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仕事はじめる日記(2022年9月下旬 沖縄)

帰り道の海


いつもどおり、野菜買った帰り道、海に寄った。

観光客のいない海沿いには、ご飯を食べていたり、ぼーっと休んでいたりする人たちが、それぞれひとりで時間を過ごしている。

私も少しだけ混ざって、ただ海を眺めた。

ふつうの日の、ふつうの海。


背中を預ける


写真を撮る友だちが、仕事で沖縄に来た。

これまでにも沖縄に来た友人とふたりで会うことが何度かあったが、一緒に過ごす時間が長くても短くても、とても心地よく会える。

お互いに東京にいたらサシでは会っていなかったかもしれない友人と、沖縄ではふたりでサクッと会えて、なごやかにまじめな話をできる。

これこそ沖縄に来てよかったことかもしれない、と思うほどに、この時間はとても心地よい。


今回は友だちに、プロフィール写真を撮ってほしい、とお願いしていた。

沖縄で暮らしてきた日常と、転職してもう一度スタートを切るはじまりの気持ちを、写真におさめておきたかった。新しいはじまりだからこそ、自分のことを長く知っている人がいいと思って、そのときをずっと待っていた。

私が好きな場所を一緒に回りながら、だいたいは、ささやかなことを話している。ときどき写真を撮ってもらう。

首里城に行った。火災後、復元の過程も展示していく方針なのでどんどん姿を変えている


友だちの話を聞きながら、なによりも、背中を預けあえるクリエイティブをしたいなと思った。

最後は、夕焼けを見てから空港まで車で送っていくことにした。夕焼けを一緒に見届られる友だちは貴重だ。


すきな場所とわたし(photo by Ryo Tsuchida)

あの頃の心遣い


大学生のとき、考古学専攻に所属していた私の卒業論文のテーマは、沖縄のグスク(城)だった。沖縄に何度も通っていたが、当時は免許を持っていなかったので、バスと徒歩でグスクを回っていた。

今ではサクッと車で行ける場所でも、バスと徒歩で回るのはかなり至難の業だった。

真夏の日中に日差しを受けながらグスクを目指して歩いていたら、片方の顔面だけ腫れたことがある。Googleマップでは間に合うはずだったのに、バスが遅れて、日が落ちる前にたどりつかなかったグスクもある。

座喜味城に行こうとしたときは、日中にグスクをまわるはずが、グスクにたどりつかないまま日が暮れて、そのままAirbnbで見つけた座喜味城の近くの家に向かった。とってもやさしい夫婦が迎えてくれて、一室を使わせてもらった。

座喜味城に行けなかったことを話すと、座喜味城で朝焼けを見るのがきれいだから明日の朝一緒に行こう、と言ってくれた。

翌朝起きると、とっくに日が昇っていた。やさしい夫婦は、ノックをしたけれど私が起きないので、起こさないままにしていてくれたらしい。

そのときのプランは、早起きできなければ座喜味城に行けないスケジュールだった。結局、座喜味城のすぐ近くまで行ったのに、座喜味城を見ることができなかった。


という思い出を、早朝集合の取材に向かっている道中で思い出す。時間を確かめると、ちょっとだけ余裕がある。そしてまもなく、座喜味城の近くだ。

行っちゃおう。ハンドルを左に切る。

駐車場を間違えて、着いてから10分程度しかいられなかったけれど、初めて朝の座喜味城を見た。沖縄に引っ越してから座喜味城には何度か来たけれど、早朝に来たのは初めてだ。

まぶしい朝日を浴びて美しく輝く座喜味城を見ながら、これがあのとき、やさしい夫婦が私に見せたかった景色だったんだ、と6年遅れで思った。


あの夫婦の宿をAirbnbで探したけれど、このあたりに宿が増えたようで、見つからなかった。

もう直接ありがとうを言えなくても、こうやって思いを向けていただいてきたおかげで、いま私は沖縄にいる。

「沖縄のなにが好き?」と言われたら、答えのひとつは「石積み」だ。

沖縄のグスクの、石積みがだいすきです。

海の上


好きな乗り物は船。車も電車も酔うけれど、船は今のところ酔ったことがない。

沖縄でマリンスポーツを楽しむイベントの取材を頼まれた。身体に障害がある参加者たちとともに、グラスボートに乗る。人生初。

撮影もしていたからあまりじっくり見られなかったけれど、やっぱり海も船も好きだと思った。

海の底
この日の取材現場


▲ この取材を経て書かせていただいた記事。腰まで海に入って写真を撮りながら、初めて海に入る参加者のみなさんの感情が爆発している姿を見られて、すごく記憶に残る取材になりました。ありがとうございました。


沖縄空手


2021年5月から1年半ほど、沖縄空手の教室に週に1回通っていた。

毎週金曜日、仕事を終わらせて花金の国際通りで自転車を飛ばし、空手に行って汗をかく。汗だくのまま、アイスを食べながら帰る。

コロナ禍で沖縄に引っ越した私にとって、誰よりもたくさん会ってきたのが空手のみなさんだった。沖縄で出勤していない私にとって、毎週ここに行けばみなさんに会えることが、大きな心の支えだった。

でも新しい仕事を始めたということは、空手から離れる必要があるということ。

そうわかっていたけれど、とてもとてもさびしくて、せめてちゃんとお別れしたくて、始めたばかりの仕事を早めに上がらせてもらって、最後の回数をだいじに重ねた。

いちばん最後は、一緒に毎週練習してきた先輩たちが、運動会に来た保護者みたいに私のあらゆる動きを動画に撮ってもらって、プレゼントまでくださって、とってもあたたかく送り出してもらえた。

鼻の奥がツンとなったけれど、ちゃんとお別れできた。

こんなに思いを向けてもらえていたという記憶を、これからもだいじに抱きしめていようと思う。こうやって向けてもらえている思いにこれまでも生かされてきたし、きっとこれからも。

最後の蹴り。いちばん褒められるのが蹴りだった

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菊池百合子
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