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仕事はじめる日記(2022年9月上旬)

9月のはじめ

8月から、新しい仕事を始めた。

職業を変えるのは4年半ぶり、オフィス出勤は人生初、月金働くのも人生初、同期の存在も人生初。

新しい環境で新しいことばかりしているからか、下手したらライターだったころよりも、言葉がめぐる。

ただ、転職をこの段階では公表していないのもあるけれど、新しい仕事を始めてからとにかくSNSが遠くなった。

TwitterもInstagramも、投稿しては消えるストーリーズすら何も書きたいことがない。世の中に伝えたいこと、というものが極端になくなってしまった。

でも体内で言葉はめぐり続けるし、今しか感じられないことがものすごくたくさんある気がして、持て余しているこの言葉をときどき書き残していくことにした。書き出さないと中毒になっちゃうんだよね。

転職を公開したら、何らかの形で世の中に出してもいいかもと思いながら。ちゃんと自分の言葉で転職を伝えたいと思っているけれどまだ伝えられていない、親愛なる友への置き手紙。

「界隈」を越えたい気持ち

社内に飛び交う話題が、今までいた「界隈」(という言葉が好きじゃない)と全く異なる性質のもので、逆に自分が今まで友人たちと話してきた内容を社内の人たちに伝える言葉を私が持っていないことを自覚する。伝える仕事をしてきたはずなのにね。

でもだからこそ、橋を架けられる存在になりたいといつだって思っている。そのためにどこにいても人と向き合える自分になりたいし、言葉をあきらめないでいたい。

42度の湯船

東京にいる間、銭湯に行く機会が増えた。というかこれまでは出張先でしか行ったことがなかったから、急に行くようになった。

歩いて銭湯に向かい、お湯に浸かり、帰りに元気だったらちょっと散歩をして、その間にぐるぐると考えごとをする。いつも行く銭湯はお湯が熱すぎてすぐに湯船を出るのだけれど、短くても落ち着くひとときになってきた。

銭湯に存在するコミュニティは、都会のなかに小さく身を寄せ合うセーフティーネットのような気がして、小さくほっとする。そのなかに入っているわけじゃないけれど、常連さんたちが更衣室に残していく「おやすみなさい」の言葉に温度を感じる。

あるときは「そのズボンいいね、着心地良さそうね」と声をかけてもらった。数往復だけ会話を続けて、「おやすみなさい」と先に帰った私はずいぶんと温まっていた。こうやって「いいね」「すてきね」と声をかけられる人生の先輩たちを、私はとてもかっこいいと思う。

私も帰り際、番頭さんに挨拶をするとき最後に「おやすみなさい」と言うのが日課になった。番頭さんが返してくれる「おやすみなさい」が、一日の最後に人と交わす言葉。

銭湯に行くとぽかぽかしてねむたくなるね。

新しいことを始める時期

転職した8月から、何ならそのための準備を始めた2月から、ずっとバタバタしている。気持ちの問題だけれど、その結果、もともと遅かった返信がさらに遅くなっている。

自分のことで精一杯になりすぎて、明らかに圧倒的に、これまで友人たちに向けてきた時間と気持ちが減っている。

私はいま、大切にしたい人たちをちゃんと愛せているのだろうか。

そんなことを考えながら夜道の散歩から戻ったら、ものすごくひさしぶりに、大切な後輩から連絡が入っていた。

菊池さんの人と向き合うときの丁寧さをとても尊敬していて、自分が今誰かと向き合うときにはその姿を思い出しながら近づけるように頑張ってます!

この後輩ちゃんと一緒に働いていた時期の結果を見れば、本当にうまくいっていなかった時期だけれど、あの頃の私の姿勢をそんなふうに受け取ってくれていた人がひとりでもいたなんて、感激してしまった。ちょっと泣けた。

同時に、かつてのおのれの姿勢を突きつけられて、今の自分を顧みざるを得なかった。

私はいま、大切にしたい人たちをちゃんと愛せているのだろうか。

いまの自分なりに、大切にする方法はあるだろうか。

昼間はまだうんざりするほど暑いのに、夜だけ急に涼しくなってきた。東京の秋って、昼と夜の気温差が大きかったことを思い出す。

去年のこの時期は沖縄にいた。沖縄には秋というものが明確にはない気がしていて、少しずつ涼しくなっていくだけで季節が変わった感覚はない。

だから東京の秋をすっかり忘れている、と自覚した。油断して夜に半袖で外に出たら、少しだけ肌寒かった。

せっかく秋の東京にいるので、梨を買った。本州の果物を沖縄で買おうとすると、輸送コストが乗っかって高いから。一番好きな果物は梨です。

オフィスで梨をむいて食べるタイプの新入社員

最後の花火に

会社の歓迎会と半期締め会のために、バーベキューへ。

会場は豊洲。だいたい全て整っている都会的バーベキュー。

マシュマロ焼いた

会社の近くの花火屋さんで先輩たちが花火を購入してくれていたので、みんなで輪になって花火をした。後から、今年最後の花火だったなと思って、『若者のすべて』を聴いた。

ひさしぶりに東京っぽいところに来たので、バーベキューを離れて夜の豊洲を眺めていた。東京に食らいつきながらここで頑張って立っている人たちを思い、ひとつひとつの明かりがいとおしく思えた。

そう思うと、東京も、悪くないかもしれない。

東京を離れてからずっと嫌いだと思っていた「東京的なもの」への自分の視線が変化していることを、久しぶりに東京に長期滞在しながらつくづく感じている。

そんな話をオンラインで友人に話したら、「地元が嫌いだったけれど、東京に出たら地元の良さにも気づいた、という気持ちと似ているかもしれないね」と教えてもらった。

今までは、その気持ちは体験したことがないからわからない、と思っていた。でも私にとっては場所が逆さまなだけで、ようやく少しだけ、その気持ちに近づいてきたのかもしれない。

確実に自分が変化していて、以前はわからなかった感覚が少しだけわかるようになってきている。

それが大人になることなら、大人になるっていいじゃない、と思う。

髪を切る

東京にはコロナの前は月に1回は滞在していたのに、コロナ禍になってからめっきり行く機会がなくなった。

仕事をはじめて、今までよりは東京に来るようになっていちばん嬉しいのは、長年お世話になっている美容師さんに髪を切ってもらえることだ。

東京にいた大学時代は、毎月のように切ってもらっていた。東京を離れて滋賀、そして沖縄に引っ越した後も、東京に行く予定が入れば、誰に会うよりも最優先で向かう先は美容院。東京に行って100%会いに行くのは美容師さん。

いろいろな人生のフェーズでいろいろな相談をしてはアドバイスをもらい、もう7年くらいお世話になっている人生の先輩。そして、彼女が新入社員だった頃からお世話になっている、一歳下の元アシスタントさん。

前回髪を切ったのは、入社前日。入社前に切ってもらいたくて、入社日より1日早く東京に前乗りした。そのとき切ってもらった髪が、いつの間にか伸びてきた。伸びた髪の長さで、入社から着実に流れている年月を知る。

入社して5週目、また髪を切りに行った。「仕事はどう?」と聞かれて、いま思っていることをいろいろお話する。

転職経験者にあらかじめ聞いてはいたものの、想像どおり1ヶ月ではできることがとても少なくて、もがいている。当然のように、自分に自信はない。

「よく頑張ってるよ」

全く頑張れていない気がしていた私はそんなことを言われると思わなくて、でもその言葉がぜんぶを肯定してくれて、心のやわらかな部分にしっかりと届きすぎてしまった。

「大学のときのアルバイトでも、新卒で入った会社でも、ライターのときも今もずっと、やっていることは変わっても、同じ姿勢のまま向き合い続けているなぁと思う」

そんな声を掛けてくれた美容師さんがしばらく離れている間に、右目からだけ、どうしても涙がこぼれた。雑誌を読んでいるふりをしながら、想像もしていなかった言葉を受け止めるのに必死だった。

その後もいろいろな話をしながら、今の私がいちばん持ち帰りたい言葉を9月の目標に決めた。

「教えてもらったら1つ知れるけれど、自分で考えて失敗したらその何倍も勉強できるよ」


帰りに、BRUTUSの表紙になったというドーナツやさんを教えてもらい、すだちのクリームドーナツを食べた。

まあるい気持ちで、帰途につく。

東京で、生きている。

東京には生き物がいない、自然がない、星が見えない、なんてことはない。

彼らは、東京で生きている。

隅田川在住。河口だから汽水なのかな? 10分歩くだけで20体くらい見つけてびっくりした

あるく

9月の東京滞在では、少し涼しくなってきたから結構歩いたので、その記録。自分の、東京へのまなざしの変化。

かつて働いていた建物

生活をつくる


東京にいるときは、生活していないな、と思っていた。お金を払って生活をつくってもらってばかりで、自分では何もつくっていない。

そんな今日も銭湯に向かう。先に出ていた常連さんが、これからお風呂に入ろうとしてる常連さんに「待ってるから一緒に帰ろう」と言う。

「だって自転車だし、少しの距離じゃない?」
「でも私今日ここで買い物するから、ここまで一緒に行こう」

銭湯の外に出たら、先に銭湯を出ていた方が、入口にあるほこらにおじぎをして帰っていった。

どこにいても自分次第で、生活はつくれるんだと教えてもらった。

遠くへ

深夜の高速道路を遠くから眺める。たくさんの車がどこかへと向かっていく。

私も車で、どこか遠くに行きたくなる。

運転は全く得意じゃない。でも車のある生活を始めてから、車は時間を気にせず、性別に左右されずにどこへでも行ける、ほとんど唯一の乗り物なんじゃないかと思うようになった。

深夜であろうと、自分の意志で、どこまでも行ける。

運転したいな。なんて、家に戻ったらそんなことは思わなくなるのだけれど。

前を向く気持ち

東京に来ていた、とてもだいじな人に会いにいく。

帰り道、心がふわふわといっぱいになっていた。「この人の言葉に、私は守られてきたんだな」とつくづく思い出した。

そうやって守ってきてくれた人に、書くことへの気持ちは変わらないのだと、そう伝えられてよかった。

今の仕事を選んだ理由を伝えたら「きくちらしいと思う」と言ってくれた。

どんな言葉よりもどんな出来事よりも、この日会えたことが、つよく前に踏み出す勇気をくれた。

新しい仕事を伝えたら、こう返してくれた。

「誰かの思いをどうやって実現するのか、考える仕事でしょ」

頑張ろう。いま会えてよかったです。

たまたま本屋さんに行ったら、昔から読んでいたシリーズの新刊が出ていた。実家の近くの本屋さんで購入していた記憶があるから、大学生の頃からだろうか。

心の栄養が欲しかったので少しずつ読もうと思っていたら、一気に読んでしまった。

「人はみんな、どこか中途半端なまま死ぬもので、大切なことを伝えそこなったな、と思っても、もう伝えられないってことがたくさんあるでしょうが、自分では気づかぬうちに伝えていることも、あるかもしれない」

「父と過ごした日々のあれこれは、わたしの身にしみこんでいて、ふとしたおりに浮きあがって、道を示してくれたりする。思いは血に流れてるわけじゃなくて、生きてきた日々のあれこれに宿っているものなんでしょう」

「きっとわたしも、ある日、どこか中途半端なまま命を終える。その先をどうこうすることは、もうできない日がかならず来る。先のことは、そのとき生きている者に任せるしかないんです」

すべて『風と行く者- 守り人外伝 -』上橋菜穂子 より引用


受け継いできたものを次に渡したい、と気持ちがバタバタしていた。

でももしかしたら、次に渡すことに躍起にならなくても、自分のなかには今まで受け取ってきたものが確実に流れていて、接する人に伝わるということもあるのかもしれない。

それは祈りのようなものかもしれないけれど、受け取るかどうかも含めて、次の人に任せるしかないのだ。

そんな、このシリーズを読み始めた大学生の頃なら思わなかったであろうことを考えながら、一緒に年齢を重ねられる本っていいなと思った。

帰還

東京でザラザラになっていた肌を家で少しだけケアしたら、あっという間に回復した。家に帰ってきたんだなと実感する。

新しい仕事を始めてから今のところ、週単位で東京にいて、残りは家で過ごす暮らし方をしている。

家に帰ってくると本当に泥のような疲れに襲われて、一晩寝たところで回復しなくて、そこまで疲れていたのか、、と自分に驚く。

旅に持って行っていたものを洗って乾かして収納するまでに少なくとも2日かかるのと同じように、身体の回復にも2日はかかるみたい。

家は本当に、偉大です。

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