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世界の拡大と縮小

ある人との会話を思い出した。
直接的な表現を避け比喩的に、遠回しに伝えようとしたけれど核心に迫ることができない。世界を真逆から見ている二人が1つの事象に対して意見をするから食い違うことが起こる。にも関わらず曖昧な表現でもって、私の思いを輪郭づけようとしていたから伝わるものも伝わらなかった。
最終的に私は『搾取』という言葉で表現した。
驚いた彼女は、こう返した。
「あなたの世界に『搾取』という言葉が存在するから出来事も『搾取』となり『搾取』されること、『搾取』することが起こるんですよ」

夕食に出した手羽先の唐揚げを娘が手にとり「ベジタリアンの人って、この手羽先を見て鶏が可哀想だって訴えるんだよね?可哀想だね、こんな美味しい食べ物を知らないなんて…」
その発言を聞いて、私は先に書いた女性との会話を思い出した。
動物を殺して人間が生きることを良しとしないというボタンで世界を閉じた人たちはベジタリアンとなる。ベジタリアンでしか知り得ない世界もあれば、相反する世界は知り得ることができない。それを可哀想だと、また『可哀想』という言葉で閉じてしまっても、それは反対側から見た世界であって、もう片方からすると『幸せ』なんだ。

オギャーと生まれ言葉を知り、使い、世界を定義していく拡大の一途から、あるポイントに到達すると縮小させていく。色んな出来事を1つのパターンとして閉じる。そうすると世界は閉じられていく。

彩り豊かな世界に憧れていたけれど、モノトーンの世界にシフトすれば感情という彩りがなくなり、輪郭だけが明確に見てとれる目になるのだろうか?

寂しいような、寂しくないような…

人間は感情を味わうために地球に生まれてきたと言うけれど、どうなんだ?楽しい、苦しい、辛い、幸せ…ネガティブと定義される感情であっても、反対側を知らずに語ることはできない。

そんなことを考えながら、この文章を綴る。

『搾取』という言葉は、もう要らない。
かといって『利用する』という言葉も私には違和感がある。

他にも色んな言葉を削ぎ落とす作業か必要そうだけれど、削ぎ落とす前には一度、その言葉を丁寧に多方面から分析することも大切と思う。

10人10色の世界観があるのだから
10通りの解釈が存在する

それが正解か?不正解か?
理にかなってるか?かなってないか?
存在している場で変わってくる。

形づくる言葉を削ぎ落とし自分が大切とする言葉を残していこう。もう味わった感情もあるからね。
あなたにとって大切な言葉って何ですか?
大切なものって何ですか?

久し振りにnoteを書いてみた。
読んで下さりありがとうございます。


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