黒一点

ここ2か月ほど在宅勤務をしていたが、お客様に会うなどの用事があるときは自宅から電車に乗って出かけたりもしていた。先日、久しぶりに乗る路線の電車に乗ったところ、たまたまそこは女性専用車両だった。席に座ってから気が付いた。なぜ気づいたかというと、一人の男性が視界に入ったからだ。男性がいるのを見て、周りに女性しかいないことに気づいた。窓ガラスに、この車両は朝の時間帯は女性専用車両であるという表示のシールが貼られていて、私が乗った時にはその時間帯だったのだ。

私が気づいていないんだから、その男性は全然意識することなくたまたま乗ったら女性専用車両だったんだろうと思い、別にその人は悪いことをするわけじゃないんだけど、その人自身も気まずいんじゃないかとそわそわしていると、その男性は自分から異変に気付いて隣の車両に移っていった。

思えば、私は女性専用車両を意識して使ったことがなかった。それに乗る安全性よりも自分が下りる駅の出口に近い車両に乗ることが大事だったし、実際日常的に痴漢被害に悩まされてもいなかったからだ。でも、世の中には女性専用車両があったら必ず乗るという人も中にはいるのかもしれない。

そんなことを思いながら、女性専用車両に故意に乗ってきた男性が「女性専用車両は違法だ」というような内容のことを叫んでいる動画を以前ニュースで見たことを思い出していた。当時はまだまだコロナ前で満員電車でみんなが通勤をしている頃で、大声の男性がぎゅうぎゅうに立っている女性たちからブーイングを受けていた。かなり衝撃的だったし、見ていて嫌な思いがしたし、あの男性のすぐ近くにいた女性はさぞ迷惑だっただろうな、と思った。そういう主張は、サービスの利用者じゃなくて別のところに向けてもらえないんだろうか。利用者はそのサービスがあるから使っているだけなのだから、その男性の怒りの矛先は、そういった取り組みを許している社会とか、鉄道会社とかに向けられるべきなのでは、と思った。その考え方が良いか悪いか、私が好きか嫌いかは別として。

あの人は、というか、「女性だけが乗れる車両があるなんて不平等だ」という人は、たとえば、ある水準以下の収入はその水準以上の収入の人よりも何倍も高い確率で財布から5,000円~10,000円抜かれる電車があったとして、水準以下の収入の人だけが乗れる車両があったら、同じように「不平等だ」と言うのだろうか。自分自身が日々被害に遭っていても、自分はその専用車両に乗らないのだろうか。

いや、乗るでしょ?たぶん。だって、その仮想車両がある仮想社会では、窃盗犯はなぜか経済弱者から優先的にお金をとっていくから本当はみんな結構怒ってるんだけど、その割に全然数が減らないし、「窃盗犯を殲滅しろ!」って大々的にキャンペーンが行われたりもしないし、車両内での窃盗を厳罰化するように刑法は改正されないし、とにかくそういうことなんだから、自分の身は自分で守らないといけないじゃない。鉄道会社はどのお客様にも安心して電車を利用してほしいけど、警察も窃盗犯といたちごっこでてんてこまいだから、少しでも何か安全対策的なものをやったほうがいいんじゃないかってことで、ラッシュの時間帯には専用車両を設定してくれたわけだから、「じゃあその車両があるなら乗ろうかな、せっかくあるし。」ということではないのだろうか。

というようなことを考えていた。

少しして、発車前に別の男性がまた乗ってきた。その人は始発から2駅目で私が降りるまで、特に気づくこともなくその車両に乗っていた。誰も何も言わないし、静かな車内のままだった。

間違っても、その人は悪くない。別に誰も悪くない。そこにドアがあったから乗っただけなんだから。

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