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ネタバレいっぱい海神再読第三十一回 七章1. 斡由はよく荒廃と戦った。

あらすじ:元州師の兵達は、対岸に留まり動かない王師の大軍に動揺する。
州城の斡由・白沢も何故攻めてこないのか訝る。王師は州城の漉水対岸の新易に堤を築いている。堤ができあがり、下流が堰き止められれば州城のある頑朴が沈められると気づく二人。水攻めされた場合、籠城には兵糧が足りない。斡由は築かれた堤を破壊し、先に対岸に水を流してしまうよう命ずる。反対する白沢。

●斡由はよく荒廃と戦った。

…という七章1の三人称の地の文、私が海神の版が変わるたびに真っ先に確認してる箇所でもある。
「私は推理小説畑の人たちに小説を書く作法を教えてもらいましたから、三人称の地の文で嘘の記述をすることができません。」
…てのは、小野先生、いまや幻の講談社X文庫WHゴーストハント「悪夢の棲む家 上」1994年3月刊のあとがきから。(幻てのはあれだけ再版されてないから…涙)
小野先生も全ての作品でそうとは限らないと思うんですよ。ただ海神WHが1994年6月刊、ほぼ同時期の発言なんだから、斡由がよく荒廃と戦ったのは作者から直接に保証された「事実」なんだ。
斡由の暗黒面暴露の前に念を押す。くぅ〜!

●元州の普通の人々その1

元州州師の兵たちはかなり元州の一般の人だと思うんで、思考の流れを整理。
1)斡由が荒廃とよく戦ったので、荒廃の頃元は他の州より豊かだった。
2)新王が立って元は更に豊かになるかと思ったら、自治権を取り上げられて他の州に追いつかれそう。
3)王の誤りを正し、州の自治を取り戻したら、再び元は栄えて雁を引っ張る存在になれるかも。
4)ところが実際は逆賊として全国の非難を浴びている。
…ここを読むに、民が斡由に誘導されてだけじゃなくて、民が斡由を謀叛に押しやった面もあったなと思う。

●「卿伯はそういった方ではない」

斡由が六太を殺害しようとし、それを庇って驪媚が死んだという噂…王を正義とし逆賊を悪とすることから来た噂であり、人質が自ら死ぬからにはそれくらいのことはあった筈という先入観からくる噂でもあるんだろうな。これは噂であって事実じゃなくて、この時点では兵たちにもそれはわかってて、それはそれまでの実績のもたらす信頼あってのことだよね。ただ斡由を直接には知らない民からは信頼はどんどん目減りしている。貯金が切り崩されてる状態…

●尚隆は何故、漉水の治水の裁可を下さなかったのか

頑朴の対岸に水攻めにも使える堤を築き、斡由に狙わせて元州の結束を崩すという尚隆の策。
まんまと嵌められた斡由だけど、もし嵌らなかったらどうなっていたか。
兵糧の足りない中での籠城…しかし王師にも充分な兵糧があったとは思えない。大軍だし急拵えだし。長期戦になったら困るのはどちらも同じ。
なのに何故斡由が堤を切ろうとしたかというと、考えられるのは一章1で梟王の所業として紹介された、水攻めして油を流しての火攻め。この王も梟王のように逆賊を周りの住人もろとも皆殺しにしようとするだろう、と斡由は思ったんじゃないか。そう思うように尚隆は仕向けてたんじゃないか。
巧みな策略…でもいいんだろうか?斡由が嵌らなくて火攻めで元を倒したら、尚隆は梟王の再来になってしまう。相手が乱を起こしたから仕方ない?でも元を乱に追いやったのも尚隆の自治取上げ・治水妨害政策なんだよ?
斡由が嵌らなかったら、ホントどうする気だったのかな…

●漉水の向こうとこちら

漉水の向こう側の新易で王師の築いた堤を壊したら、新易が水没すると反対する白沢。こちら側は州城が山の上だから、沈んでも害がない、と。
しかしこちら側にも城以外に頑朴の街があるのでは?街の住人は沈んでもいいの?それとも城に入れて共に籠城する?
乏しい兵糧で町民までが籠城、ってまるで六章4の小松ではないですか。
延王の過去の影、梟王と、尚隆の過去の影、小松が交錯する構成…つくづく旨い!

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