見出し画像

末永史尚「軽い絵」マキファインアーツ

2024.2.18

我が師匠、末永史尚さんの個展『軽い絵』を見てきました。(マキファインアーツ)

色々と興味深い点はありましたが、個人的には、ステートメントに載っていた「控えめに抽象的なイメージ」という言葉に特に反応しました。

私はこの言葉から、末永さんが2015年にキュレーションした『控えめな抽象』という展示を思い起こしました。

そこで、その展示のステートメントを久しぶりに読んでみたのですが、そこには次のようなことが書かれていました。

「『抽象』とは、一般に理解されているような『非対象』という意味ではなく、慣れてしまった絵画的、彫刻的な視覚をすり抜けるものとして理解する方が有意義なのではないか。私はそうした『抽象』を『控えめな抽象』と呼びたい」

この「控えめな抽象」という概念は、「控えめな」という形容詞が付いている割には、極めてラディカルな概念のように思われます。というのも、この私の理解に則れば、革新的な美術表現はすべて「控えめな抽象」と言い得るからです。


さて、この「控えめな抽象」という概念を私なりにパラフレーズしてみると、端的に、「既存の概念では捉え難いもの」なのではないかと思いました。

つまり、心理学のトップダウン説に則れば、人は基本的に概念に規定されつつ認知を行う訳ですが、それにも関わらず、既存の概念では捉え難いものを見た時に、人は「抽象」を感じるのだ、ということです。
これは、「非対象」という意味とはイコールではないものの、それと通ずる点もあるし(概念で捉えられないのだから「非対象的」ではある)、単に「非対象」として「抽象」の概念を理解するよりも、まさに末永さんが提案するように有意義なように思われます。


と、ここまでパラフレーズしていくと、この「控えめな抽象」という概念は、認知に関わる他の概念と接続が可能になるように思います。
とはいえ、こうした観点を抽象絵画の黎明期の作品から練り上げた点にこそ、末永さんの独自の観点があるのであり、それはまさしく慧眼と呼ぶに値するものなのだと感じさせられます。


ところで、そこから今回の『軽い絵』の展示に戻ってみると、ステートメントに記された本人による作品のディスクリプションには、「ぶれやズレ」、「〜のように見えるが」、「ほぼ忠実なのだけど捉え所が異なる」というような、概念による単純な把握を拒む、あるいは、そこから逃れるといった性質が作品に備わっていることが示されており、また、作家本人にその自覚があることが分かります。

そして、そうしたディスクリプションののちに、それこそが「控えめに抽象的なイメージ」なのだと記述されており、「控えめな抽象」という概念の内実が、私の理解と整合的であることが確認できます。

作品を実際に拝見した私の印象もとりあえずは末永さん本人の記述と一致しており、まずは作家本人のプレゼンテーションをその通りに咀嚼できて楽しい!という気持ちになりました。


個人的には、この観客席を描いた作品にとりわけ惹かれました。

反省的にその理由を考えてみると、次のようなものが思い浮かびました。
すなわち、最初は何が描かれているのか理解できなかったのに、やや時間をかけて眺めてみると、そこに並んだ観客を認めることができて、しかしその像は、低い解像度とやや強調された絵画の物質的な側面に揺さぶられ、捉えたと思った次の瞬間には認知からすり抜けていくように感じられるという、概念による固定的な把握を逃れるから、ということです。

この、比喩的に言えば、捕まえたと思ったら指の隙間からこぼれ落ちていくかのような、認知体験が、そのものとしても楽しいし、コンセプトをとりわけ十全に表現していたように感じられたのでした。


思えば、末永さんの制作は、視野に入っているはずなのに、概念的に捉え損なったものを取り上げて、それを「捉え損なったままの質感、あるいは解像度」で提示するもののように思われました。

この話を始めるとずっと続けられてしまうので、この投稿はここらで終わりにしますが、そうした末永さんが練り上げてきた「控えめな抽象」という概念を踏まえた新しい展開を、教え子として大変興味深く拝見したのでした。


追記
ガラスの光沢のある質感や映り込みを様式化して描いた作品。
実物を見ると塗りムラが割と前景化していて、実は光沢にはあまり見えないのだが、写真になるとそうした要素が後景に引いて、けっこう光沢っぽく見えて不思議。その見え方の幅も作品の魅力だと感じた。

ういう下に仕込まれた蛍光ピンクとかが末永さん特有の塗りムラのキモなのかなと想像する。
末永さんの使う、顔料が追加で混ぜられた独自の絵具の持つ視覚に引っかかる感じ(イリュージョンを見ることを阻害する感じ)と、光沢というイリュージョンの極地のような表現が合わさるギャップがとても興味深かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?