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10年の時を超えて今と繋がる

「シートベルトを締め、座席を元の位置にお戻しください」

頭上のスピーカーから、この10時間弱の間で慣れ親しんだフライトアテンダントの声が聞こえてきた。

一晩過ごした狭い座席の上で「ウ~ン」と伸びをする。固まっていた身体が小さく悲鳴を上げながら、柔らかさを取り戻していく。

窓の外を見ると、赤いレンガの町並みと緑の木々が朝の光の中で静かに佇んでいる。昨晩、日本を発つ時に見た高層ビル群のイルミネーションとは様子の違う眺めに、なんだか現実じゃないような気がしてくる。

空港で待つあの人とは久しぶりの再会。早く会いたいけど、なんだか恥ずかしい。ワクワクと不安がないまぜになった、なんとも言えない気持ちが身体中を駆け巡る。

入国審査と税関を抜けて、待合ロビーへの扉をくぐると、到着した人を待ち構えている人・人・人。その中にひときわ大きな影が、これまた大きな花束を抱えて手を振っている。

急いで側まで行くと、力いっぱいのハグに迎えられた。これが、オーストラリアが第2の故郷になった瞬間だった。

唯一、後悔しなかった人生の選択

わたしは優柔不断で後悔ばかりしている。一度決めてもすぐに撤回してしまうことも多い。でも人生の選択の中で、唯一これだけは「決断して良かった!」と思っていることがある。

それは遠距離恋愛中だった当時の彼と結婚して、オーストラリアに移住すると決めたこと。

日本でのキャリアを手放し、家族や友人と気軽に会えなくなり、新しい土地で何をするかも全く白紙だけど、その分、自由になった。軽くなった。

最大の手放しは、人目を気にする自分。それまでは「ちゃんとしなきゃ」「見られたら恥ずかしい」と、どこに行っても周りの評価が気になった。

異国の地に降り立ち、多種多様の人たちであふれている光景が目に飛び込んで来た。なにも期待されない、基準がない世界。「常識」がひとつではない世界。そんな世界にいるのだと気づいた時、なぜか、ほっと一息つけたような感覚を覚えた。

その時、わたしは「誰でもない誰か」になった。

自分探しの10年

移住後は、子どもも欲しかったし、20連勤や深夜まで続く会議の生活を駆け抜けてきた後だったので、何もしないで休憩したかった。

以前の職業は楽しいこともあったけど、苦しいことが多すぎた。続けるにしても、別のことを始めるにしても、勉強して資格や経験を重ねないと始まらない。どうせならキャリア変更をしたい。でも、コレと言って別の選択肢は思いつかなかった。

この10年、出産や育児、引っ越し、病気治療などの人生のイベントが目白押しだった。時間も体力もないながらも、いやそれがないからこそ、「何かしたいけど、何をしたらいいのか分からない」と悩みに悩んだ。

興味のあるものを片っ端から始めては辞め、手を出しては飽きを繰り返した。プログラミング、教育・育児法、〇〇インストラクター、ブログ、楽器演奏、手芸。。。

仕事に直結しそうなものから、趣味の延長のようなものまで、やっている時は楽しいけど、コレだ!というものがなかった。学ぶという行為が「何かしなきゃ」という焦りを抑えていた。

このnoteにも書いたが、長い間考えているだけで動いていなかった。チャンスが来ても子どもを理由に尻込み。

でも、すぐに後悔した。だから、次のチャンスに飛び込んだ。長考から一歩踏み出すことにした。

今回は、勇気を出してみた。「やります!」って言ってみた。やってみたら、楽しかった。
        (中略)

探していた時は、ぜんぜん見つからなかったのに、ふとしたキッカケで答えが見つかる。縁が広がり、人生が動き出す。

ストレスを感じないで社会に貢献できるんだ!働くのが楽しいって、こういうことなんだ!と実感している。


安心安全の『港』になる!

長男が生まれた時は何もかもが初めてで、自分が育てられたように育てたいと思ったの運のツキ。

子どもに無条件の愛情を注ぐより、「ちゃんと躾しなきゃ」と思ってしまった。

ご飯は椅子に座って食べるとか、ポロポロこぼさないとか、動画は30分までとか。

厳しく躾けることが愛情だと勘違い。いつか分かってくれればいいと思っていた でも、ある時に「お母さん、嫌い!」と言われてしまった。これはとってもショックだった。

当時はコントロールフリークになっていて、欠点ばかりが目につく。口を開けば小言、小言では嫌になるのも無理はない。

どうにかして変えたいと思ったが、どう育てたらいいのか分からなくなってしまった。

ちょうどその頃、ある育児法に出会った。子どもたちはお母さんやお父さんがそばにいる(Being with)から、冒険できるし、何かあったらかけ込める。大人は『安心安全の船着き場』であればいいと言う。子どもたちの気持ちに寄り添っていればいいと知った。

子どもの話を聞いたり、泣いてもいいんだよって言うことで、なんだか自分の気持ちにも耳を傾けられるようになった。

まだまだ試行錯誤の最中だけど、子どもたちとの関係も少しずつ変わってきている。今では「ママ大好き」と言ってハグをしてくれる。育児を通して、少しずつ自分に自信を持てるようになってきた。「自分なんて。。。」と思っていた小さなわたしも救われている。

10年前の点が今に繋がった

こうしてみると、オーストラリアに根を下ろすことにした時が、今のわたしを作っている。あの時の決断が、10年の時を超えて「ワクワクする今」を運んできてくれた。

今ある点がどこに繋がるか楽しみだ。

こちらの企画に参加中です👇

「なぜソレを選択したか = Why」じゃなくて「選択したあとに何があったか = What」を語るというのが面白くて、書き出したら止まらなくなりました。

人生の大きな分岐点から10年、結婚10周年の節目にこうして振り返る、いい機会になりました。

noteというコミュニティの雰囲気がとても心地よく、安心安全の場所だなあって思います。サポートいただいた優しさの種は、noteの街で循環していきますね。