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【No Man's Sky レビュー】もう一度、SF少年に戻ろう

小学生の頃を遡ると、自分はよく図書館で本を読んでいる時間が多かった。

中でも一番好きだったのはSF小説。

表紙の奇妙な人が襲われている絵柄や、恐ろしい形を模造した宇宙人の絵がどこか、小学生の自分のとっては「読んではいけない本」のような感じがして好奇心を刺激された。

ジェイムズ・P・ホーガンが書いた「星を継ぐもの」然り、H.G.ウェルズ著「宇宙戦争」、そしてAppleのCMにも出てきたジョージ・オーウェル著「1984」

どれも時間を忘れるほど読み込んだ。

あの頃、図書館というのは自分にとっては田舎の狭い、狭い閉鎖的な空間から抜け出せるワープホールだったかもしれない。

自分が今いる地球の他にも、同じような惑星があり、今この瞬間にも同じようにしている知的生命体がどこかにいるんじゃないか?

他の惑星では、もっとすすんだ文明があって自分達はもしかすると監視されているんじゃないか?

なんてしょうもない、SF少年だった頃の妄想は今になっては笑い話に過ぎない過去の思い出になってしまった。

だけど、ほんの一瞬だけ、そんな妄想が好きだったあの頃のSF少年だった僕に戻れる作品が見つかった。

それが「No Man's Sky」と言う、1800京以上の全く異なる未開の惑星を探索できるゲームである。



No Man's Skyは最近、大幅なアップデートがあり、そこで30時間ほど遊べるシングルストーリが追加された。だがそれはあくまでもチュートリアルでしかなく、No Man's Skyには明確なゴールがない。

このGameをやって感じたのは、「宇宙で自分の基地や宇宙船が作れるMineCraft」という表現だ。クラフトもでき、中継地点を作成して別の惑星と、ワープ移動などもできる。

また、宇宙空間で飛行を楽しんでいると、野良海賊から襲われるので、その時はスター・ウォーズのような、迫力のあるドッグファイトも楽しめるようになっている。

だけど、このGameでやっていて一番自分が好きな瞬間は未開の惑星を見つけて、惑星に降り立つ瞬間である。

惑星に飛び込む瞬間の大気圏突入の断熱圧縮の表現、音、ナレーションは何度やっても感動する。

そしてその惑星に降り立つと、そこは放射線がある環境でそのまま突っ立てるだけでどんどん体力が削られていく極悪な環境なんて事もある。防壁シールドが削られると次にHPも削られて未開の惑星で誰にも発見されず死んでしまうので、基地や飛行船にのってやり過ごしながら、探索を過ごす1日なんてもありだ。

また別の惑星では一面が海で地上には島が1つ、2つしかないような惑星があり、そこでぼーと夕日が落ちるのをみているだけと言ったプレイもできる。

他にも地球に近い惑星を見つけた!と思ったら、極寒の地で人間の生息できないサバイバル空間だったり。

とにかく、このGame未開の惑星を探索するのが楽しい。楽しすぎるのだ。

だが、先程ドッグファイトがあると言ったが、それ以外に激しい戦闘や、感動するストーリも無ければ、かっこいい武器というのもない。もちろん、可愛い美女なんてものも存在しない。

そういった事をこのGameに望んでいる人にとっては「退屈」なゲームに見えるかもしれない。

実際遊んでくるとわかるのは、やる事は大体

1  未開の惑星をみつける

2 その惑星で資源を採集する

3 適当にクエストをこなす

4 基地を作って中継地点をポイントにする

5 別の惑星へ

という繰り返し作業になってくる。

だが同じことをやっていても、そもそも惑星が異なる為毎回、取る資源も、住んでいる生物も、植物、環境すべてが違う。

また船にも燃料がある為、その惑星で船の燃料を採取できなければ、しばらく燃料を作成するまでその未開の惑星で立ち往生と言う事もありえる。そして、惑星で船外活動する為には酸素が必要だ!しかし、どこに酸素が...!?

と言った感じで、このゲームを気を抜くとすぐにサバイバルになり簡単に命を落とすようなゲームになっている。

(船も故障して脱出できず放射線で体力はガンガン削られ、もはや為す術がない状態)

ここまでNo Man's Skyを語ってきたが、先程にも言ったとおりにこのゲームはに激しい戦闘も、感動するストーリもない、想像してものとは違うゲームかもしれない。

それは開発チームも同じ事を言ったいた。

そしてMurray氏は「こういった説明をすると、『No Man’s Sky』はあなたが想像したゲームではないかもしれない」と加える。というのも、『No Man’s Sky』はアクションからシューティング、サバイバルやシミュレーション、そしてほかのプレイヤーと遊ぶことまで可能であり、さまざまな要素を含んでいるが、当然それらのジャンルの要素すべてを包括することは不可能だ。あくまでシミュレーション要素も交易の一環であり、本格派シミュレーションゲームのような遊び方ができるわけではない。こういった事情を考慮し、実装されていない要素に誤った期待を抱くプレイヤーが「想像したゲームではない」と嘆く可能性を先んじて指摘したのだろう。

だからこそ、このGameには無限の可能性がある。

惑星で基地を立ててそこで住むのもよし、宇宙空間をひたすら飛び続けて野良海賊とドッグファイトをするのもよし、すべてはプレイヤーの判断に委ねられる。
ゴールなんてものは自分で作ればいい。

このNo Man'S Skyは万人受けはしない。

だけど遊んでいてふとした瞬間、我を忘れて宇宙を探索し、惑星に降りて基地を立てて、空を見上げて「もしかすると別の惑星に俺と同じ事をしているプレイヤーがいるかもしれない」なんて妄想をする瞬間がある。

その時自分は一瞬だけSF少年に戻れるのだ。




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