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残り10年だからこそ

最近、ふと考えることが多くなった。

新入社員の日々の成長を見ていると、羨ましくもあり、自分ももっと頑張らなきゃな・・と思う反面、終わりが見えてきているからこそ、どう振舞うのかを考えなければと考えています。

30年近く社会人をしていて、これまで積んできたこと、激動の中で働いていて積み上げたことを、このタイミングで新社会人として習得できるというのは、なんと羨ましいと思っています。だからこそ、自分が持っている知見(経験)をお渡しできるものは何でもお渡ししたいと思っています。

暗黙知の形式知化について探求しているから、余計に感じていることなのかもしれませんが・・

定年という概念があと何年でなくなっていくのかは分からないですが、自分の引き際は自分で決めたいなと20代後半ごろからずっと思っていました。特に強くなったのは、SIer時代にお世話になった20歳上の先輩の背中を見てから。定年後、お客様企業や他社からもそれなりのポジションでお誘いがあったのに、一切、お断りして新しく始めた趣味(絵画)に没頭すると決められたとき。「ああ、自分も惜しまれて潔く幕引きしたいな」と。

先輩が常に「自分の持っている知識はなんでも伝授するから聞きなさい。これからの世代に継ぐのが僕の今の使命だから(とはいえ、十分、事業貢献されてましたけど)」と言っていたのが、ちょうど今の私の年齢+5年くらい。

一生働いて社会に貢献するもいいと思う。けど、働き方や立ち位置は変わるし、できることでも後輩に受け渡すこととは分けていく必要性があると感じています。新卒からずっと専門職・プロフェッショナルという意識と立場で働き続けた身としては、「役職定年」がないので自分で自分の引き際を考える必要があると思っています。

父が60歳の退職と同時に他界し、母は一生働ける身であったのにも関わらず60歳で引退。そういう両親の下で育っている影響も強いのかなと思っています。(とはいえ、祖父は100歳近くまで現役で他界しているので一概には言えませんが)

職場の同僚に残りの人生の話をした時に、「まだ、早いですよ。」と言われたけど、早くから準備しておかないと、いざその時が来た時に慌てる自分が容易に想像できる。ここから先、自分自身が残りの年月で何をしたいのか、一生かけてやりたいのは何なのか、折角、在宅勤務で時間があるので考えたいなぁと思っています。

これって、農業や中小企業などの事業承継にもいえることだよな・・ 次の世代に渡すタイミングを見誤ると、事業の革新性は失われるのではないかと思ったりしています。

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