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ネタバレいっぱい海神再読第四十一回 八章2後半 尚隆は八章2から何を得たのか

☆これまでの再読、特に八章2前半・中盤を読んでないと多分わけわかめです…

あらすじ:尚隆は剣を収めて斡由に背を向ける。斡由は太刀を振りかぶるが、使令に喉を咬み割かれ、尚隆に首を落とされる。

●尚隆は何故、斡由にわざわざ太刀を渡して、自分だけ剣を納めて背中を向けてしまったのか? 

誰か、と尚隆は背後を見やり、剣を収めて斡由のそばを離れる。
ここ、引っかかる人は引っかかるところ。武士の出身の尚隆が、たった今まで敵対してた相手に武器をわざわざ持たせて、自分だけ収めて背中を向けたのは何故か。
尚隆が、斡由が自分に殺意を抱いていると思っていたとしたなら、これは訳のわからない行為だ。
斡由にわざと隙を見せて試そうとした? 何のために?自分の命を危険にさらしてまで、今ここで試す意味は?
斡由をわざと挑発して返り討ちにしようとした?何のために?尚隆は斡由を捕まえて処刑できる立場です。自分の身を危険にさらしてまで、六太や更夜の前でわざと斡由を斬ろうとするだろうか?
(六太は麒麟なんだから目前での流血は苦痛なはず。麒麟を尊重するなら、というか優しい人なら、わざと流血を見せたりはしないはず)
(更夜の前でわざと斡由を斬ろうとしてて斬ったのなら、八章3の慰めるシーンがマッチポンプになってしまうんで、これはないです。尚隆はそんな人じゃない)
尚隆が斡由を元州をあくまで護ろうとする者ととらえてたなら、これは自然な態度。ここで尚隆を殺したら元州のためにならないから、そんなことするわけない、と、思ってたんだろう。説得に成功して気が抜けた、というのもあるかもしれない。

●尚隆は何故、「温情とやらを大盤振る舞いしてやる」だの「見張りを立てて自傷させぬように」などと言ったのか?

尚隆)いちおう、捕らえておけ。温情なるものを大盤振る舞いしてやるから、見張りを立てて自傷させぬようにな

これ、五章1で白沢に言った、

尚隆)延麒を返せ。ならば温情を下して自刎させてやると斡由に伝えよ

を受けてるね。八章2で斡由は延麒が立ち去ろうとするのを止めなかった、つまり延麒を返そうとした。だから尚隆は温情を振る舞うと宣言したんだけど、温情の中身が五章1と八章2では違っている。五章1では「自刎させてやる」八章2では「自傷させぬように」…つまり八章2の尚隆は斡由を死なせたくない。何故かというと、斡由が尚隆にそう思われるだけの者だった、五章1では知らなかったそのことを八章2では知っていたということだと思うんだな。
この台詞、尚隆はひょっとしたら斡由を安堵させようとして言ったのかもしれない。それがあんなふうにトリガーを引いてしまおうとは思いもせずに。

●斡由は何故、尚隆のそのせりふを聞いた直後に、太刀を振りかざしたのか?

尚隆の台詞の直後、斡由はす、と太刀を振りかぶる。
斡由は尚隆を殺そうとしたんでしょうか? だとしたらこれまでの私の解釈は間違ってて、斡由はただの屑で、元州も元州諸官もどうでもよくて、ただ尚隆が憎かったのでしょうか?
いやそれではこれまでの疑問が解消されないし、新たな疑問も生まれてしまう。
もし斡由が尚隆を殺そうとするなら、六太を狙うべきなんだよね。何度も危惧されてたのはそっちなんだから。
私が思いつく最も悪辣な斡由は、更夜に六太を殺せと指図する斡由、なんだよね…尚隆に最大の打撃を与える殺し方。たとえ更夜が返り討ちにあっても六太にたいへんな苦痛を与えられるし、どっちに転んでも斡由自身は言い逃れができる。斡由が尚隆を殺したかったなら、何故そっちを選ばなかったのか。
も一つ、間合いのこと。
尚隆の台詞の直後、す、と斡由が太刀を振りかぶる
六太)ー尚隆!
と叫んで尚隆が振り返る。
さらに六太と更夜が
六太)ー悧角!
更夜)ーろくた!
と叫ぶ。
その間斡由は太刀を振りかぶったまま。
不自然じゃないですか?
尚隆が斡由に切っ先を突きつけた時は、正面から向かい合ってて剣を抜いて突きつけるまで一行。斡由は尚隆が剣を収めて背を向けてから太刀を振りかぶって、九行でまだ振り下ろせてない。時間かかり過ぎてないですか?まるでわざと静止してたみたいだ。
斡由がわざと静止してたとしたら、何故だろう?
太刀を振りかぶった姿勢とは、手を上げ胴を晒した姿勢だ。七章4の六太の独白によれば、仙を「殺す方法といえば首を落とすか胴を両断するか」仙の二大急所の一つである胴をわざと晒して静止して、つまり尚隆に斬らせて自殺しようとしたのではないか。
斡由がこの時点で自殺しようとするとしたら、何故だろう?斡由が太刀を振りかぶらず、素直に捕らわれていたら起こったろう、斡由にとって望ましくない事態とはなにか。
それは更夜にやらせた囚人殺害が表沙汰になることではなかったろうか。

●更夜示唆連続囚人殺害事件

斡由の悪事のうちで、これがこの時点で尚隆・六太が知らなかった唯一のものだけど、尚隆が頑朴城の全権を掌握したら、行方不明になった囚人たちのことも当然知るだろう。囚人たちの中には六太を逃した女官もいたんだから。斡由が更夜に囚人たちを「連れて行け」と命じて、更夜が連れて行って以来消息がしれないことも明るみに出る。更夜を疑った大僕もご注進するかもしれない。斡由と更夜のやったことは早晩バレるだろう。
これ、本当にヤバいんだよね。殺してるから取り返しがつかない。おまけに更夜を巻き込んでいる。

斡由は、自分は謀反人として死罪だろうと思ってただろうと思う(慣例では斬首らしいし)。ところが、尚隆の「自傷させるな」があって、自分を生き延びさせようとしていると知って、次に来るのは囚人の始末の発覚だと気づいてしまった、と思うんですよ。
斡由にできることは3つ。
①そらとぼけてごまかす…まあ無理ですね。斡由はともかく、更夜は常に疑われてたんだから。
②更夜が勝手にやったと言って罪を擦り付ける。八章以前の計画ではそうすることになってたかもと思う。更夜も覚悟してたみたいだし。しかしこれも無理だ。そんなごまかしが通るほど尚隆は甘くない。斡由の策を次から次へと破った尚隆だよ、斡由だってわかってたろう。
そして、この時点での斡由にとっての尚隆は、敵で王だというのに一人の人間として斡由の前に現れて、斡由の真意を理解し、元州の主として遇して、穏便に降伏させてくれた相手なんだよ?その前で下僕に罪を擦り付けて幻滅させるなんて、斡由だって嫌だろう。
③じゃあ、自分がやらせたと白状して裁きを受けるか。一番まっとうな対応…しかし、これでは更夜は救えない。

●完全犯罪の後始末

更夜は斡由の共犯者だ。操られたといっても傀儡にされてたわけじゃなく、自分で判っててやってた。もし斡由が囚人たちを殺害した罪で裁かれることになったら、当然更夜も裁きの対象になるだろう。もちろん更夜は射士だから、斡由に命令されてやったと言えば重い罪にはならないだろう。
問題は更夜がそう言うかだ。言わないんじゃないかと私は思う。それどころか自分が勝手にやったと言い張って、斡由を庇おうとするだろう。斡由が自分が命じたとか言おうものなら、かえって斡由は自分を庇ってるだけだと言い残して自殺しかねない、とは思いませんか?
斡由が更夜を巻き添えにしないにはどうしたらいいか。斡由が更夜に「連れて行け」と命じたところまでは目撃者がいる。あとは更夜の自己犠牲を防げばいい。それにはどうしたらいいか。
斡由が庇われる必要のない者になればいい。具体的には囚人殺害が取り沙汰される前に死んだらいい。それもどんな悪事もやりかねない極悪人として。

●斡由にとっての更夜

ここまで読んで、斡由がなんでそんなにも更夜を守ろうとするのかと思われたかもしれません。実際、斡由は八章2の初めで、六太誘拐を更夜に擦り付けている。
しかし、八章2の後半の斡由だったらやりかねんと思う。何故か。八章2中盤で斡由の認識が変わってるからです。
①尚隆には擦り付けは通じない。
②尚隆の前で擦り付けるのは尚隆の評価を自ら踏みにじる行為だ。
③斡由は自分が元州のためにやったことが誰にも理解されないと思いこんで、誤魔化しのために囚人たちを殺害してきた。ところが白沢達元州諸官が斡由の命を惜しんだことから、囚人殺害は必要なかったと悟った。不必要な殺人に更夜をまきこんで、さらに道連れにするのは斡由のプライドが許さない。
(この、大きな失敗をした後で自己否定や責任転嫁をやるより前に善後策に走るってのがすごくツボ)
④これ、かなり深読みですが…斡由の最初の悪事は弓の失敗を下僕に擦り付けて処刑させたことだった。更夜はこの下僕のいわば再来。斡由が生涯の最後に自分の最初の過ちを清算するためにも、更夜を犠牲にしてはいけない。

斡由は自分の悪事については、全部自覚してやってたと思うんだよね。囚人殺害は、王が愚かなすぐにだめになりそうな人物と思ってたから、自分が元州を治め続けるために必要だとして合理化してたけど、尚隆を元州を託せると認めたところで、合理化はできなくなった。あとは自分一人で責めを負うか更夜を巻き込むかの二択。
ところで、斡由が尚隆に措置を任してたらどうなったろう?
尚隆としても斡由を処刑しないわけにいかなかったんじゃないかな。
他の悪事…元魁幽閉には民の処刑を防ぐという名分があった。それに殺してないし。影武者も生きている。亦信は抜刀してから襲ってるし、驪媚は自殺で赤子はその巻き添え。謀反は尚隆がターゲットだから尚隆が対応を決められる…しかし、囚人たちは罪なくして斡由に殺されたんだから、犯人を許したら国政が歪む。尚隆は一度は温情を振る舞うと言った相手を処刑することになるけど、それは仕方がない。問題は更夜だ。
更夜が操られてたってことは尚隆には見通せるだろう。ただ、自分が手を下した囚人殺害で斡由だけが処刑されるのに、更夜は耐えられないのじゃないだろうか。訳のわからないまま斡由の死をむかえた八章3でさえああだったし。
だから斡由は捕らえられる前に、まだ自由に動けるうちに、自力で片付けようとしたんだな。
ここで尚隆に任せなかったところがすごく斡由! さすが作中一度も尚隆を主上と呼ばなかった奴!

●斡由が最後に見たもの

六太)ー悧角!
更夜)ーろくた!

六太と更夜の、救命を求めた声と殺戮を止めた声が斡由と尚隆の明暗を分けたのだ、てのは更夜を見た六太の独白。
更夜が何故尚隆の殺戮を止めたかは八章3にまわすとして、止めたのは正解だった。ここで尚隆が殺されたら、元州は雁全土の恨みを買う。斡由も更夜も殺されるだろうし、元州は他州から袋叩きに会うだろう。更夜、止めてGJだったよ。
首の半ばまでを噛み裂かれて、床に落ちた斡由に歩み寄る尚隆。己の血糊の中に横顔を埋め、虚ろに目を上げた斡由はいったい何を見たろうか…って尚隆だよね。近くから見下ろしてたんだから。明らかに斡由視点の描写の二回目、その時斡由は何を思ったろうか?
もし、斡由が尚隆を憎んで殺そうとしたのなら、自分から全てを奪っていく王を心から怨んだろう。だけど斡由が尚隆に自分では守りきれなくなった全てを託そうとしてたなら、怨みなどはかけらもなかったろう。どちらだったのか、至近距離からその顔を見届けた尚隆だけが知っている。

●尚隆は八章2から何を得たのか

尚隆)……いま、楽にしてやる

尚隆は太刀を大上段から振り降ろし、斡由の首を断ち切った。床を噛んだ鋼の音がその場の誰の耳にも届いた…つまりすごい勢いで振り降ろしたんだね。
何を思って振り降ろしたんだろう?
斡由がつまらない悪人なら…尚隆がそう思っているのなら、自業自得を憐れんでるくらいだろう。
でもそうでなかったら、尚隆が斡由をもうひとりの自分と思っていたとしたら、尚隆は斡由の首を落とすことで、かつての自分の願いを受け取ったんだ。
そう、六章4で小松尚隆が語った願い…「この首一つで、どれだけの民を購えるか、やってみよう」…同じように、臣の命を購うために差し出された首を受け取ったんだ。
尚隆は斡由を死なせたくなかったと思う。憐れみじゃなくて自分のために。小松の民を守れなかった小松尚隆の想いを語るために。
尚隆にとって小松のことは心に刺さった棘だったと思う。でもこちらでは尚隆は天に選ばれた王だ。尚隆は一方的に期待され崇められる。三官吏は叱ったりはするけれど、彼らも王を待っていた雁の民で小松のことは何も知らない。六太は…小松のことは知っているけど、最も王を必要としている存在だ。
斡由は小松のことは知らないけれど、愚かな父の倅として父に従うか災厄に見舞われた領国を守るか迷った気持ちは解るだろう。強大な敵に追い詰められる恐怖もあがきも苦しみも。その時の小松尚隆を理解した上で何事かを言えるのは斡由だけだろう。
語り合う機会は永遠に失われた。尚隆はせめて成ろうとする、斡由が、小松尚隆が希った者、敵の首を受け取り、敵の民を我が民として生かすことで敵に報いる強大な敵に。

…やっと終わったあ。まだまだ書けそうだけどとりあえず八章2は終わり。
完全犯罪を仕組んだ犯人が犯罪を中止したくてばたばたするってすごくミステリ。海神ってミステリだなー。

斡由が死んでしまった…あんなエネルギッシュな奴が…あんなに必死に生きてた奴が、消えてしまった…
いや?ほんとに消えたの?

斡由に殺意がなかったかどうかについて、まだ二つばかり論拠があるんですが、それは八章3と4にあるんで八章4で書きますね。

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