現代人は責任を負いたがらない

 現代人は責任を負うのを嫌がる人が多い傾向にあると思う。少なくとも私は嫌だ。失敗の責任を負うのは慣れているが責任者であることが嫌だ。面倒とかそういうのではなく不相応であると私は感じているのだと思う。
 リーダーとして前に立つよりリーダーの横でチームを支えるようなそんな立ち位置が良い。私は未だ子供のようにやりたい事だらけだ。だけれど私がやりたい事リーダーは私じゃない方が気が楽だ。頭だけ別の人がやって運営は私がやる、これが理想形なのである。
 私がリーダーになるのを嫌がるのにはきっとやって評価された試しがないからだろう。小学校の頃からリーダーみたいなものは色々やってきた。席の班長、クラスの団長、これらことごとく失敗して私はついにはリーダーに選ばれなくなった。これが中学生の辺りの出来事。高校になるとリーダーになるのはキラキラピカピカのリーダーになる素質才能がある人達だった。彼らを見て私は勝てないから支える側になろうと考えるようになったのだ。
 高校は先生方の協力があり校内文芸誌の復活やクラスの劇用脚本の中で採用されなかった物を図書室に置いてもらえるようになるなどなど、私が働きかけてそれを先生方が根回しをしていただいて幾つもの校内プロジェクトを成功させた。これによりプロジェクトを裏で回す馬力はついたのだ。しかし、それらプロジェクトに代表者は要らなかったため私がリーダーになる機会は無く、人を引っ張っていたのは発案者の私ではなく先生方だった。故にリーダーとしての自身はつくことなく高校卒業し、そこから今までリーダーというものになることに嫌悪感を感じ続けていた。やりたいことはあるのに人の上に立つ自信がない、これは困ったことで人を誘えない時は匿名、人を誘っても上に立ってもらえない時はこっそり表向きのリーダーを誘った相手にしておく。人の上に立つ覚悟の無さもここまで来れば極まれりだ。
 


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