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ネタバレいっぱい海神再読第四十二回 八章3. 更夜は何故、大きいのが尚隆を攻撃するのを留めたのか?

あらすじ:斡由の死に、自分も討てと叫ぶ更夜。尚隆は雁を更夜と妖魔が人とともに暮らせる国にすると約束し、元州諸官も処罰しないと宣言する。

●更夜は何故、自分も斬れといったのか?

斡由の首を斬った尚隆は、諸官を見渡し更夜に歩み寄る。
「すまなかった」
「礼を言う」
これは更夜の眼の前で斡由を斬ったことへの詫びと、更夜が大きいのの攻撃を止めたことへの礼だよね。
更夜は尚隆に自分も斬れと言う。大逆には斬首が慣例だからと。断る尚隆。
更夜は叫ぶ。

①更夜)おれはあなたを助けようとしたわけじゃない!斡由を助けてやりたかった。でも、とっさにろくたを止めてしまった。おれが止めたんじゃない。あなたが止めさせたんだ。斡由を見殺しにしたのは、おれの意思なんかじゃない!

更夜、斡由を助けたかったと言ってくれてありがとー!
更夜は何故妖魔の攻撃を止めたのか。更夜自身にも解らない。果たして妖魔を止めた=斡由の見殺しなのか?また、更夜は尚隆が止めさせたと言ったけど、本当にそうなのか?更夜は何故、妖魔を止めたのか?

②更夜)おれは斡由のためなら何をしても平気だった!人を殺すのだって、少しも苦しくなんかない!だから尚隆だって殺せたんだ!国が滅んだって、どんなに人が苦しんだって、子供がどれだけ捨てられたって、そんなの少しも気にならない!

これが斡由が更夜を引きずり込んでしまった暗黒なんだ。斡由が尚隆を倒すために六太を襲えと命じたなら、更夜は自暴自棄になって従ったかもしれない。更夜は自分がそういう悪い者になってしまったと思っている。だから死んで当然だと思ってるし、自分を殺して欲しがったんだ。
尚隆は更夜の闇をはらおうとする。

③尚隆)俺はお前に豊かな国を手渡すためにあるのだ。
更夜)おれ以外の奴に与えてやればいい。
尚隆)俺は欲張りだから、百万の民と百万と一の民なら、後者を選ぶ。

ここらは七章7のやり取りの繰り返し。これだけでは更夜を説得できない。更夜の次の台詞がその理由だ。

④更夜)どんなに国が豊かになっても、その国におれのいる場所はない。妖魔の子だから。

更夜を捕らえているもう一つの暗黒。
国が豊かになって、夢見た蓬莱のようになっても、おれはそこに決して入っていけない…そんな思いをさせないでくれという更夜に尚隆は言う、
尚隆)一思いに殺してくれと言うか。それは絶対にせんぞ。

●尚隆は何故今度は更夜を説得できたのか?

尚隆は更夜を説得する。まず普通の人が何故妖魔と暮らせないか、はっきり語る。

⑤尚隆)妖魔は人を襲う。お前が襲われれば苦しいように、民の誰もが襲われれば苦しい。その妖魔はお前だけを選んだのだ。選ばれなかった人々とその妖魔が共に生きることはできない。
更夜)大きいのは人を襲ったりしない! 妖魔は人を襲わないと生きていけない生き物だけど、大きいのはおれのためにずっと我慢してくれているんだ!
尚隆)ではお前とその妖魔に住む場所を与えよう。

この申し出に、更夜は痛々しいほど顔を歪めて笑う。

⑥更夜)どんな贅沢な牢獄?銀の格子の檻だろうか。

隔離した場所に入れてもらって安楽に暮らすというのは、どんなに親切な想いからでも、人々に受け入れられたことにはならない。
では元州ではどうだったかというと…更夜たちはやはり人々に受け入れられてたわけではない。ただ、必要とはされていた、斡由に。共犯者として。他の誰も知らなくても、更夜にとっては斡由は妖魔を使って人を襲う悪い者として同類だった。更夜が七章7の尚隆の説得に応じなかったのはそのせいもある。高みからほどこされる温情ではだめなんだ。
しかし、尚隆が与えようとする場所とは、

⑦尚隆)妖魔に襲われることのない国だ。

言いながら尚隆は大きいのを撫でる。これって斡由に太刀を持たせたのと同じだよね。自分の身の安全から一歩踏み出すことで、自分が本気だと知らせる。相手の耳を開かせる。

⑧尚隆)人が妖魔を疎むのは、荒廃した国に妖魔が徘徊しては人を襲うからだ。妖魔に襲われることがなくなれば、人はお前の養い親もお前自身も恐れたりはしないだろう。

と尚隆は笑んでみせて更に言う。

⑨尚隆)お前は処罰せぬ。元州の諸官、全てだ。それでなくても雁は民が少ない。このうえ減らしたくはない。
お前の仙籍も剥奪せぬ。十年や二十年のことではないからな。時間をくれ。必ずお前もその養い親も追われることのない土地をやろう。それまで王宮の庭で堪えてくれ。

⑩更夜)ではおれは、それを金剛山で待っている。黄海で雁がそんな国になるのを待っている…

更夜は尚隆の説得を受け入れた。何故か。
まず、尚隆の申し出が更夜の絶望に真っ向から向き合い、解消するものだったこと。妖魔に育てられた更夜をそのまま人の世界で生きられるようにするものだったこと。
も一つ、高みから安易に施されるものではなかったこと。更夜と妖魔を隔離して保護するのなら、王には容易い。使令を使える王や麒麟なら妖魔を恐れる必要もないし。しかし人々が妖魔を恐れる必要のないくらい落ち着いた国を造るのは、十二国でも例にないほどに難しい。それをやるって尚隆は宣言したんだ。
だから更夜は尚隆に賭ける。絶望を超える希望を抱く。
七章7の説得との違いは相手を理解し現状と折り合える解決方法を提案していること。それを相手に受け入れさせるためにリスクをとっていること。八章2の斡由に対するのと同じことをもっと解りやすくやっている。新生尚隆だね。
ただし更夜は王宮でなくて、黄海で約束の成就を待つ。いま安楽な暮らしを選んでは、斡由を見捨てた報奨を受け取ることになってしまうから。

●尚隆は何故、元州諸官を処罰しなかったのか?また何故、更夜を処罰しなかったのか?

尚隆が⑨で言った理由からすると、最初から処罰する気はなかった、ということになるけど、私は斡由が八章2のようにしなかったら、少なくとも州の上層部は処罰したのじゃないかと思う。
大逆には斬首が慣例の様だし、白沢が宣戦布告に来た時も「温情を持って自刎させてやる」だったし、元州以外の民も元州討つべし!って勢いだったしね…あとで他州の血気に逸った民を鎮めるのにはちょっと苦労したかも。それもあって斡由の首を晒したのかも。

更夜については、許されすぎではないかと言う意見が昔ありまして。
亦信、驪媚、赤子、六太を逃した女官、かつて始末された囚人たちの死に、更夜は責任がないわけではないのに、完全に不問にされたのが納得いかないという意見がネットとかにあったのです。
何故、尚隆は更夜を処罰しなかったのか。
まず、尚隆にとって更夜は六太の友で、傷ついた子供のような存在で、荒廃から立ち直れてない雁の民の象徴である。
それに、尚隆は更夜のやったことを全部は知らない。囚人殺害は読者は七章で暴露されたんで知ってますが、尚隆は解ってないです。知りようがないから。まあいずれ発覚したと思うんで、更夜は王宮に来なくて正解だった。
それ以外の、更夜が射士として公にやったこと(亦信殺害とか)で処罰するとなると、元州諸官も同じように処罰しないといけなくなる。
何より、斡由が更夜を巻き添えにしないために自殺したのなら、首を受け取った尚隆としては、更夜を死なせるわけにはいかなかったと思うのです。
斡由の死について、実質自殺だと私は考えていて、理由は八章2で述べたのの他に、もう2つあって、1つは尚隆、もう1つは六太の猫写によるものです(八章4で説明します)。
斡由を直近から看取った尚隆が、斡由の遺志をそう受け取ってたなら、元州諸官も更夜も死なせるわけにいかない。尚隆は斡由の首を受け取ったんだから、命を守って報いなけりゃいけない。
さて、尚隆が更夜を許した理由として、尚隆に対する妖魔の攻撃を止めた返礼、とするのはどうでしょうか? 

●更夜は何故、大きいのが尚隆を攻撃するのを留めたのか?

更夜が、斡由を見捨てた返礼として尚隆に許され、贅沢な暮らしをさせてもらう。
それこそ更夜が絶対に受け入れられないことだろう。①でおれの意思じゃないと叫んだのも、②の尚隆だって殺せた発言も、⑩で尚隆の誘いを断って黄海に行ったのも、そういう返礼を受け取らないためだったんだろうな。
更夜にとって斡由は共犯者だから。同類だから。身内だから。同じ濃い赤毛の妖魔と同様に。
そうは言っても更夜は妖魔を止めたんだから、斡由を見限って尚隆についたってことには変わりない、のだろうか?本当に尚隆が更夜に妖魔を止めさせたんだろうか?更夜本人が尚隆のせいだと言ったけど、あの時点の尚隆は妖魔とともに暮らせる国のことを言う前で、更夜をそこまで魅了してたとは思えない(妖魔抜きなら来てもいい、と出会った時の六太も言ってたけど、更夜は妖魔と離れず六太のところには行かなかった)。あれは自分の意思で斡由を見捨てたんじゃないと主張したいあまり言っただけなんじゃないだろうか。
では何故更夜は尚隆に対する妖魔の攻撃を止めたのか。そもそも尚隆への攻撃を止めた=斡由の見殺しなんだろうか?
八章2後半でも書いたことですが、

(更夜が妖魔の攻撃を)止めたのは正解だった。ここで尚隆が殺されたら、元州は雁全土の恨みを買う。斡由も更夜も殺されるだろうし、元州は他州から袋叩きに会うだろう。更夜、止めてGJだったよ。

私は、斡由が最後に望んだのは元州を守ることで、元州とは元州の野と街と民と更夜もふくめた諸官で、そのためにわざと一人だけ討たれようとした、と考えています。
もしそうであれば、斡由こそ尚隆の死を最も望まないだろう。王である尚隆だけが元州を穏当に雁に復してくれるのだから。
つまり、更夜に妖魔の攻撃を止めさせたのが斡由だったなら、辻褄があわないだろうか。

…いやまて、斡由は更夜に何も言ってない。どうやって更夜を操ったんだ? そういや、斡由、七章5の回想シーンで、更夜は何も言わなくても操れるとか言ってなかったっけ?

斡由)ーお前は私の意を言わずとも量ってくれる。私がそれを望んでいたことを、よくも悟ってくれた。これほど情のある射士を持って嬉しい

斡由の数少ない決め台詞。この凶悪な台詞を八章3の泣き叫ぶ更夜に被せてみたらどうだろう。「私の意」とは元州を王に託したいという意、「私」が「望んでいた」「それ」とは妖魔を止めて王を死なせるなということ、「これほど情のある射士を持って嬉しい」…って別の意味で凄まじく凶悪な台詞だ!
斡由は自分を(ある意味)見捨てろって言ってることになるから。自分を踏み越えて生き延びろって。そんなことってありえないと思いますか? 斡由は何も指示していない…それは尚隆も同じこと。そして斡由は十年以上にわたって具体的な指示なしに更夜を操ってきたんだよ? 斡由と、妖魔とともに暮らせる国を約束する前の尚隆と、どっちが更夜を動かせただろうか?
はっきり言ってどっちも証拠はない。更夜自身がおれの意思じゃないと叫んでる。それ以外は想像でしかない。
でも私が斡由のせいだと思うのは、あの台詞があまりに当てはまり過ぎるのと、構図の巧みさ故である。
斡由と更夜がやった囚人殺害について、更夜は傀儡でなかった以上、有罪である。十二国記の厳しい倫理観からいって、更夜が何の罰も受けないとは考えにくい。斡由が最終的に更夜を生かそうとする良い主だったというのなら、更夜が斡由を喪ったのは更夜に下された罰となる。
さらには、罰であるとともに救済でもある。更夜は親が生き延びるために親に捨てられた子。その子が自分が生き延びるために親代わりを捨てる話と、その子が生き延びるために親代わりが自分自身を捨てる話と、どっちが更夜を救うかといったら後者だろう。
救済が罰であり罰が救済でもある。尚隆にも、斡由にも、更夜にも当てはまる構図の巧みさからいってもありえないとは言えないと思う。

●斡由は消えたのか

この場面、特に書いてないけど、すぐ横に斡由の血まみれの遺体と首があるんだよな…布とかかけてたかもしれないけど…
にもかかわらず、斡由の存在感は極めて薄い。更夜が尚隆に心を開いてからは存在感0。斡由を置き去りにしてハッピーエンドになってしまっている。
このあたりが斡由がくだらない小者な悪役扱いされるところなんだろうな。
では斡由はくだらない小者だったのか。
いやいや、それはない。いままで書いてきたことの全てにかけて。じゃあなんで斡由は消えてしまったのか。
あるべきものがなかったからじゃないだろうか。これまでの章にあったから当然あるべきだったものが。それはなにか。
では八章4にいきます。

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