草野球の試合をする。
優勝チームの代表者は、ラウンジ「たまひで」のママの「ちゅう」がいただけるという栄誉に輝く。


2回戦は、メンバーが足りなかったが、研究室の中国留学生シャオさんと野球を見に来ていた男を誘って対戦の結果、相手を破り3回戦へ。
シャオさんは、日本の野球を研究して、中国にどうしてプロスポーツが根付かないことの参考にと調査していた。
3回戦は、2回戦に野球を見に来ていた男「ェイちゃん」が2人の友人連れてきた。
両チームとも得点につながる打撃もなく一進一退が続いた。
ところがである。


ェイちゃんが、三塁打を打ち、その後シャオさんのバットに当たったボールは、センター前に、ェイちゃんがホームへかえって貴重な1点で勝った。


四回戦の前、シャオさんからタブレットに写った昔の写真を見せられて沢村栄治を知ってるかと野球の歴史を調べていて見つけたと。
しかもこれェイちゃんに似てないかと?言う。
その上、連れてきた後輩の遠藤は学徒出陣のデーターに、また、山下は、たまひでのママのお兄さんではと?。
ママは、本名は、山下誠子、山下くんは誠一。
二人は似てるか?
しかし、四回戦には、ェイちゃんや遠藤くん、山下くんも参加した。
だが、怪我人続出でコールドゲームで負けた。
最終戦は、雨のため中止、翌日に延期。
午後から雨も止み多聞から五山の送り火「大の字」を見に行こうと誘われた。
多聞の言う穴場は確かによく見え、松明の火が次々と点火して大の字を描いていく。
炎の揺れを眺めるうちに暗闇に溶け込んでいく自分を感じていた。
明日、みんな来てくれるかな?と多聞。お盆に向こう側の人はこっちへ帰って来るんだとしたらいまごろまさかあの世に帰っていちゃうなんてことあるかな。
と俺。みんな野球が好きなんだ。
「大」の字が消えかかっている。
みんな生きたかったろうな。俺たちちゃんと生きてるか?

お盆に向こうからあちらの方がこちらにやってくる。
2~3日のツアーで野球をして送り火でむこうへ帰って行く。
こちらから向こうへ行くツアーはないのか?
宇宙へ飛んでいける時代。
あちらに行ける体験ツアーがあってもいい。妻や親兄弟と食事をしながら懐かしい昔を語れる2~3日のツアー。
直木賞受賞作
「八月の御所グラウンド」万城目学作






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